アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
信頼感さん
>個性とは、社会的善の人格と必要悪を許容する人格からなっていると思われます。
なるほど。そういう考え方もあるんですか。私の場合、「個性」というものを「人格」に限定して考えたことはあまりなくて、むしろ、様々な性格あるいは能力、としてとらえています。もちろん、「人格」も一種の性格、能力とみることも可能でしょうが。
>この必要悪を許容する人格が肥大化しすぎると社会的善の人格が自己否定(抑圧による)を引き起こします。その際、自己否定は、生命の危機(自殺)に向かう可能性があり、自己否定ではなく社会を否定することで解決を図ろうとします。これが反社会的考えの初期段階と思われます。
このあたりはちょっと難解ですね。「社会的善」=ペルソナ、「必要悪」=影、でしたっけ?心理学用語が頭に入っていきません。
個性的と言えば走り高跳びのフォスベリーを筆頭に挙げねばなりません。
初めて背面跳びを見たときは度肝を抜かれました。しかし・・・・あれは着地が砂場や柔らかい地面であったならとても怪我が怖くてできないですね。
ウレタンのてんこ盛りやら安全が確保されて初めてできる跳び方です。最初にあれを考えて実行したのがフォスベリーだとしたら正に異端中の異端。危険を怖れぬ革命児でしょう。
さて・・・・・学問における積み重ねではない独自の突拍子もないアイデアからきた発見というのは何があるでしょうか? DNAの発見なんてまさに物理学者と生物学者のコラボだしアインシュタインもそれまでのマッハ? やら他の物理学者の業績の上に立って相対性理論を構築したんですよね?(この辺に詳しい方、解説お願いします)
ダークマターや宇宙の膨張なんてのも厳密な観測の結果の膨大な積み上げですよね。
個人の独創で科学の常識をひっくり返したのは誰だろうか?
シルバースプーン様
おっしゃる事、とても良くわかります。
たぶん、私の言っている「枠」というのは、ものすご~くゆるゆるのものです。
ただし、すごく難しい事だったかもしれない。
私は「目の前で00に話しかけてくれている人の話をしっかり聞きなさい」
彼が言葉を理解し始めた頃から、これだけ、「これだけ」しっかり教えてきました。
これが私の枠組みです。
簡単、、だけど、、これは意外に難しい。。。
でも、私は立ったひとつ、これだけを徹底的に繰り返し繰り返し子供に言い聞かせてきておりました。
ただし、私は前に書いたように「個体」としての「人」という者も非常に意識せざるを得ない身体を親子で持っておりますので、信頼感様にこれからお返事する事に関しては、徹底的に「躾」してきた。
と思います。
信頼感様にあてたお返事ですが、シルバースプーン様にも読んでいただければ嬉しく思います。
根本的さんへ
実は密かに私も「子供の育て方」ではシルバースプーンさんとあまり違いがないのではないかと考え始めています。
中学進学のための過剰な受験勉強を「やらないほうがいい」とするか「有名中学に入るためにはやむおえないし、それに素質のある子には大した負担ではない」という違いぐらいかもしれません。
そうそう、企業人さん推薦のアメリカエリート教育の本を読んでいたらアメリカの学生があれだけ勉強に集中できるのは・・・・・・・・「中高生のころに遊んでいて勉強疲れしていないからだ」という一節がありましたが・・・・・ここは全く賛成です。
現在の中堅進学校の一貫生がやれ模試だ過去問だとやらされているのを見ると、高3の秋まで文化祭や体育祭があって10月過ぎに受験勉強始めた我々県立高校生のほうが遥かにアメリカの学生に近いところにいます。
つまりは潜在力が未知で大きく伸びれば東大だろうが医学部だろうが平気だといういつもの主張です。 まあ・・・・皆浪人してしまうのですが。
信頼感様
>幼児の中には、お友達を咬む子って結構いますよね。
また、自分のおもちゃが欲しい時、相手を突き飛ばしても、ひっぱたいてもそれを我がものにしたい子もいる。 それも、個性なのですよ。(地域、時代様)
もし、これを反社会的行動の芽と感じられているとしたら、それは違うと思います。
この行動は、自分のものと認識したものを守る意味合いですから、そこに抑圧はありません。守るものべきものを自ら守ったわけですから、むしろ達成感があります。守れなかった場合、それを受け入れられたら大丈夫ですが、受け入れられなければ、抑圧から、先生や相手の子に責任転嫁します。これが反社会的行動の芽だと感じています。このようなロジックが確立され大人になってしまうと危険思想となりかねないと思っています。
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信頼感様
達成感のために、他所のお子さんに怪我をさせたりする事って良くない事ですよね。
私はそれを「反社会的な芽」と、大層な捉え方はいたしません。
同じ月例の「同じ体格同士」の取っ組み合いの喧嘩などは、ある程度大人が見守っていて、少しやらせる位が良いと思いますよ。
ただしね、、、そういった事を「させてやれない子」というのも存在しますよね。
「個」として生まれながらに大きな体格、大きな腕力を持った子。
そういった子は、本人がお友達と同じ感覚で遊んでいても相手に大きな怪我をさせてしまう力を持っています。
「守るべきものを守ろうとしただけなのに、、、」結果は、、相手に怪我、そんな「個体差」ってありますよね。
何も悪くないのに、相手ががポコポコ殴ってきたから反射的に「止めてよ!」って相手を突き飛ばした。
でも、、小柄な子は吹っ飛びますよね。。。
非常に危険です。
以下、続く。。。。
動機さん
>さて・・・・・学問における積み重ねではない独自の突拍子もないアイデアからきた発見というのは何があるでしょうか? DNAの発見なんてまさに物理学者と生物学者のコラボだしアインシュタインもそれまでのマッハ? やら他の物理学者の業績の上に立って相対性理論を構築したんですよね?(この辺に詳しい方、解説お願いします)
いや、もちろん「独自のアイディア」と言っても、先人の業績の上に築かれたものであることは間違いないでしょうね。でも、そこにはやはり、誰でもできたというわけではない、一種のひらめき、思考の跳躍があったのではないでしょうか?DNA発見についても、相対性理論についても。(詳細は省きますが)
>実は密かに私も「子供の育て方」ではシルバースプーンさんとあまり違いがないのではないかと考え始めています。
シルバースプーンさんの「個性が先」論、まったく賛成です。
>中学進学のための過剰な受験勉強を「やらないほうがいい」とするか「有名中学に入るためにはやむおえないし、それに素質のある子には大した負担ではない」という違いぐらいかもしれません。
そうなんですよ。「素質」「個性」を重視するという点では共通ですから、あとは現実対処法の違いに過ぎないということでしょう。
>そうそう、企業人さん推薦のアメリカエリート教育の本を読んでいたらアメリカの学生があれだけ勉強に集中できるのは・・・・・・・・「中高生のころに遊んでいて勉強疲れしていないからだ」という一節がありましたが・・・・・ここは全く賛成です。
それはひとつの理由としてあり得るでしょうね。
>現在の中堅進学校の一貫生がやれ模試だ過去問だとやらされているのを見ると、高3の秋まで文化祭や体育祭があって10月過ぎに受験勉強始めた我々県立高校生のほうが遥かにアメリカの学生に近いところにいます。
それはそうでしょうね。でも、やはり現時点では、「大学進学のための過剰な受験勉強」も「やらないほうがいい」んですけど、「有名大学に入るためにはやむをえない」ということでしょう。たとえ「素質のある子」でも、「東大だろうが医学部だろうが平気」ではないというのが、現実かと思いますが。






























