充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
信頼感様
老眼様とのお話、すごく興味深く読ませて頂いております。
すごく学ばせて頂いております。
全く別方向?からの私自身も、また私の周囲の方達から私が感じている事を一つ。
信頼感様がまだここに出てこられる前に私は「コンプレックス」について書いた事があります。
私は「コンプレックス」は、実はその個人の「大きな大きな素晴らしい要素」でもあると思っているのです。
単純に書いてしまえば「乗り越えようよ」って思っています。
自分の中でそれを昇華させる事は出来ると思ってるんです。
信頼感様はそこの部分も理解して下さっていると思います。
「コンプレックスって実は、意外にその人の能力を開花させる種じゃないかな?」て私は思う事が多いです。
信頼感様
一つ質問して良いですか?
私の中には、3人のキャラ違いの人格が存在していると思っています。
日常生活の中で他者の言動の中に違和感を感じた時、私の中で2人の人間が対話を始めます。
AとB。
で、Cがまとめに入ってくる。
みたいな。。。
Aは私の心の反応そのもの。→ものすごく一方的で、ダイレクトに事象を受け止める。
Bは私の社会的倫理観、道徳観的な部分→一方向的でダイレクトな見方を「ちょっと待ってみよう」と鎮める役目を果たす。
CはそのAとBをまとめる役目→そのAとBの意見を統括して、実際に私の行動を決定する部分。
結果的にCの出した結論で私は動くのですが、強烈な感情が発生した時は、私の中では一瞬にしてBとCの存在が居なくなります。→自己抑制が利かない状態とでも言えば良いのかな。。。
「慈愛に満ちた強制」、、、でふと思いついた事を書いてみました。
これを、親から社会から受け取る事が少ない場合は、ABCがものすごく接近してしまうのかな??ってなんとなく思いました。
地域。時代様
老眼様への返信の前に返信させていただきます。
>「コンプレックスって実は、意外にその人の能力を開花させる種じゃないかな?」て私は思う事が多いです。
仰る通りでございます....↑が、ユングの云う「個性化」だと感じています。
以前、適性様、未来様、無常感様との間で交わされた「昇華」という概念もこれだと感じております。
コンプレックスは、現実と理想のギャップから生じる劣等意識を自己都合で歪めた感情の複合体だと思います。歪めることで心の安全装置となる一方、第三者(客観的観測者)から見れば、責任転嫁、逃避と感じられるでしょう。コンプレックス自体は、感情の複合体であり「自律した思考」をしません。辻褄があうように「言い訳の思考」するだけ。以前からコンプレックスは、感情であり自律的判断ができないと申している理由もコレです。
では、何故「能力を開花させる種」となるのかと想像すると.....そもそも、現実に対する理想が高すぎたことに起因しているわけですから、理想を手の届く範囲に下げれば、到達可能となります。下げるには、それまで絶対に捨てることの出来なかったプライドやそれに準ずることをある意味少し手放す必要があるでしょう。逆に考えるとそのプライドのようなものに(自我なのかな....)執着しなければ、歪んだ感情に支配されず、自律的判断によって、再挑戦するアイディア、意欲がわき上がってくるのだと推察されます。
これが、「受け入れる」ということなのだと思っています。
地域、時代様の仰るコンプレックスは、容姿の問題等ではないので基本的に努力した分、理想に近づくことが本来可能なコンプレックスなのだと感じています。
ですので、地域、時代様の「乗り越える」が、私の云う「受け入れる」なのだと理解できました。乗り越える=アクティブではなく、受け入れる=パッシブでもない。
俯瞰してコンプレックスを受け入れる、そうすると「ペルソナ」も「影」を受け入れることになる。詭弁、方便じゃなく、矛盾を受け入れることがユングの「個性化」なのだと思っています。
生きているうちにとば口でもいいから到達してみたいものです。
地域、時代様
>私がABCで例えたような事ではなく、信頼感様がおっしゃる「人格」とはもっと無意識な部分なのでしょうか?
ABCに関係ないって....前フリはなに?(笑)
「人格」って....意識と無意識から成立しているものだと思います。
イジメの根本原因を探る上で、「加害者が〜という理由で被害者を虐めた」なんていう表面的な(意識領域)ことじゃないんですよ。加害者が何故そういう衝動に駆られたのか....を突き止める上で「影」の領域にあるコンプレックスを作り上げた「抑圧の基」が概ね、真犯人だと思うのです。
そこを探る上で、感情ありきだとそっちに吸い寄せられるでしょ。相手は「影」という無法地帯なのですよ。コンプレックスは、事実を簡単に曲げるし、善悪もひっくり返しちゃうんですから。
原因を探る上で価値観、感情をできるだけ排除したいと思っているだけで、平素は、価値観を基準に行動してますから。
「人格」って....意識と無意識から成立しているものだと思います。
↑
信頼感様
返信ありがとうございます。
めっちゃ良くわかった!
なるほどね~、、ABCちゃん達の自分の中での立ち位置が、明確になった気がします。
時々、こ奴らが自分の中で大暴れして、超ブルーになる時がありますからぁ~!!!!(笑)
>オリジナリティって自分自身の摸索から始まりませんか?
>韓国が、ノーベル賞がなかなかでないのは
>もしかして、教育が競争しすぎて
>創造を伸ばす時間がないのじゃないかな。(未来さん)
そうです。自分の「個性」を模索する。そこから始まるに違いありません。そして、「個性」豊かな素質が、「自由」な環境で育つことによって、オリジナリティの花(創造物)が咲くってことでしょうね。
>中には、アメリカ留学している子どももいるので
>こちらの方が、のびのびしていそうです。
その「自由」な環境が、日本や韓国などアジア諸国にはまだまだ乏しい。いったいそれはどこにあるのだろう?やっぱりアメリカだってことじゃないですか?残念ながら。
>いままでの日本のノーベル賞受賞者は、ほとんどが公立高校出身者ですね。
>やはり放置主義の方がよいのではないか・・
>学校教育、塾で「詰め込み教育」するのは、ダメなのかもしれませんね。 (無常感さん)
おっしゃることが視点さんと同じですね。問題は中高レベルではないのでは?なぜ、ノーベル賞は 東大<京大 なのか。あるいは、なぜ、優れた研究者は、大学受験レベルほどの絶対的優位性をもって、東大に集中しないのか、そこを考えた方が有益だとおもいますけどね。「詰め込み教育はダメ」ってとこは、賛成ですけど。
ちょっと前の話題ですが。
日本人の道徳的頽廃に対する具体的処方箋として教育勅語復活(弱点さん)、日本国憲法暗唱(無常感さん)という提言がありましたが。
>教育勅語
勅語というのは、天皇陛下のお言葉ってことでしょう?「天皇陛下は神様です」という信仰が生きていれば有効でしょうが、今はどうなんですか?だいいち、弱点さんは「神はいらない」って言ったじゃないですか。
>日本国憲法暗唱
あの翻訳調丸出しの悪名高い「前文」を子供たちに暗唱させる?「押しつけ」だか「押しいただき」だかわかりませんが、やっつけ仕事で訳されたような典型的な悪文。平家物語でも暗唱させた方がよほどいいと思いますよ。
というわけで、私は両方とも反対です。






























