充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
新しいものごとを次々に学び覚えると、その効果は等比級数的に増えていくといわれています。つまり、勉強量と成績の関係は幾何級数的気に増えていくと。そのことを足がかりに少しばかり数式上で考えてみました。
n地点での成績Fnは、
Fn = F0x(F1/F0)x(F2/F1)x(F3/F2)x・・・x(Fn/Fn-1)
= F0 x (1+α)(n乗)
α は逆算される平均的な無次元数ですが、一方、この指数αには経験的に次の関係があるといっていいでしょう。
1) 本人の能力が高いほど高くなる。γ1:能力の指数(例えば偏差値/100)に比例
2) それまでに身に付けた知識に対して新しい学習難度が程良く高い程高くなる。
γ2 学習難度の指数(理解可能な最大難度を1)に比例
3) 本人のやる気や努力の学習意欲が高いほど高くなる。γ3:本人の学習意欲の強さ(最大値を1)に比例
4) 環境(住居地域、家庭、学校、先生、塾、その他)本人に働きかける知的支援が高いほど高くなる。
γ4:知的環境指数(最大値を1)に比例
単純に、α = K1γ1 x k2γ2 x k3γ3 x k4γ4 = K x γ1xγ2xγ3xγ4 と仮定し(k1は重みの係数)、更にK=1として
Fn = F0 x {(1+(γ1xγ2xγ3xγ4)(n乗)
n=6(中高6年間の6と仮定)として,6年後の学力比=Fn/F0を比較してみる。
1) トップクラスの条件としてγ1=γ2=γ3=γ4=0.8の場合、α=0.41, Fn/F0=7.86
2) 資質はトップクラスだが学習環境がトップクラス(@大都市)にやや劣るとして
γ1=γ3=0.8、γ2=γ4=0.65の場合、α=0.27, Fn/F0=4.20
3) 平均として、γ1=γ2=γ3=γ4=0.5の場合、α=0.0625 Fn/F0=1.44
4) 全てが低いレベルとして、γ1=γ2=γ3=γ4=0.35の場合、α=0.0150 Fn/F0=1.093
ここで、中学1年時の能力F0は、その前の能力が同程度なら、
F0 for 中学受験勉強で鍛えた生徒>F0 for 中学受験学習をしなかった生徒 といえる。
また、中高6年間は、私立中高一貫校では先取り学習で高3時は受験勉強復習にのみ当てるので、先取りをしない学校の生徒がN=6とすれば、私立中高一貫校ではN=7ともいえる。
上記の仮定から推定出来ることは、学力を上げる能力・学習環境の要因の少しの差が大学入試時の6年後には大きな差と成り得るということである。成績に対してより影響度が大きいのは、初期の知識量より、べき乗で効く、本人の能力、学習への意欲、知的環境、難度の高い課題に取組むことであり、そして繰り返し学習をすることである。
他にもこれらの変数をいろいろ仮定してFn/F0を計算してみる、大体効果のある学習のアプローチとして経験的に推奨されていることが、Fn/F0という指数で大雑把ではあるが数値的に高い効果を生むことが理解出来る。
上記の式で、F0をずっと幼年期まで遡って当てはめてみると、幼少のころ子供の学習を意識してやってきたことが今に繋がってきていることを再認識した点で合点を得た。γ1,γ2,γ3,γ4とかいった指数をどんな要因の組合せかを考えて分解してみると、より上流のもっと本質的な点での気づきもあった。幼少の子供の脳の情報処理能力を高めて、これから継続する学習の基礎中の基礎とするのは何か。それは家庭や環境に応じていろいろなアプローチがあるのだと思う。
大学入試は、高3卒業時での学習到達度が合格レベルの到達しているか否かの判定であるから、この仮定からでも、なにがしらの参考や方針は得られよう。一般的に大都市の私立中高一貫校生は地方公立校生に対して、F0や指数γ2,γ4の点で優位な環境にあるのだろうが、地方公立校生は、その差を認識すれば、この日本国ではそれを補う具体的手段は、いかようにでもある。その具体的手段を考えない、あるいは対策のアクションを取らないのは当事者の主体性の問題であるように思える。ネガティブな意見は(同じ意味を失わずに)反転させて、現実的なポジティブなアプローチに変換しよう。大都市vs地方、私立中高一貫校vs公立校、環境は違えど身の周りの知的環境は自分でコントロール出来るはず。というのが私の考えです。
私はね、、どちらかと言えば「学習面」だけを取れば非常に恵まれた環境にあったと思う。
母ですら京大の理系学部卒の現役教師であったわけで、、「塾」「予備校」なんかよりも、家の中で母から聞いた方が’’手っ取り早い。’’そんな中で育ちました。
そう、私は’手っ取り早い学習が出来る’環境で育ったんですよ。
受験に関しては、ものすごく恵まれた環境でね。。。。。
でも、私は「あかん子」だったと思いますよ。
全然勉強に対する興味がないんですよ。
長兄と、次兄と私は「違う」。これは本気でそう思った。
「聞けば教えて貰える」環境にあっても、私は「やる気がナイ」。
暗記力もずば抜けて「ナイ」なので、高校に入った位から勉強が「めんどくさくなってくる」のですよ。
一方で、高校では勉強が好きな子。学ぶ事が大好きな同級生を目の当りにするのですよね。
彼等の中には私のように恵まれた環境にいない子もいた。
そんな中で、一生懸命勉強する子達は「塾」行ってましたよ。
だって、今のようにネットも普及していないし、「誰に聞けば良い?」のですから。
「誰かに教えて貰いたい」となるでしょ?
うちの息子と私なんか、今でもうちの母親を頼ってますよ。
私はうちの息子には文系教科しか教える事が難しくなってきています。
なので、息子はばあちゃんに勉強を教えて貰ってるんですよ。(彼が自発的に)
「通塾」はしてませんよ。
でもね、、超一流の家庭教師雇ってるのと一緒でしょ。。
動機様
人には個人個人で育った過程も違うし、置かれている環境も違い、また人には「個性」というものがある。
その中で一番大きな力を持っているのは「個性」である。と私は思っています。
中学受験であろうが高校受験であろうが、大学受験であろうが「子の意思」を尊重して貰えない子は「苦しい」。
動機様から見て「負担である」と思う事が「負担でない」子は多く存在する。
また、中学受験に関しても、はたから見て「可哀想」と見える子が実はめっちゃ楽しく勉強している事があったりする。
逆に言えば、毎日暗くなるまで外遊びしてる子が、家に帰ってもお母さんがいないから、寂しいからそうしている場合もあったりする。(全国レベルのとあるスポーツをするまでの私はそういった状態の子でしたよ)
なのでね、、「自分の想像の範囲」だけでは「現実」は見えてこない。
私はそう思うのですよ。
なんでなんだろう~。。。なんで?動機様。
なんで、勉強が好きな子が小学生時代に勉強をやったら良くないの??
また、親が教える事が苦手だったり、親の言う事は聞かない子だったら、塾を利用する事がなんで「おかしなこと」なの?
上の学習効果を高める要因γiには、本人の外的なもの(例えば上式のγ2:学習難度の指数:,γ4:知的環境指数)と本人に働きかける外的なもの(γ1:能力の指数,γ3:本人の学習意欲の強さ)があります。ここで、外的要因のγ2、γ4は、日本での教育環境では新興国や途上国と違い、どこでもある一定レベルは担保されています。一方の内的要因は、能力に関しては資質の祭は認めても、基本的能力という点では一定のレベルはキープしています。しかし、本人のやる気は、目標を持ったりして高くなることもあれば、興味や関心を持てずに他の要因と違いゼロに近づき得るのです。この本人の意欲は、水を注ぐ瓶の入口の開口にも例えられます。たくさんの水を注ぎ込もうとしても、入口が狭ければ瓶の中に入る水はここで制限される。開口が広ければ、多くの水を早く瓶の中に注ぎ込める。つまり、入口の本来の開口面積が能力γ1に依存し、入口に弁がありこの開度が本人の意欲γ2により全開まで開いたり全閉まで閉じたりするのだと。だから、学習の一番のポイントは、本人が興味、関心を芽生えることが大切で、やらされる勉強ではなく、自分でする自主的な学習であると意識することなのです。影響度という点では本人のメンタリティが一番大きいのでしょう。
「あなたは世界に一人。みんな違ってみんないい。」
勉強が好きな子は勉強をすればいいのです。
将来の自由のために。
離陸様
全面的に同意です。
特に「将来の自由のために。」ってところ。
何の為に学び、考えるのかと云えば、自由になる為なのだろうなと最近気づきました。
自律性、主体的判断は、自由になるために必要不可欠なものだし、それを獲得出来ないとなれば、
誰かの判断に従うことを意味し、その状況は、「支配」とも言い換えられ、自由と対局にあるのだなと感じています。
信頼感さん
>何の為に学び、考えるのかと云えば、自由になる為なのだろうなと最近気づきました。
>自律性、主体的判断は、自由になるために必要不可欠なものだし、それを獲得出来ないとなれば、
>誰かの判断に従うことを意味し、その状況は、「支配」とも言い換えられ、
>自由と対局にあるのだなと感じています。
おっしゃるとおりですね・・これは、以前、話題に出たカントの 自律的自由 に似ていますね。
本来、何のため学ぶかというと、
自分なり哲学(生き方) を見つけるためだと思うのですね。
東大、京大に入ることではない・・ましてや、それを目指すための中学受験でもない。
生き方なのだから、・・誰もが、日々勉強です。(学校教育とは限りませんね)
はて?・・・【私立中学の価値】って、何なんでしょうね。
>草食が増えているのは大人の責任。(未来さん)
大切だと思って手をかけると、あまり考えなくなってしまうように思うんですよね。
それで済んでしまうというか。
私自身が、そんな楽な世界があるならば、そっちがいいかも…
みたいな部分を持っているからそう思うのかもしれません。
それで済む世界を作り出すのは大人でしょうから、大人の責任と書いたのです。
それに別に手をかけなくても、
学生の間は寒空に放り出されるわけでもないですから、草食っぽかったりしますよね。
恵まれた環境でのガツガツは難しいですね。
内から沸き上がる、どうしても手に入れたい自分が見つけた目標(合格じゃなく)でもない限り。
でも、私が期待しているのは、草食っぽい人たちなのですよ。
何かおかしな世の中で辛酸をなめたエネルギーの発散に期待しています。
そういえば、99%はどうなったのでしょうか。
>東大、京大あたりに入ると、周囲の目線が変わるのですね。(無常感さん)
それはそうですよ。すごいことです。
でも、求められるのは勉強じゃないところが厳しいのでしょうね。
学歴が有効なのは、何かを始める最初だけということでしょうか。あ、エデュと。
本当の自分を見てほしいと悩まれることがあるのですか。
その悩みは実に普通っぽいですね。同じなのだなと思います。






























