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私立中学の価値 2校め

【2043250】
スレッド作成者: ようこそ!書き込み歓迎 (ID:4Xzxz71IPe2)
2011年 03月 02日 23:08

既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。

【2376061】 投稿者: 地域、時代   (ID:55Tl/2qKCws)
投稿日時:2012年 01月 07日 09:54

部活にエエ想い出があるんやったら、ここで書いたらエエやん。
だから、私は「親父さん、何の部活やってたの?」って聞いたのよ。
自分の事を極力出さないように自分の思いを伝えようとするから、他者を否定してしまうのよ。

俺はAです。
私はBです。
って、自分の事を話してくれたら、読んでる側はすごく面白いし、なるほど、って視点様を通じて「何か」をそこに見つける事が出来るよ。

動機様も近頃そうしてくれてるやん。
だから、以前よりも動機様の言ってる事がすごくわかりやすくなってきたし、「なるほど~」って私は動機様の言いたい事や伝えたい事がわかるようになってきたよ。

【2376064】 投稿者: 通りすがりの企業人   (ID:SLERzJxdEWo)
投稿日時:2012年 01月 07日 09:55

動機様

いや、東大理学部のくだり、あまりにも図星なんで、私のようにならないように、と、みなさんに忠告してくださっているとばかり思っておりました。

。。。って、嘘です。おっしゃりたいことは非常によくわかります。
私の場合、国立の高校で、才能の差を痛感しておりましたので、理学部に凄いやつが居ても、そんなものだろう、という感じではありましたが。

小澤征爾について、もう少し語らせてください。音楽の話になると止まらなくなる、すみません。

彼の、弦楽器を中心とするオーケストラののコントロール力は、彼のことばによると、桐朋の斉藤秀雄の指導のたまもの、ということだけれど、現存する指揮者の中では群を抜いていると思います。これは、たぶん、デビューしたときからの、天性の才能でしょう。
逆に言うと、それなりのプロの集団であるオーケストラの弦のパートを、しごきあげて、自分の好む音を出させる能力がすごい、ということでもあります。

バーンスタインは、作曲ベースの人で、まぎれもない大天才だけれど、オーケストラをコントロールする能力が高かったとは思えない、彼の時代のニューヨークフィルの演奏は、ものすごいヴィヴィッドですばらしいけれど、音色的には、ちょっと荒れた感じがすることもある。
バーンスタインは、自分にできないことをやってくれる右腕として、副指揮者の小澤を高く買っていたのだろうと推測しています。
カラヤンは、バーンスタインとは逆に、ウィーンやベルリンで、自分のサウンドをつくることにこだわった人です。カラヤンは、指揮者としての志向性に自分と同質のものを感じ、文化的なバックグラウンドやオーケストラコントロールの手法が自分とまったく異なることを感じ、ひっくるめて、小澤の天才を認めたのだろうと思います。

1960年代のことですが。
小澤が、ヨーロッパやアメリカでそれなりに成功し、新進気鋭の指揮者として、NHK交響楽団に凱旋客演しました。当然、大好評で、契約は延長され、NHK交響楽団のアジアツアーを小澤が振ることになった。
そこで、N響とだんだんしっくりいかなくなり、帰国後に爆発、N響は、恒例の、年末のベートーヴェン第九の演奏をボイコットするに至りました。小澤は、契約があるから、と、一人ホールで来ないオーケストラを待ち続け、これが新聞に大きく報道され、政治家や多くの文化人を巻き込んだ大騒動になりました。
このとき、小澤が最初に取り上げた曲目が、メシアンの、トゥーランガリラ交響曲。複雑怪奇を極める長大な超難曲で、当時のN響奏者のレベルでは、非常にきつかったのだろうと思います。これを、20台の若造の小澤が、容赦なく各奏者にダメだしを続け、弦楽器の弓の圧力や、管楽器のブレスに至るまで、細かく細かくしごきあげたことは、予想に難くありません。
当時のN響は日本の絶対権威であり、20代の若造は、N響に対し、指揮台に上がらせていただく、どうか振らせていただき勉強させてくださいという態度であるべき、と、N響メンバーは考えていたのでしょう。
それが、ビシバシダメ出しをされ、たぶん、あなたが出している音は違っている、などと指摘されてた奏者もいたのでしょう。それで、プライドを傷つけられ、全力であいつをつぶせ、になってしまった。

ベルリンやニューヨークで受け入れられた才能を、日本ではつぶしにかかった、という、音楽界の暗黒史です。

私は、吉田雅夫というフルート奏者(藝大教授)が大嫌いでした。あらゆる曲を独善的にいじり倒して吹くように感じていました。
ごく最近、村上さんとの対談とは別の本で、小澤をつぶしにかかった首謀者が、当時N響のトップだった吉田だと知り、自分の耳も捨てたものではない、と思ったりしたのでした。

小澤征爾は、決して、愛される性格ではない、と思います。決して妥協せず、妥協しない、頑固一徹。それで、N響のみならず、シカゴでも、つぶされかかりました。
あるとすれば、音楽と関係ない権力闘争のようなところを注意深く避け、ボスであったバーンスタインやカラヤンの権力のおこぼれにあずかるようなことをしない、という、ある種の、危険を避ける嗅覚のようなものは感じます。

【2376078】 投稿者: 地域、時代   (ID:55Tl/2qKCws)
投稿日時:2012年 01月 07日 10:13

「こいつは見どころがある」と第一人者に思わせるものってなんでしょうね?

動機様

深くて、興味ある話題ですね。
私も謎です。

【2376086】 投稿者: 判断   (ID:2LJ8aPfFy9Q)
投稿日時:2012年 01月 07日 10:19

>例年そこそこ勝ち上がっていたのではないですか?
そうでないと、兵庫県代表なんてなれないでしょう。


サッカーのほかのスポーツも考えれば、毎年、
そこそこ勝ち上がって全国大会目前で敗退という学校は多数あるでしょう。
では、そういった学校はみんなお遊びの部活だったのでしょうか。


今までなかなか全国大会まで進めなかった市西宮が今期ベスト8入りしたのはなぜでしょう。
私は、学業と部活を両立して全国大会まで行けるような「能力、才能」のある部員がいたからだと思いますよ。
能力、才能があっても、部活での成績を残す前に学業に専念したケースが多いのかもしれません。
こういっては失礼ですが、今回はレアケースなのかもしれません。
そういう意味では、東大野球部の例と全く同じです。
でなければ、今までも、これからも、難関進学校でありながら全国大会にも進めるという
視点さんが思うような真の文武両道の学校であり続けるでしょう。
でもその可能性はわかりません。


難関進学校であるほど部活との両立は難しくなります。
ある公立トップ校の保護者会で、先生から「うちは部活や行事に打ち込む生徒が多いが、
打ち込み過ぎて留年した生徒もいるので気を付けてください」といったお話があったそうです。
そこの保護者の方は内情を知っているので、「笑い話とは取れなかった」と言っていました。
何度か書きましたがその高校では、東大、医学部など志望がある場合は、部活や行事をそこそこにしたり
途中退部という選択をする生徒もいます。
最後まで部活に打ち込みたい生徒は、進学先はそのときの自分の学力に合わせることになります。
視点さんの言うような真の文武両道の生徒がどれくらいいるのかはわかりません。
私立の難関進学校でも同じような両立の葛藤はあると思います。
ですから、どういう学校生活を送るか、学業と部活、行事とのバランスをどういう割合にしていくのかは、
公立、私立の問題でなく、極めて個人的な問題だと認識しています。

【2376096】 投稿者: 公立一貫は良いことだ   (ID:soBuRf5lchs)
投稿日時:2012年 01月 07日 10:29

企業人さま


>バーンスタインは、作曲ベースの人で、まぎれもない大天才だけれど、オーケストラをコントロールする能力が高かったとは思えない、彼の時代のニューヨークフィルの演奏は、ものすごいヴィヴィッドですばらしいけれど、音色的には、ちょっと荒れた感じがすることもある。
バーンスタインは、自分にできないことをやってくれる右腕として、副指揮者の小澤を高く買っていたのだろうと推測しています。
カラヤンは、バーンスタインとは逆に、ウィーンやベルリンで、自分のサウンドをつくることにこだわった人です。カラヤンは、指揮者としての志向性に自分と同質のものを感じ、文化的なバックグラウンドやオーケストラコントロールの手法が自分とまったく異なることを感じ、ひっくるめて、小澤の天才を認めたのだろうと思います。


上記引用部分まさに、私もずっと感じていたことです。小澤さんの弦の歌わせ方は、カラヤンの影響をかなり受けていると思います
ex.ミューズの神を率いるアポロ、浄められた夜、チャイコフスキー弦楽セレナード、マーラー№9、4楽章など・・・
まあ弟子なので当然といえば当然なのでしょうが・・・


>カラヤンは、指揮者としての志向性に自分と同質のものを感じ、
上記正に同意です。


バーンスタインの演奏は個人的には感心しないことも多いのですが、ニューヨーク時代のマーラー№3の終楽章を聞いた時の感動
(中学生でした勿論レコードです)は今でも忘れられません。私が思うにある意味バーンスタインはマーラーを超えているとさえ
感じることが有ります。
完全に横でした。失礼いたしました。

【2376106】 投稿者: 地域、時代   (ID:55Tl/2qKCws)
投稿日時:2012年 01月 07日 10:35

小澤征爾は、決して、愛される性格ではない、と思います。決して妥協せず、妥協しない、頑固一徹。

企業人様

そこが、大御所達から愛される部分なんじゃないですか?などと思ってしまうのですが。

私が言う「愛らしさ」というものは、単に上に可愛がられるような平凡なものとは少し違うんです。
この前少し書いたように、私が今、うちの事務所で一番のお気に入りの若造も、非常に痛烈に私にモノを言ってきます。
彼本人には「偉そうな口を叩くのは10年早い。」とたしなめているのですが、彼の言う事は納得する部分も多く、また正直に自分の思った事を一生懸命伝えてくるので非常に信頼感もある。
私も自分の分野では「鬼の~」って評されてますし(笑)。

新しい才能を認め、引っ張り上げる側の「余裕」「度量の大きさ」→(フラットに才能を見抜ける人)
も、この事には大きな関係性があるように思います。

【2376125】 投稿者: シルバースプーン   (ID:pf.gjWKRss2)
投稿日時:2012年 01月 07日 10:48

>「こいつは見どころがある」と第一人者に思わせるものってなんでしょうね?

自分にないものを持っている者、を待ち望んでいるんじゃないでしょうか、
第一人者の方たちって。
そうでなければ、その分野の進化はないから。

「誰かオレを超えてくれ」って言ったのは、
確か、マイケル・ジョーダンでした。

【2376132】 投稿者: 通りすがりの企業人   (ID:SLERzJxdEWo)
投稿日時:2012年 01月 07日 11:00

地域、時代さま

まさにおっしゃる通りですね。一般の人に愛される性格ではない、という意味ととらえてくだされば。

度量の大きさは、少なくとも日本のクラシック音楽界には、全くありませんでした。

小澤征爾は、事実上、日本から追放されてしまいました。
戦前~戦後にかけて、20世紀を代表する大作曲家だったプロコフィエフ、ロシアンピア二ズムを体現する大ピアニストのレオニード クロイツァー、レオ シロタが、日本に、長期滞在しました。
学んだのは園田高弘さんだけ。日本の音楽界は、こういう人よりも、田●宏とか、井●基●とか、こういう人に比較したらピアノを弾けないに等しい人を大家としてあがめたてまつったのです。

そして、ヨーロッパで成功しかかった才能、原日出子、田中希世子などは、評論家の大御所、吉田秀和や野村光一が、結託してつぶしにかかり、これも日本から追い出しました。
日本で帰国リサイタルをやるにあたり、挨拶が無かった(少なからぬ金品を持って演奏会に招待しなかった)ことに腹を立てたらしいです。

内田光子さんが成功したのは、日本で教育を受けず、日本を拠点にしなかったから。

日本社会の縮図のような気がします。

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