女子美の中高大連携授業
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
談春さんの落語を震災後に聞いたのですが、まくらで、「最初は菅総理の震災対応を非難するようなことを、自分もその立場ばだったら同じことをするのではないか、パニックを考えたら全部公表なんて、恐ろしくてできないのではないか」と思い始めた、と言っていましたが、これも正直なコメントとだなと思いました。
わたしも含めて、政府の権力を何かしら行使する立場ではなく民間で普通に生きる人間から見ると、ともすれば、「俺だったらそんなことはしない、もっとうまくやる」と思うかもしれませんし、思うのは自由なのですが、その立場になってはいないので、できるかどうかは、全く不明とも思います。ましてや普通のひとが普通にリアクションすれば、人間として、同じような行動をすることも、かなりあり得る。わたしについて言えば、家庭内で自身に対する備えが完璧か、行動が的確だったか、というとそんなことはなかったです。そんなことを言われたと思います。批判や、意見を政府にいうこと自体は間違ってはいないのは勿論で、わたしも意見をそれなりに言っているつもりですが、かれらより自分たちが何か高尚なことができるのか、という問題は違うと思います。
ですので、わたしは、震災後の政府の人々の対応を、一律にことさら怠慢だとは、むしろ思いません。エリートかどうか、エリートだからどうか、というのも検証できない仮説です。エリートでない人がよりよく対応できるということも保証の限りではないのです。この部分はノーコメントにすべき。震災後の対応については、やきもきせずに、なるようにしかならないということをベースに対処していくことを期待する、どこまで冷静に考えて、しかも実行ができるか、これだけではないかと思います。われわれが歴史に多少なり学べるのは、強い意志を持ってできることをする、批判でなく行動を、という当たり前のことだけです。
一方で、地震発生前に技術者としてできたことがあるのではないか、、これについては思うことはほんとうに沢山あります。でもそれも、その議論をすべき時期が来たときにすべきでしょうから、別ですよね。でも、そういう部分は将来の糧になるでしょう。
中高生がこのできごとに学べることがあるとすれば、自然を組み強いて支配しているように見えても、人間誰しも抜かりもあり、自分の想定しないところで致命傷も負うということ。新エネルギーの製造など「攻め」は良くても、リスク管理などの地味な「守り」は弱くなりがち。また、優れていることも非常に重要だが、万能でもない。その中でも何が起きても前向きに取り組む姿勢、そして人間の知恵、強さ、愚直ながんばり、こういう人格の重要さを学ぶことだろうと思います。・・結局、人生から学ぶことと同じです。
すみません、プレビューしなかったら、直したモノがうまく修正できていませんでした。
再投稿します。
談春さんの落語を震災後に聞いたのですが、まくらで、「最初は菅総理の震災対応を非難するようなことを、自分も高座で最初言っていたが、その立場だったら同じことをするのではないか、パニックを考えたら全部公表なんて、恐ろしくてできないのではないかと思い始めた」と言っていましたが、これも正直なコメントとだなと思いました。
わたしも含めて、政府の権力を何かしら行使する立場ではなく民間で普通に生きる人間から見ると、ともすれば、「俺だったらそんなことはしない、もっとうまくやる」と思うかもしれませんし、思うのは自由なのですが、その立場になってはいないので、できるかどうかは、全く不明とも思います。ましてや普通のひとが普通にリアクションすれば、人間として、同じような行動をすることも、かなりあり得る。わたしについて言えば、家庭内で自身に対する備えが完璧か、震災後の行動が的確だったか、というとそんなことはなかったです。そんなことを言われたと思います。批判や、意見を政府にいうこと自体は間違ってはいないのは勿論で、わたしも意見をそれなりに言っているつもりですが、かれらより自分たちが何か高尚なことができるのか、という問題は違うと思います。
ですので、わたしは、震災後の政府の人々の対応を、一律にことさら怠慢だとは、むしろ思いません。エリートかどうか、エリートだからどうか、というのも検証できない仮説です。エリートでない人がよりよく対応できるということも保証の限りではないのです。この部分はノーコメントにすべき。震災後の対応については、やきもきせずに、なるようにしかならないということをベースに対処していくことを期待する、どこまで冷静に考えて、しかも実行ができるか、これだけではないかと思います。われわれが歴史に多少なり学べるのは、強い意志を持ってできることをする、批判でなく行動を、という当たり前のことだけです。
一方で、地震発生前に技術者としてできたことがあるのではないか、、これについては思うことはほんとうに沢山あります。でもそれも、その議論をすべき時期が来たときにすべきでしょうから、別ですよね。でも、そういう部分は将来の糧になるでしょう。
中高生がこのできごとに学べることがあるとすれば、自然を組み強いて支配しているように見えても、人間誰しも抜かりもあり、自分の想定しないところで致命傷も負うということ。新エネルギーの製造技術開発など「攻め」は良くても、リスク管理などの地味な「守り」は弱くなりがち。また、優れていることも非常に重要だが万能でもない。その中でも何が起きても前向きに取り組む姿勢、そして人間の知恵、強さ、愚直ながんばり、こういう人格の重要さを学ぶことだろうと思います。・・結局、人生から学ぶことと同じです。
根本的さん本当にどこに行っちゃたんだろう・・・・・・・・・。こんな時こそコメントを聞きたいのに。
がれきの山と町の惨状を見ると自然の偉大さというか・・・・人間がいかにちっぽけな存在で大自然の中で生かされている生物種のひとつに過ぎないと実感する。
量的さんのコメントは・・・・・確かにそうだねと思う反面、やはりアメリカ人やフランス人だと違う対応をしたのではないかと思う。リーダーシップのとり方や責任の取り方、もっとせこいことをいうなら「転職できる環境があるか否か?」などという日本社会の組織論になるんだと思う。
サラリーマン社長より大富豪のオーナー社長なら果断な決断ができるかもしれない。東電は民間会社だが半分国営のようなもの。あちこちにお伺いを立てなければできないことがあるんだろう。
後世の日本人から「やっぱりあの時の日本人は立派だったよ」と言われたい。ロシアの南下を食い止めた明治人たちのように。
固定IDでも停電で変わっているように思います。
気のせいかもしれないですけど、
「それでも 原発は必要か」のスレで(2つあってはじめの)
私は、そこで根本的にさんがいらしたように感じたのですけど。。
(文のリズムがとても似ていたのと、前提をだして展開していく論法が同じだった)
根本的にさ~ん
お元気ですか~~?
知的=量的さま
知的=量的さまと、あまりの考え方や感覚の違いに、戸惑っております。
>>「俺だったらそんなことはしない、もっとうまくやる」と思うかもしれませんし、思うのは自由なのですが、その立場になってはいないので、できるかどうかは、全く不明とも思います。
少なくとも私は、そんなに思いあがっているつもりはありません。
しかし、矮小な会社内の空間かも知れないけれど、似たようなことは、身近にあるのです。
今回の政府東電の対応を観察していたから、私にできたこと(判断)、もう少し言うと、軋轢にめげずに戦う覚悟をして実践できたこと、というのは、内容は社業に関わることなので申し上げられませんが、今回の震災への対応を含め、複数、存在します。
私は、復興優先の掛け声のもとに、思考停止になることには、絶対反対です。情報を集め、自分なりに危機管理のありかたを考えておきたい。
>>エリートかどうか、エリートだからどうか、というのも検証できない仮説です。
エリートでない人がよりよく対応できるということも保証の限りではないのです。この部分はノーコメントにすべき。
お断りします。
私は、パワーエリートだった人がどうしてこうなっちゃったんだろう、と書きましたが、エリートじゃなけりゃ上手くやれたとは思ってもいない。今回の矢面に立った人はいただけない行動だった、その人たちは、公務員のI種(上級職)とか、東電の幹部とか、東大の教授とか、立派な肩書の人たちだった、この人たちに結果責任がある、というのは事実で、目をそらすべきではありません。
震災の後、整然たる避難行動で世界の称賛を受けた日本は、1か月で、原発を扱えず、嘘ばかりついて真実を出さない、カルト国家とみられるようになってしまいました。
責任ある立場の人は結果責任もついてまわる、ということくらいは理解してほしいし、自分にも肝に銘じているところです。
また、そういう政府を選んだのは(公務員や東電の幹部は選んでいませんが)有権者である、ということも事実です。
生まれながらの原子力安全・保安院に最適のDNAがあるわけではない、電力会社役員という特異な先天的能力を持つ人が生まれるわけではない、とすれば、なにか、日本のシステムが間違っているのではないか、という気がしています。
たぶん、一人一人は、政府や東電の幹部から、末端で作業している人まで、頑張っているんだろうと思う。
>>一方で、地震発生前に技術者としてできたことがあるのではないか、、これについては思うことはほんとうに沢山あります。
でもそれも、その議論をすべき時期が来たときにすべきでしょうから、別ですよね。でも、そういう部分は将来の糧になるでしょう。
ものごとには優先順位があり、原発の鎮静化をないがしろにして原因分析ばかりやることは許されないし、避難所で生命の危機さえ覚える生活をしている方々のことは、最優先で考えなくてはならない。
それでも、考えるときは、今を置いて無い、と思っています。
事態は刻々と動いていますし、現在、対応しないと、なしくずしになることは多いはずですから。
たとえば、福島第一以外の原発を再開するかしないか、再開するとしたら何が必要か、考えていたい。
ある日突然、原子力安全・保安院が、もんじゅが、専門家の分析により、ただちに福島第一と同等の障害を起こす事態は想定されない、とか言って、再開される、という事態を防ぐ手段は、我々は持ち合わせてはいないし、プロ市民といわれるような活動には、私は嫌悪感しかない。
だから、議論を止めて、放置すればいいというものではない。
twitterや、wikiや、ブログや、選挙権など、どのように使うか、というのは、ゴマメの歯ぎしりかもしれないが、あるのではないかと考えています。
もうひとつ、どうしても腹にすえかねることがあるので、書いてしまいます。
3月18日 日本気象学会会長から会員へのメッセージ(学会のWEBサイトからの引用です)
●今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報が提供されることとなっています。
防災対策の基本は、信頼できる単一の情報を提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様にはこの点を念頭に
おいて適切に対応されるようお願いしたいと思います。
気象庁WEBサイトより。IAEAからの要請に基づき、気象庁は、放射性物質の拡散のシミュレーション結果をIAEAに提供していましたが、公開を拒否し続けていました。枝野官房長官が会見で公開を要請し、それに基づいて公開したものです。そのページにある注意事項は下記のようになっています(赤字で強調されている部分もあります)。
●《資料を参照する上での注意事項》
これらの計算結果は、IAEAの指定する放出条件に基づいて計算したものであり、いわば仮定に基づくものであって、実際に観測された放射線量等は反映されていません。
当庁の同業務における計算の分解能は100km四方と、避難活動等の判断にとって極めて粗い分解能で行われているものであり、このため、この結果は国内の対策には参考になりません。
国内の原子力防災については、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)による試算結果が公表されています。
各地の放射線モニタリングデータ(測定結果)についてはこちらをご覧ください。
そして、SPEEDIについて
気象学会で、「文部科学省の信頼できる予測システム」と言われ、気象庁に名指しでSPEEDIと言われていますが、3月24日に、枝野官房長官が記者会見で公開を宣言しました。しかし、3月24日のデータが一回公開されただけです。時々刻々と変化するデータがあるはずなのですが、公開される気配はありません。
気象学会では、学会員は勝手に放射性物質の拡散を発表したら承知しないぞ、と会長名で言っている。
気象庁では、IAEAに拡散のシミュレーション結果を提供し続けていたが、国内への公開を拒否し、拒否しきれなくなると、使い物いならないデータだ、と開き直って力説しながら公開した。
気象学会も気象庁も、決め手、のように言っている文科省のSPEEDIは、一度試算を公表しただけで、なしのつぶて。
はたして自分が住むところが安全かどうか、自分で調べることは非常に重要なのですが、政府の対応は、こういう感じです。
諸外国のシミュレーションが、ネット上にけっこう見られます。
また、土壌汚染の状況は、いろいろなサイトからいろいろなデータが出ていますが、民間公共機関入り混じっており、信頼度はわかりません。
政府からは、まったく情報は出てきません。どうしてこうなってしまうのか。
たぶん、政府の一人一人に聞いたら、一般論では、情報公開すべき、と、みなさん、おっしゃるんでしょう。
共通するのは、「そんなもの公開して非難されたり、予測失敗して被ばくした人が出ても責任取れるか、冗談じゃない。経産省と東電が責任取るべきでおれたちじゃない。」という、気象庁や文科省の本音ですね。
だから、花粉のデータは喜んで出すが、放射性物質については出したがらない。
気象学会だけは、意味不明で、だれかの圧力と思わざるを得ないのですが。。。。。
武田先生のサイトに、このへんを諸官庁に問い合わせたときの反応が出ていて、おもしろいです。
システム的な欠陥があると思います。
こんばんは。
まず、本当にこれは辛口の意見だと思いますが、1933年に岩手に大きな津波が来ています。
そして、甚大な被害を受けた街には、昔の人が、ここから先には住むべからずと言う石碑を建てたそうです。
何故なら、そこから先は、全て流されてしまったからです。
それを教訓に、全ての家は、そこより上に建てられたそうです。
また、津波の月一の避難訓練、坂を短縮して上れる階段など、工夫が随所に見られました。
自治体が、本来は、この事を重視すべきではなかったかと思います。
リアス式と言うことは、波で削られていますね。地形を見れば、一目瞭然だと思いました。
だから、今回の災害が起こり、たくさんの方が無くなった事が、とても残念でなりません。
また、原発は、素人のみんなが口をそろえて言ってますが、「なんで、高台に作らなかったの?」
くだらないくらい普通に考える事だと思います。
市民の反対があるから、海沿いに作る。勿論、市民の方々や自治体にはこれまで恩恵がかなりあったと思いますが、
要は、コネとしがらみだけで、日本の場合、一度決まってしまうと、誰も感心を持たない。
また、持ったとしても、秘密裏に事が運ばれ、一切素人の意見は、生かされない。丸投げする。
これは、公共事業全てに言えることだと思います。
今まで、国民の間で、活発な意見を生かす場所や勉強をできる場が、積極的に作られなかった事が、原因だと思います。
一番であると言う気位を持つことは、国民の誇りでもありますが、その事で、このような惨事が起きてしまった訳ですし、
現に他の世界の国々に迷惑をかけている訳です。
なのに、他の国は、本当に全精力で助けてくれようとしています。
他の国と、戦争と言う話がありましたが、武器を持たずしても、日本がここまで復興した事、一生懸命にやってきた事が
認められている訳です。
世界の国々は、奢っていた国だと思っていても、無償で手を差し伸べてくれています。
今だからこそ、もう一度、初心に戻って、立ち直るべきだと思います。
まずは、被災者と子供たちを一時的ではありますが、少しでも普段の状態に戻れるように、助けてあげる事が先決です。
世界の国も、まずは、それを望んでいると思います。
原発に関しては、どなたかも仰っていましたが、報告は、1機関で十分です。
国民が心配しているのは、スリーマイルやチェルノブイリと同じになってしまうかどうかだと思います。
補償の問題より先に、まず、本当の現状を知らせるとともに、狭い国土の一部が、禁止区域になってしまうかどうかなど
はっきりとした状態を報告して欲しいと思います。
国民全体が、心配していると思います。




































