アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
ユネスコのワールド寺子屋ムーヴメント
なども個人的には、面白いですね。
http://www.unesco.or.jp/en/activities.html
金をだしてやるなら、こんなものも視野にはいるかも。
>わたしは「キーワード」での議論がかみ合わないことが多いと思うので、(量的さん)
言葉によりますけど・・・
議論となった「個性尊重」なんかは、たしかに、いいキーワードではありませんね。
たとえば・・日本国憲法前文で、「人類普遍の原理」というのがありますが、
アメリカ人なら「造物主(Creator)」といれるけど日本人には無理・・「天皇」はさすがになあ・・
そうそう、「人類普遍の原理」がよろしいんじゃないか・・なんとでも読めるし・・
・・こんな感じですよね。
さてさて、これで「人類普遍の原理」をテーマに議論してみるか・・・で議論出来るかなんですが
はっきり言って無理ですよね・・そもそも、なんとでも読めるのだから。
教育目標の「個性尊重」も同じなんですね。
わが国の教育目標として、この言葉が初めて出てきたのはそんな昔ではなくて、
臨時教育審議会第1次答申(1985年)なのですが、
第一部会(「教育の自由化」支持派)と第三部会(「教育の自由化」反対派)の対立・・その折衷案として、
「教育の個性化」が出てきたに過ぎない・・そもそも理念などないわけですね。
だから、「個性尊重とは何だろうか・」などと、形而上学をやっても仕方ないわけです。
根本的さんのネオリベラリズム的見解は第一部会の主張と似ており、そういった意味で筋が通っています。
じゃあ、そもそも教育の「個性尊重」は何がオリジナルなのか?・・ルソーの「エミール」ですね。
ルソーの教育理論は「消極教育」です。
子どもは「小さい大人」ではなく、「子ども」という固有の時期があって、成長の論理がある。
造物主が子どもを造ったときには、汚れの無い善なる存在だが、人、社会の手を経るごとに穢れ悪となっていく。
よって、子どもは善なる自然状態で育てることが正しく、早期教育は避けるべきである・・
・・こんな感じ・・放置主義ですね。
別に、私はルソーを支持しておりませんが、
ルソー的「個性尊重」の立場からいえば、私立中学受験なんて もってのほか ですね。
無常感さん
興味深くコメント拝見しました。
>造物主が子どもを造ったときには、汚れの無い善なる存在だが、人、社会の手を経るごとに穢れ悪となっていく。
これは、キリスト教のひとつの解釈からは違っていて
面白いです。聖書的には、「人はみな罪びとである」
それゆえ原罪を救うためにキリストが贖罪したという形
ということも、聖書解説本で読みました。
>私立中学受験なんて もってのほか
私は、ご存知のようにアメリカ崇拝ぜんぜんしていませんけど
アメリカの教育でいくと
中学、高校受験がないから大学であれほど勉強できると
いうこともいえるようですね。
未来さん
>国によっては攻撃目標を自国政府ににもっていかないよう
>国民をコントロールして情報を外からもってこない
>他国を攻撃することによって転化している場合もありますね。
そうそう、よくある話で常套手段ですよね。
負のエネルギー・・なんだか、安部清明みたいになってきたな・・
中世以前の日本では、そういった負のエネルギーが社会を支配していましたね。
それを理由に、都だって平気で変えてしまう。
まあ、現代でも、似たようなことをしているのかもしれません。
未来さん、
テレビを見せない、携帯電話を制限する、ネットをさせない、
簡単なことですが、これだけは昔に近い、環境を保持しないとどうにもならないのではないかと思っています。
個人差があるかとは思いますが、深く考える力に大きな悪影響があると思います。
たとえば、考えているときに、電話一本入ったために、仕事の効率ががた落ちになることが大人でもあります。レベルの高い思考とは、なかなか解きほぐせないくらい絡み合ったIssueにチャレンジ・悪戦苦闘しているときでしょう、1/10位のテンションに下げられてしまう。ただ簡単な仕事だけすればよいならば、その影響は小さいですから、軽視されやすいです。(幸い会社のメールでは、BBであっても、好きなときにチェックして、携帯電話野通話の様に邪魔されないように、テンションの管理出来ますね。大人は、これで救われます。)
高校生の段階では、携帯電話やメールに邪魔され考えに没入するまとまった時間が持てないとすると、(知的社会を目指すならば)伸びる機会がありませんでしょう。
幸い、テレビはみない、ネットは制限できていますが、
携帯を完全に取り上げるのは、できていません。部活の連絡がくるから、
携帯メールだけは手放すことができない、これがあり、チェックは家内がしています。
<未来さんWrote >
中学からブログを始めている子もいますし、
匿名でやっていても実はまわりみんな知っているし、
男女交際のことも書かれている
しかも人によっては写真まで公開
おそらくおきまりの形で低年齢化していく
ネットリテラシーの勉強は中学校からはされているようですが、
自覚のある子ははじめから中学からブログも持っていない
親もしっかりと教育していることが多い。
無常感さん
>そういった負のエネルギーが社会を支配していましたね。
それを理由に、都だって平気で変えてしまう。
まあ、現代でも、似たようなことをしているのかもしれません。
人は成長しているという前提に立ってものごとを考えると
進歩しているように感じますが、
いつの世もそれはおかしいと喚起する人間がいないと
不正も不条理も王道のようにまかり通りますよね。
実際このごろの世の中の動きを凝視してみると
どれだけ不安定か。
いえ実際まかり通っているからこそ
そこは おかしいといえる人間が貴重なんだと思います。
その場合は、人にたいしてではなく
主張に対して行われるべきですね。もちろん。
>これは、キリスト教のひとつの解釈からは違っていて
>面白いです。(未来さん)
多分、それはキリスト教ではなく、ルソーのトラウマが原因かも。
>私は、ご存知のようにアメリカ崇拝ぜんぜんしていませんけど
>アメリカの教育でいくと
>中学、高校受験がないから大学であれほど勉強できると
>いうこともいえるようですね。
なるほど・・アメリカの教育はルソー的なんですね・・
勉強になりました。






























