アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>だとすると・・小学2年までの学習もある程度濃い内容ですね。
常用漢字がちりばめられた長い文を読む習慣を求める濃さですね。
しかし、コマ数増加、問題演習の撤廃、読書百遍繰り返しというところで、子供たちの負担感はむしろ軽減し達成感も増すでしょう。
個人差の数と同数のテキストレベルを用意すればいいですし。
たろうくんは山にのぼってタヌキとあそびました。・・たろうくんが山であそんだのはだれですか?
的な文を教科書の分量だけ読んで設問に答える訓練をする時間は実にもったいないと思うんです。
ひとりひとりじっくり取り組めば2年間毎日2コマの授業時間で6年までの教科書は読めるようになると思います。
まずは読めることに徹する。書きは適宜。
わからない言葉と漢字は辞書を引いて調べる。
>私は老眼様の祖父母様のころと現代の養育者の成熟度、自律性に差があると直感しています。 その上で、老眼様のタイムテーブルに沿って習熟出来る子供たちってどの程度いるのだろうと考えてしまいます。学校で完結できるってそもそも可能なのでしょうか・・・。
もし、その成熟度差があるとすれば、現行通りなら将来もそれは続きます。
誰もが求める子供たちの自立・自律を促し、
かつ、世界の人々と同じテーブルで仕事ができる人材を育成するには、
マイナーチェンジでは対応不可能でしょう。
学校で完結できるかどうかは、
子供たちが応じられるかどうかよりも、
教える側が子供たちにどれだけ真剣に向き合うかにかかると思っています。
老眼さんの書かれているように
>子供たちが応じられるかどうかよりも、
教える側が子供たちにどれだけ真剣に向き合うかにかかると思っています。
こういう気持ちで一人ひとりに向き合って教育すれば
それほど高いハードルではなく
むしろ、吸収力のある子にはどんどん与えられるので
ますます興味が広げられるのではないかと思います。
これに対応する教員の育成がすごく大変そうです。
ここも考えどころですね。
>思い切って「うちは、補助金いりません!その代わり独自の教育方針でいきます」っていう私学がでてこないのが不思議なんです。
>これも、周りをみて合わせる日本人的な習性からでしょうか。
きっと、そうだと思いますよ。
でも、もういいかげんに、ちゃんとしないとね。
そう言えば、TPPだっておんなじですよ。
安くておいしいアメリカ産牛肉が食べたいなあ。
国産牛(セシウム入り)なんていらないよ。
BSEとセシウムと、どっちが危ないんでしょうか?
アメリカの要望?なにも通らなかったじゃないの?
「食の安全」を守るため?嘘だったって、バレちゃったよね、農水省。
病原大腸菌の「焼き肉えびす」だってさ。守ったのは、生産者と流通じゃないか?
末端の店舗だけちょん切ってさ。社長は土下座で、倒産だよ。
で、結局、消費者には、何もわからずじまいですよ。
農家にも補助金なんかいらないね。
根本的さん
韓国大統領がオバマさんと握手して
お先に契約していましたが、
私大丈夫かなって疑問もっているんですよ。
韓国の農業者やっていけるんですかね。
> BSEとセシウムと、どっちが危ないんでしょうか?
私は、アメリカ牛よりオーストラリアですかね
セシウムの方がましとも考えてます。
TPPについては早く参加しないと
遅れたらとても不利らしいですね。
これに参加することによって
生産者にどのくらい影響するのかというのが
心配ではあります。
日本国内のレストランは、アメリカ牛を使って
中国野菜っていうのは定番になりそうですね。(安いですもの)
ぜんぜん展開をフォローできていないのですが、気付いたところだけ、コメントさせてください。
東大の入試改革について。
私は、東大の中の人間ではないので、一方向からの見方ですが。
良くも悪くも、まとまりが無い、のです。
一国一城の主が、たまたま、ひとつの箱(組織、建物)の中にはいっているだけ、のような印象すら受けます。
それで、他大学より、総長や、学部長や、●●長、といった人たちの権限は、非常に限定されていたのです。
東大総長は、対外的な名声も影響力も非常に大きかったが、学内の、予算執行権も人事権もあったかどうか、あやしいです。
少なくとも昔は、総長や学部長が人事に口をだすなんぞもあり得なかった、教官は教授会が決めたし、事務官は文部省が決めたのです。
最近、少しづつ変わって来ていて、総長のポリシーに基づいた改革、という方向が進められている。しかし、個々の学科、個々の教授が、背後に、官庁や、業界を背負っていて、魑魅魍魎、鵺のような大学に感じることがあります。
いろいろな先生方が等しく口にするのは、グローバルな競争力が低下している、ということでしょう。そして、入試は全学共通のイベントなので、もっとも、総長や執行部がいじりやすい。そんなところで、浜田総長は、入試改革でグローバル化をやろう、という計画をぶち上げた、と感じています。
10月入学、というのが、ずいぶん報道されていますね。定量的な効果は、はなはだ説明しにくく、混乱を惹起するだけかも知れないです。官僚の世界のように、入省年次すべての究極の年功序列社会では、京大出身者より経済産業省に入省が半年遅いから、事務次官になるのも東大出身者は半年遅い、という、アホなことも起こり得るし、そういう議論を真面目にやっている人も居るようです。
しかし、私は、実は、10月入学には、賛成なのです。いろいろな小手先の方法論で国際競争力とか言いながら、全然駄目なんだから、ショック療法も含め、いろいろ試行錯誤してみたらいい、少し混乱したほうがいい、というように思っているわけです。混乱して立ち上がれなくなったら身も蓋もないけれど、再構築の力は、どこかに残っている、と信じたいので。
東大入試の試験問題は、私は、かなりまともと思っているのですが、大学の進むべき方向をあらわすようなものであってほしい、と考えています。






























