アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
量的様
お話を伺っていて、認識を共有できていない部分が少なからずあると感じています。
>いじめとは異質なモノの排除ですから、頭で考えて、善悪など決められないことがあります。また、生物の集団のありようとしていじめになることもあると思います。
異質なモノ=生命力の大小だけとってもイジメに対するアプローチは、違いますから。
主たる原因を「異質なモノの排除」とすると本質は見えてこないでしょうね。
というか、量的様ほどの方がご自分の狭い経験をもとにイジメを認識されること自体、いつもの広い視野での観点とかけ離れているように感じます。率直に云って、目の前に見えている子供たち....私と量的差様ではまるで違うとうことでしょうね。
そして、「善悪の判断」、「教育環境を緩くする」と述べておりませんし、誤認されるような表現もしていないと確信しております。
老眼様
>というように,躾も養育環境も各家庭の問題のみではないと思います。
いじめをする子供が悪いのではなく,その子にいじめをさせてしまった,社会の姿やわれわれ大人全体が悪いのだ,とわたしは思います。
仰る通りです....しかし、そこまで文章にしたくない。
原因の一旦を明確にしたいのです。原因=社会とすると、そこだけが強調され思考停止する方もいらっしゃいますから。
と、書きながら、今まで散々母性父性の問題点について述べたこと...つまり大人の責任を言い張ったのは自分自身ですしね。
>自律性で,ある程度減るでしょうが,上に書いたおおもとの背景が残存する限り,目に見える変化は期待できないように思います。信頼感さんも,文にしてないだけで,同じような考えでしょ?と,勝手に思い込んでますけど。
同じ考えのつもりです。
つまり、「諸問題の為、自律性が育みにくいので、目に見える変化にならない」ということですよね。自律性があれば、憎しみという感情を再思考できるのですから、支配から自律できる可能性がある。自律して行動がとれたなら、イジメを否定することを選択できるかも知れない、だから減る可能性があると考えています。
量的様が仰るほど難しいとは思わないし、子育て支援として十分対応できる(お金を掛けずに)レベルだと認識しています。先ずは、乳児検診で養育者に「子供へのまなざし」をレクチャーすることから.....それだけで空気が少し変わると思っています。
教育を変える、その必要性はもちろんありますが、
そして、その都度の事例での両者へのケアは当然のこととして、
すべての人をいわゆる善の固まりとすることは無理だと思っていますし、
それをしたら、どうなるかという先も考えないといけないと思います。
悪とか善という言葉もちょっと違うように思うのですが、
悪を知った上での善でないと、社会にも世界にも出て行けないと思うのです。
真に純粋な人は、心を病んでしまうことでしょう。たぶん。
だから、心を強くする必要があるんだと思います。
量的さんは、その視点で話されているのかなと思いました。私も同感です。
量的さんはいじめの経験があるとおっしゃった。
老眼さんも経験があるとおっしゃる。
そして、誰でも1つや2つあるともおっしゃる。
そのいじめの度合いもだんだんですが、私もあります。
毎日カレンダーに×をして、カウントダウンする苦しい日々でした。
自信も失いました。トラウマにもなりました。でも、いろいろ学べました。
子どもも翻弄されて疲れ果てたことがあります。
小さすぎて、相手をそういうやつとも思えなかったようで、
また、人の嫌がることをしてはいけないという私の教えを守ったがために、
暴言の一つも言えず、本当にかわいそうなことをしてしまいました。
自分の比でなく苦しかった。これまた、いろいろ学べました。
これをやったら大丈夫なんて幻想。人に関してはそう思っています。
教育については、私は教育勅語や修身の復活でいいと思います。
どうしても消し去りたかったものの一つだったのですから。
ただ、大人がすでに、あらら、であることが問題なのですが。(私も含め)
それを身につけていたはずの昔だって、いじめはありました。
そこはもう人間というものを学び、心を強くするしかないと思います。
何があっても、くじけないように。
動機様
「楡家の人々」、今度時間がある時に読ませて頂きますね。
北氏、三島氏の尊敬するトーマスマンの「ブッデンブローク家の人々」から作品名を取ってきているだろうし、読み応えありそうですね。
私、三島文学は大好きで、エッセイ、作品共に、たぶん全部読んでいると思います。
ただ、作品数が多いのと人物設定が似てる事が多いので、暗記力が壊滅的に乏しい私はどの作品がどの内容だったか、がてんでバラバラ。やばい、やばい。。(笑)
地域、時代さんへ
へえ・・・・三島全部読んだのですか。 それはすごい。
私もいつか三島の「豊饒の海」読みたいと思っています。楽しい感想を有難うございました。 「いじめ」について真剣な議論が続いていますので・・・・・・・・・しばらくして落ち着いたらまた文学談義にお付き合いください。
弱点様
>そこはもう人間というものを学び、心を強くするしかないと思います。
何があっても、くじけないように。
『心を強くする」→「自律的判断で受け入れる」ということであれば、理想的。(ユングの個性化)
『心を強くする」→「解決を先送りし(判断できない)我慢する」となるとストレスを内在し、はけ口が必要になります。
代替欲求が必要→ギャンブル、買い物、薬、イジメ....(我慢は、恒久的に持続できないから)
「くじけないように」...受け入れたらくじけません。
弱点様のニュアンスは、我慢、忍耐、を連想させる。
そこち立ち返ると解決はないと思う次第です。
信頼感様
信頼感様がそこまで書きたくない、、とおっしゃる事、私はとても良くわかります。
この話題は苦しい、ですよね。
私も自分自身の事をここで書いていてもとても辛いです。
私自身は信頼感様が教えて下さる事に自分の過去がドンピシャ当てはまります。
最初、私は「母に愛されたのだろうか?」と信頼感様に問いかけました。
私は幼少期、そして小学校で恩師に出会うまで、それを「自覚」する事が出来なかったのだと思います。
信頼感様がおっしゃるように、私も「いじめをなくす事」は難しい事ではない。と思います。
そして、それを教育で行わずにどこで行うんだ??と思います。
私の恩師は徹底的にクラス会を開いて私達の「心の教育」をして下さいました。
友達にかける一言、それすらにもこだわりを持たれ、授業が中断する事も多かったですね。
時にはクラス中が泣きだす事もあった。
友人達と心が通じ合えた時の感激の涙だったと思います。
先生は、徹底的に私達子供の心と向き合ってくれました。
皆が、このクラスで良かった。
先生と出会えて良かった、そう思う事ができましたから。
その先生がクラスの黒板の上に貼っていた学級目標は
「わがままは しない させない ゆるさない」でした。
単純な事ですが、私達は先生からこれを徹底的に実践する事を教わり、時に強く叱られ、一人一人が大きく変化出来たと思います。






























