充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
未来さん
>私もな~んだ日本の民主主義って民主主義と違うなんて
>他国の人から言われたことがあるように
>日本の私学は、本当の私学じゃないという理屈に素直に
>納得して現在もそうなんだけれど。
私だってそうですよ。
息子がもし某受験私学に入ることになったとしたら・・・
その学校への私学助成は反対です・・その見解に変わりはありません。
しかし、これはその学校法人が決めることなんですよね・・保護者が決めることではない。
どうせ寄付金を払わなければならないわけだから、
それを正規の授業料として払って、私学助成を止めてもらう方が、よほど気持ちがいいです。
>視点さんや、無常感さんのお子さんが
>私学に入学して
>その良さを思いっきり堪能している姿をみて
>価値観が変わり
価値観は変わりませんよ・・ただ、愚息の価値観は分かりません。
以下、雑感です。
人は自分の置かれた環境と条件の中で、将来の夢や展望を思い描いて、様々な選択をし続ける。
勉強/(又は)人付き合いが得意/苦手そして好き/嫌いな子供な子供、地方/都会の裕福/質素な家庭に生まれた子供、・・・、環境や条件は、千差万別なのだから、自分にとって、身近に手に入る/努力して手の届く可能性を選択する。考えや可能性の高い選択は人によって違うのは当然である。
だから、視点さんのスポーツ信仰も、私立中高に通学し学業優先するのも、子供にとってそれが適性なら何ら問題はない。視点さんの意見はご自身の願望であって、集合論的なロジックとしては全く成立しないのは明らかで、適性さんはその点を具体例をあげて反論し続けている。ただし、視点さんの話は、ロジックとしては名成り立たないが、願望に基づく可能性を求めての選択であり、確かに先例(=チャンピオン・データ)と可能性はあるという点で「限定的に成立する道」である。ただし、その選択は、条件も明確でなく実社会で成功するには可能性の低い道であり、一般化してそれこそが良い道だと協調のは無理筋だし、他の道の悪い面を強調しダメだと主張することに反論が集まる。それがこのスレでの一つの構図でもある。
スポーツに打ち込みむ道にも、勉学に打ち込む道にも、それによって成功する展望と可能性がある半面、当然、悪い側面に陥りうまくいかない可能性もある。それを各人が選んでいる。どの道も、数多の上手く行く事例と共に失敗例もある。それだけのことである。
環境と条件から、選択肢のもつ可能性と成否の分布を検証し、選択した道の中でより子供が納得して良い成果を得るようにうまく軌道を示すのが、親の役目だろう、と思う。可能性と道は人それぞれ。無常感さんのお子さんの選択も、親としての見方も、その線上というこいうことで宜しいのではないでしょうか。
>視点さんや、無常感さんのお子さんが
>私学に入学して
>その良さを思いっきり堪能している姿をみて
>価値観が変わり
私は社会での活躍で評価する結果主義だから、私立進学校出身者がどんどん活躍すれば、当然評価しますよ。
でも、大学合格で燃え尽きたり、東大に受かってまだ東大模試受けたり、「お前らとは格が違う」といって駅員殴ったり、官僚になったてインサイダーで稼いだりといったのを見ると、評価しようがないですよね。
無常感さん
> 受験の結果(どこの大学に合格)ではなく、その経過に子どもの「成長の種」があるのに、大人(親)が介入して、その経過で、お金を払って有利に事を進める(塾、私学)というマインドで構わないのか?
難しいですよね。マインドって言われると。
今なら50歳以上の方々がメインでしょうか。その頃の公立は、親がそんなに介入しなくても、学力面は学校に任せてても良かった時代がありました。それほどお金をかけなくても東大や京大に行けた幸せな時代ですね。東大合格者ランキングも圧倒的に公立が強かったですよね。
ところが特に公立中学の教育劣化が著しくなり、また力量のない先生が増殖したおかげで、学校にお任せすることが難しくなってきました。これは必然的に親が介入せざるを得ない状況になったのかと思います。
ですから、公立の教育劣化と私立の受験過熱化はセットでシステムになっていますから、私立受験組に対してお金を払って事を有利に進めているというマインドで構わないの?と言われてもピンと来ないのが現実ではないでしょうか?
また、成長の種はプロセスの中にあるという主旨は理解できましたが、それが親の介入であっても子供の成長に問題はないと考えています。それは銀行内においても、そうして入行してきた新卒者が今では立派に活躍している姿を見てそう思う次第です。
弱点さん
>助成金についてもそうですが、私学の公への依存、自分で考えることのない依存、
要は、依存が問題と思われていると受け止めていました。
受験私学が悪とは受け止めていないのです。そんなこと言われてたっけ?でした。
ただ、健忘症かもしれないし、ややこしそうなので、スルーしました。すみません。
まさに、おっしゃるとおりです。
私は、私学を否定しているわけではいません。
受験私学であっても、塾の性格としての値打ちはあるのでしょう・・それはそれで結構です。
しかし、そもそも、日本にきちんとした私学があるのか・・そういう疑問があるわけですね。
福澤諭吉の「学問のすすめ」に書いているとおり、「官に頼る私学」なんておかしいわけで、
だから、私学助成制度に反対しているわけです。
私的には、寄付金なんてヘンテコリンなことはせずに、
私学助成など止めて、正規の授業料で請求せよ・・と思います。
>無常感さんのお答えで、まだ大丈夫かとホッとしました。
受け止め方を別にしても、親の思いと子の思いは別。別人格。
齟齬だ、ズルだと言われること自体がわからなかったので。
もともと子どもは親の所有物的な傲慢な考えは大嫌いですので、
無常感さんはえらいなー、お子さんも頼もしいなーとしか思いませんでした。
親は親、子は子ですよ・・違う人格・・私はそう思っています。
そこがあいまいだと、「学校の教育」談義もいいけど「家庭の教育」はどうなのでしょうか。
金をチラつかせて子どもから決定権を奪ったら、私は子どもの教育上マズイと思います。
採用担当さん
>その頃の公立は、親がそんなに介入しなくても、学力面は学校に任せてても良かった時代がありました。それほどお金をかけなくても東大や京大に行けた幸せな時代ですね。東大合格者ランキングも圧倒的に公立が強かったですよね。
>ところが特に公立中学の教育劣化が著しくなり、また力量のない先生が増殖したおかげで、学校にお任せすることが難しくなってきました。これは必然的に親が介入せざるを得ない状況になったのかと思います。
>ですから、公立の教育劣化と私立の受験過熱化はセットでシステムになっていますから、私立受験組に対してお金を払って事を有利に進めているというマインドで構わないの?と言われてもピンと来ないのが現実ではないでしょうか?
当時の経験、実感が無いでしょうから分からないと思いますが、
例外もあるものの、公立中学・高校はもともと受験対策などほとんどしなかったのですよ。
公立高校の世界では学校の授業を聞いているだけで、東大・京大に行ける時代などありませんでした。
じゃあ、どうだったかというと、個人的な気概ですよ・・そういう生徒が自然に集まる公立高校が
進学校をよばれた。それだけのことなんですね。
だから、公立の教育劣化なんて無いのですよ・・もともと何も無いわけだから。
大事なのはそういった個人個人の気概(マインド)であって、
公立の時代はそれが東大、京大のクオリティを支えていた・・で、いまは・・どうですか? ということです。
>また、成長の種はプロセスの中にあるという主旨は理解できましたが、それが親の介入であっても子供の成長に問題はないと考えています。それは銀行内においても、そうして入行してきた新卒者が今では立派に活躍している姿を見てそう思う次第です。
私も銀行の採用担当でしたが、東大、京大出身者に関して、
新卒者は人材が、明らかに小粒になっていますよ・・個人的な見解ですけど。
>例外もあるものの、公立中学・高校はもともと受験対策などほとんどしなかったのですよ。
>公立高校の世界では学校の授業を聞いているだけで、東大・京大に行ける時代などありませんでした。
>じゃあ、どうだったかというと、個人的な気概ですよ・・そういう生徒が自然に集まる公立高校が
>進学校をよばれた。それだけのことなんですね。
>だから、公立の教育劣化なんて無いのですよ・・もともと何も無いわけだから。
>大事なのはそういった個人個人の気概(マインド)であって、公立の時代はそれが東大、京大のクオリティを支えていた・・で、いまは・・どうですか? ということです。
なるほど。
塾通いしたあげく私立中学だけでも不安で、合格と同時に鉄緑に走るなどというマインドとは対極。






























