アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
老眼さん
>日本が島国であるにもかかわらず、ちょこちょこと他国の影響も受ける地理的環境にもあって、かといって、大がかりな他国の支配を受けたこともなく、他国に比べて平和に過ごしてこれた歴史観からくるものなのでしょうね。
「陳腐」で事が済んできた今までと、これからも、果たして同じなのか?
同じだと思いますよ。
国家目標なんてぶちあげると、カッコいいですけどね(政治家のPRメッセージですね)・・無理ですよ。
なぜ、陳腐になるかというと、
もし、本気で、わが国の国家目標を語ろうとするのなら、国体の問題に触れざるを得ないのに、
多くの場合、その核心部分を外して、表層だけで国家観を語っているからなんでしょう。
議論の中心部分が、空虚、空洞なんですね。
TPPの議論ですが・・・
わが国では稲作は、新嘗祭など皇室行事とも深く結びついており、単なる産業(農業)ではありませんよね。
本当の論点は、そこなんじゃないでしょうか。
経済政策だけでものを言っているから、国家観、日本文化の問題がすり落ち、壁にぶちあたっているわけですね。
>資源の枯渇、食糧自給の不十分さ、経済大国からの転落・・・という現実を知っても、
わたしたち日本人は、そこに危機感を感じることができない。
それが、国民性。(老眼さん)
老眼さんには申し訳ありませんが・・私は、これを日本人の国民性だとは思っていません。
私の父親は昭和ヒトケタですが、ご存知のとおり、
この世代は「資源の枯渇、食糧自給の不十分さ、経済大国からの転落」
・・そこに、十分な危機感を感じとっていましたよ。
わが国の戦後の経済発展を支えたのは、戦争を知っている世代ですよね。
物心がつくのが10歳くらいとして、終戦が昭和20年だから昭和10年(1935年)生まれぐらいが
限界ですかね・・この方々が60歳定年になるのが、1990年代半ばでしたね。
東証株価の最高は忘れもしない 1989年12月29日 38,915円です。
社会の主役が、戦争経験者 →戦後民主主義 と世代交代してから、日本経済は凋落したわけですね。
私の疑問は、これは偶然なのか?・・ということなんですね。
根本的さん
>全然悪くありませんよー。
>私は井沢さんの熱狂的なファンじゃないですよー。
嫌われたのではないか・・と思っていたので、
根本的さんファンの私としては、ホッ としましたよ。
>でも、井沢さんは歴史学者じゃないから。学問的オリジナリティを求めても仕方がないでしょう。
>学問的な進歩(ネタ元)を踏まえた上で、自分なりの見方で歴史を再構築してみる。小難しい学者の見解を、一般人にもわかりやすいように紹介しながら。
>そこに歴史作家の個性もオリジナリティも、学問とはまた別に、存在しうると思いますけどね。
さすがですね・・適確に理解されておられる、私も同意見です。
だから、また、根本的さんとの会話が楽しくなるわけですね。
先日面白い光景を見ました。
川べりに大きな木が茂っていてそこから木の実(どんぐり?)が沢山落ちる。普段は水草をつついている鴨が上陸してその木の下まで歩いていく。
最初はおっかなびっくりおずおずという感じで勇気のあるのが実をついばんでいましたが仲間も加わって10羽を超える鴨がこの下でせっせと食事を始めた。
数分後どうなったと思いますか?
黒い影が一閃集団の頭上に襲い掛かった。何と木の主のカラスが攻撃に出ました。
「グアッ」と警告音を発して一斉に鴨たちは川に向けてジャンプ。激しい水しぶきが上がりました。
鳥の世界にも明確に縄張りがあります。水路育ちの親子はいまだに上流にある池に戻らずにいます。 渡り鳥のほうが常鳥より強いのか?
生物は自分の生存本能でしっかり縄張りを守り、侵入者は断固排除します。負ければ自分がいい餌場を譲らなければなりません。生物の本能から遠ざかって・・・・・・・・友好や協調を掲げる国際政治は生命が進歩したともいえるし自然の摂理に反しているとも言えます。
たぶん・・・・・・国際協調なんて言うのはフィクションなんでしょうね。一皮むけば縄張り根性丸出しの生物としての性が顕れるでしょう。 さて・・・・日本は豊葦原瑞穂の国という伝統ある島国を守れるか?
たぶん・・・・・・国際協調なんて言うのはフィクションなんでしょうね。一皮むけば縄張り根性丸出しの生物としての性が顕れるでしょう。 さて・・・・日本は豊葦原瑞穂の国という伝統ある島国を守れるか?
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動機様
国を動かす者は縄張り根性は持って貰わないと困る、、と私は思っております。
日本人は忍耐強いが喧嘩に弱い。(他国の人と交わった時)もちろん、個人個人では大きく違いますが。
ただ、民間の企業などはそうでもないような気がしますけどね。
喧嘩に強い、というのは武力の行使ではなく、「こいつを攻撃したら、えらい目にあうぞ」というこの「威嚇」が個人も国も下手くそかな、、。って思います。
地域、時代様
>「コンプレックスって実は、意外にその人の能力を開花させる種じゃないかな?」
以前↑についてお話したことに補足します。
ナルシズムから派生する場合もあると思いつきました。
ナルシズムは成長段階で2回あるとされ生後半年〜6歳の乳幼児の頃に最初に現れ、自分と他者の存在を意識する過程で味わう、痛みや恐怖というものから自己防衛する為の心の安全装置という意味合いのようです。小学生の頃、私自身もそうでしたが、全く根拠なく自信を持ち、世の中、自分中心で回っていると感じたものです。通常これでナルシズムはお役御免となるわけで、現実を受け入れて落ち着きます。幼児期に自我が酷く傷つくような体験、抑圧を受けると思春期、成年期になってから第二のナルシズムが出現する場合があります。幼児期の自我の傷、抑圧から、劣等コンプレックスに至経緯は以前ご説明しましたが、これと同じ経緯でナルシズムとなる場合があるようです。まぁ、ナルシズムも劣等コンプレックスも根っこは同じですね。
ナルシストとは、「強く自分自信を信頼できる自律性のある人格」のように表現される場合もありますが、それは、大きな誤解であり、その原因が、抑圧や自我の傷というものですので自律性の基づいたものではありません。つまり自律的判断はないので「自分自身が最も価値がある存在」かどうか自己判断できません。そこで判断を外側に置き他人から、「特別に価値のある存在」としての評価を受け続けることによってナルシズムという欲求を満足しようと競争します。そしてその競争に勝利する為の手段は、何でもアリです。当然この過程で思うようにならず、さらに劣等コンプレックスの深み(責任転嫁)にハマることもあるでしょうし、自己否定に向かえば、鬱、引きこもりなどに発展するようです。
ここからが時代様への本題です。
反動形成という行為、例えば
・冷たい人が優しく感じられる
・憎しみが愛情に感じられる
これは、本来の気持ちを打ち消すことで抑圧から解放されたいというこれも心の安全装置です。
冷たい人→抑圧(自己)→葛藤→優しい人に変換→抑圧からの解放...というロジックです。(ストックホルム症候群に似てるかも)
ナルシストの価値観は、周りの人からの賛美、尊敬ですので精力を注いでいる専門分野に愛着があるわけじゃありません。だから、通常は、愛着のある人に勝てないのですが、この反動形成とナルシスト特有の「周りの評価の為に手段を選ばない」ほどの集中力が合体したときに強烈な推進力になると想像され、(実際そういう演奏家は少なくない)その分野の大家になることもあろうかと思います。
ナルシストを生み出す家庭の特徴は、子供を優秀に育てようとする際に叱咤激励の行き過ぎによる言葉の暴力、虐待等、確認されています。家庭はその事実を内外に隠蔽しようとする傾向だそうです。
前回ご説明した、自己(現実)を受け入れる方法は、真っ当な手段ですが、今回のナルシズム+反動形成は、コンプレックスを利用することで結果的に社会にプラスとなっただけで、本人の心の闇は深まるばかりです。そういう方には、自分自身の破壊と紙一重にあることを自覚してほしいと思います。
政治の話題に割り込んでスミマセン。






























