充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
弱点様
>しつけてきたことは親が実践できていないと一気に信頼を失うでしょうし、
自分がしつけた10代の子どもを親が全面的に信頼できるかにかかっているのではないでしょうか。
仰る通りです、同意見です!
私自身も「親の背中」という単語を嫁さんに良く使います。
で、私の中では、弱点様の仰ることを実践できていない「親」も「放置する親」として括ってしまっているのです。
「親の背中がない状態」とは何も示していない、関わりをもっていない(関心がない)こととして認識していますので自己解釈では、「放置する親」としています。
>自分がしつけた10代の子どもを親が全面的に信頼できるかにかかっているのではないでしょうか。
思春期は、微妙な問題を含んでいますよね・・・12~16歳は、個人を尊重、共感し(結果的に信頼している態度を示す)手を放すが目を放さないというスタンスで子育て中です。(この時期は、生物学的にも生殖器の顕著な発達による縄張り意識が台頭しますしね・・男女ともに)
ソーシャルリファレンシングのところでも述べましたが、模範行動を感じ取り参照する感性が身に付いていれば、社会的行動に心を動かされるでしょうし自然に身に着くのでしょう。ここで指示してしまえば、「他律」なので、誘導したければ、本人に気付かせるプロセスが必要でしょうし、言葉づかいには更に注意が必要ですよね。
>親がその親の介護をしていないのではないでしょうか。
親の背中がない状態。
親がしてもいないことをなぜしなければいけないのかという理屈なのかなと思いました。
その可能性・・・大きいですね。
またまた、教えていただいて頭が整理出来ました。
ただ、このように高校生が思考する根本原因として先に示した「戦後の子育て効率化」→「スキンシップ低下」→「母性不足による信頼感の希薄化」→「自律の遅れ」・・・
という流れがあるのではと感じています。
紙おむつと粉ミルクとベビーベットだけを考えても劇的変化が戦後に起こっています。
劇的に母性を与える機会損失に見舞われているわけですから・・・。
70%の普通のご家庭で「信頼感の希薄化」→「親の背中を示さない」という現象が起こっているのではないでしょうか・・・つまり戦後の人間に「劣化」があるとすれば、それは効率化に伴う母性不足と考えられないかなって・・・・。
そして慢性的母性不足により常識的父性も受け入れられない幼児が、増加しているのではないか?という疑念を抱いています。(母性の大きさで受容できる父性の限度が決まってるんじゃないかと・・・)
老眼さん
>相手方にとっても,それは同様ですから,
許さない相手の器も極小である,ことになります。
そうですよね。許したほう本当はとても楽。
たぶん、人ってこだわりや執着から解放されない限り
(これを煩悩と呼ぶのか。)
なかなかその境地には到達できないんでしょうけど
普段どのように心がけて
いるかで多少違ってくるのでしょうね。
なので、宗教というカリスマの御師匠さんが登場したり
するのではないかと思います。
凡才さん
>、幼稚園と保育園が一緒になった施設が良いのではないかと言う意見を言っていましたが、何故かと言う
と、幼稚園にあって、保育園に無いものがあります。確かに、文部科学省と厚生労働省の違いがあり、目的に明確な
差があることは分かります(凡才さん)
とってもいいですね。
これから、働かなければ生きていけない年金も70歳からという時代に
なってきて
女性の負担が増え続けるのは(産むという大きな仕事を持っている限り)
少子化にさらに拍車をかけると思われます。
今、幼稚園でも内容が変わってきている傾向で
保育園でも子供さんを預かるだけでなく
いろんな選択技をもてるなんていうこともちらっと
読んだのですけど。
政府も働く女性のためになにかしないと。
未来さん
今日はポカポカ陽気ですね。
< では、個の問題は、個で終始するものかと考えますと、
この後がわからないんです。
わからなくなって、途切れてしまいました。
皆さんから学び続ければ自分の答えを見つけられるような気はしていて、
もうちょっとというところなんですが。
凡才さん
>未来様には、度々助けていただいていますし、勿論、別人です。反対に、未来様に失礼になってしまうかも知れませ ん。
とんでもないです。大変失礼しました。
私なんか途中で入ってきた新米者ですから
実は、はじめからのスレッドの内容も読んでいるかどうか不確かなくらいです。
ですので、人物のプロファイルも特徴もあまり把握できていないのです。
凡才さんは、いつも独自の視点でそれが誰にもかぶっていないのが
魅力なんだと思うのです。
弱点さん
>そもそも神対人間なんて、成立していないですよね。
しています。しているところでは。
>神を引っ張り出せば、どう解釈しようが自由で便利だったのでしょうけれども、
>それによって好き勝手状態になったと思われる現実はどうなります?
日本だって、「神国日本」と言って「便利」な「神を引っ張り出」して、「それによって好き勝手状態になった」こともあるでしょう?陸軍が。「昔陸軍今大蔵省」、戦後はそう言われていた。今財務省ですよ。「野田増税内閣」で「好き勝手状態」じゃないですか。
おそらく、一神教の「神」は独裁制と相性がいい。日本の(あるいはギリシアも?)多神教の「神」は、官僚貴族制(藤原氏?)みたいなものと相性がいいんじゃないでしょうか。どっちをとるかってこと。「神」なんていなくなったとしても、その残響はなかなか消えませんよ。
奇しくも昨日、橋本大阪府知事が言っていましたね、「日本に足りないのは、独裁ですよ、独裁!」ってね。まさにその通り。私と同じ考え。こいつは信用できる。「大阪都構想」、頑張ってほしいなあ。平松大阪市長、さえないね、この男。やめてもらいましょう。
そういうことです。おわかりいただけますか?






























