充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
無常感さん
無常感さんの私学助成への考えについては、理解しております。
引用します。
【2281886】 投稿者: 無常感(ID:bmVKzSbHExE)投稿日時:11年 10月 01日 21:34
管理者通知をする 未来さん
>私学助成金は、どういう経緯でそうのような形になったのでしょうね。
>私学助成にもきっかけがあったと思います。
以前、クラーク博士の当時の言動を理解するために・・・
>いま現在での立ち位置から「もともとあったもの」という前提で、物事を見ても分からない。
>それが生成された時代に、意識をさかのぼらせて考える必要がある・・
>こういうのを「知の考古学」などといいます。
・・などと書きましたが「私学助成」も同じなんですね・・その時代に思いを馳せないと理解できない。
きっかけは昭和40年代の学生運動なんですね。
学費値上げ反対!・・などと学生が息巻いていた時代で、私学経営への危機感が高まった。
その結果出来たのが、昭和51年施行の私立学校振興助成法です。
ところで、当時は東大合格者数で灘高校が日比谷高校を抜きトップ(昭和44年)となり、
社会に衝撃を与えた時代・・・受験中高一貫私学など、まだまだ一般化していなかった。
つまり、当時は、私学助成の対象として、東大、京大に合格者を何十名も出す私立高校など
あまり想定・・ほとんど視野には入っていなかったわけですね。
実質的に高校全入という社会的コンセンスがあるなかで、公立では供給力が足りない分を、
行政が公立高校と同等とスペックを認めた私立高校でその不足を補う・・
そして、そういった私立高校に経済的支援を行う根拠があったということです。
そういった観点で、私学助成を合憲とした下級審判決、それを支持する「多数説」の論旨において、
憲法第26条「ひとしく教育を受ける権利」を下地にしているのは、たしかに妥当だと思います。
・・ところが、その後に、受験中高一貫私学が急成長してきたわけですね。
いまや、東大、京大合格者数上位10校の8~9割は、私学の名前となっています。
「ひとしく教育を受ける権利」・・国民の教育の「機会均等」という観点で、
受験中高一貫私学 の私学助成に関する要件チェックは?・・・多分、ノー・チェックなんでしょうね。
それはおかしくないのか?・・それが私の疑問です。
>国から助成されている時点で
>それが、私学と呼べるのか不思議です。
そうなんですよね・・私も不思議なんですね。
福澤諭吉が『学問のすすめ』で説いたように、官に頼らない・・それが本当の「私学」だと思います。
====引用おわり====
もうひとつ、引用します。
====引用はじめ====
【2244782】私学への助成金は国公立学校に回すべき
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Comment投稿者: juniorhighschoolstudent(ID:HPqMd6N.N/U)投稿日時:11年 08月 23日 20:51
管理者通知をする 地元の公立中学が荒れているから私立中学に行く人って
(私学の助成金が公立中学に回って)地元の公立中学が正常になれば
中学受験はしないですよね?
それにお金がなくて授業料が払えなくて(国公立)大学に行けない人がいる中で
小学校から塾漬けにできる裕福な家庭が東大京大及び医学科合格
という個人的欲望を果たすために子供を入学させる私立中学に助成金を与えるのは
・・・いいんでしょうか?
そもそも私学が税金を使っていること自体が(世界から見れば)おかしいわけで
私学助成金は廃止してその分のお金を国公立学校やもっと他のことに回すべきだと私は思いますが皆さんはどう思いますか?
====引用おわり====
私は、後半の文章も、別スレを立てて議論を開始したときの、無常感さんの文章だと思っていました。(Noなら、まったくの私の思いすごしです)
前の文章と後の文章と、記号論理的に記述すれば、なにも主張はかわっていません。しかし、後の文章にある、【小学校から塾漬けにできる】【個人的欲望を果たすため】という表現に、私は、ひっかかるわけです。
論理的には、公立で個人的欲望を果たしてはいけないと書いていないし、「それじゃ、公的助成が使われる公立では個人的欲望を果たす教育は行われていないの」という質問は成立しないことは承知していますが、それでも、そう伺いたくなる。私の感じる語感です。
これが、関西板の文章なので、無常感さんが関西の方だと思った人も居たのかも知れません。
無常感さん、
>私も銀行の採用担当でしたが、東大、京大出身者に関して、
>新卒者は人材が、明らかに小粒になっていますよ・・個人的な見解ですけど。
これも雑感です。
うちの職場にも毎年何名か東大理系院卒の新入社員が入っていますが、私の感じ方はこうです。
プロ野球と同じで、私が子供のころは投手でも30勝を挙げるエースというのがいたし、バッターもONのようなスターを筆頭に豪傑がいた。要はまだら模様のコントラストが強かった。それが、例年少しずつ勝つための手法や管理方法が研究され、今ではピッチャーは20勝も稀になり打者も平準化してきた。実力が落ちて小粒になっているのではなく、広く手法が良く知れることになって、結果、平準化しているのです。私が会社の寮生の頃、寮生で3種類のビールをコップに注ぎ、その3択の銘柄を眼隠しで当てる、というちょっとした遊びをしました。キリン・ラガー、アサヒ・スーパードライ、サッポロ・生ビールのたった3種類です。日々の見慣れて、味の違いは明確と誰もが信じていたのに、・・・、結果は、「何~、ほとんど同じ味じゃないか!と、全部当てた者は、無作為洗濯の確率にも及ばず。今ではある程度知れていますが、その時、我々はラベルで味の違いを強く認識していると知りました。つい最近、ソムリエによるワイン品評でも同じように違いを認識できなかったという記事もありました。つまり、社会の熟成に伴い平準化してきた。そして、年と共に東大卒の昔ほどラベル程の違いを感じなくなった。別に東大卒業生が増えているわけではなく、むしろ大卒のすそ野が広がり東大卒の割合は小さくなっているのです。私が会社に入った頃と最近の東大卒新入社員の一番の違いは、女性が増えてきたという点です。
企業人さん
>私は、後半の文章も、別スレを立てて議論を開始したときの、無常感さんの文章だと思っていました。(Noなら、まったくの私の思いすごしです)
後半の文章は、他人ですよ。
私をマネしてコピーしたつもりらしいけど、
よく読めば分かりますが、文章が雑です。
例えば・・
>私学への助成金は国公立学校に回すべき
・・ヘンな文章ですよね。
「私学助成金の財源を、国公立学校の運営費に振り充てるべき」などと書くのでしょう。
同期の、麻布出身の40年来の親友は、いまだに、麻布は休憩して遊んで東洋英和の女学生を口説くためのところで勉強は駿台の現役クラスでやるべき、と言い、ご子息にもそう教育しています。
麻布と公立は違うかも知れないけれど、そういう考え方があるのはうなずけます。
私は、国立の出身で、麻布とさえ比較にならないくらい、受験指導はありませんでした。あるのは、先生の趣味の授業だけ。受験にはまったく何の役にも立たなかった、というのが、おおかたの卒業生の感想です。
しかし、私の感覚はちょっと違って、少なくとも高校三年の夏くらいまで、有限群論の輪講やったり、平安貴族の日記を東大史料編纂所から取り寄せて読んだり、音楽の授業でオーケストラつきでモーツアルトのミサ曲を歌ったり、偏微分方程式バリバリの電磁気学をやったり、というのは、きわめて有効だったし、もしかしたら、先取り学習をやって受験参考書漬けになるよりも、入試にも、有効だったのではないかと思っているのです。
筑駒は、今でも、多少雰囲気が違うけれど、こういう教育のはず。慶應の某附属がそっくりなのに驚きました。
都立高校はわかりませんが、だから、とても、高校教育が「無」とは思えないのです。指導者の力量で、えらく違う。
もうひとつは、非常に現実的な話ですが、例年の東大合格者数からみて、クラスで何人くらい受かり、何人くらい現役で受かるか、誰が受かるか、予測できるんですね。私のクラスの場合、他大学医学部など除いて、現役10人、浪人あわせると20人、という予測を、みんなで立てました。で、クラスの中の位置から見て、どのくらい手を抜けるか考えて、まあ大丈夫だろうと。
東大あぶない奴も、あっけらかんとしていて、おれ、土木志望だし、大学にのこったりしないから、早稲田志望にするわ、そうだな、早稲田はゼネコンでは東大より強いぜ、なんていう会話をしていました。
どのくらいの学力が必要かまったくわからず、まわりに支持されずに孤独に国立を狙っていた中学時代とえらい違いでした。
高校三年の11月までオーケストラのパートリーダーやって、毎日後輩を音楽室でしごいていたし。
無常感さま
誤解、失礼しました。時期的には、後半の文章のほうが前ですので、本スレでも、無常感さんが別スレの主張をなさったのかと考えておりました。
以下、私も雑感です。
私も、技術系の採用担当を長く経験し、最後の2年は、技術系採用の全体統括でした。今は、自分の部隊の新人以外に影響力はありませんが。
私自身、ろくでもない博士課程修了学生だったので、ひろってもらえただけラッキー、という思いは、今も引きずっています。それで、若い人に甘くなるのかも知れませんが。
今も昔も、東大の理系では、トップの人材は、先生が囲い込んで、自分の後継者にしたり、植民地にしている地方の大学に押し込んだりしています。(どういう軸でトップか、実はよくわからないのですが)
しかし、昔ほど、大学に残る魅力がなくなったことで、かえって、企業側に、優秀な人材が流れてきているように感じています。30年前は、28で講師、30で助教授、40で教授がほぼ約束され、今は、35までポスドク、40まで助教、その後、非常に運がよければ准教授になれるかも知れない。
博士課程ですでに、学会を驚かせる発見をしていて、国際会議からの招待講演がこなしきれない、というような人は、さすがに企業に出てきませんが。。。。
それは、上位層の話で、おおむね、下半分は、いただけないですね。これは、20年以上前に採用の課長をやったときの感覚と、あまり変わっていません。
上位の人は、ジェントルマンが増えたかも知れないけれど、今も優秀です。
変化したとすれば、ものごとの本質を深く突っ込むよりも、華やかな世界を求める人が増えた感じはします。材料研究よりサービス企画、という感じでしょうか。どうも、3K志望(国際、広報、企画)の学生は苦手なのですが、そういう人に、非常に力がある人が多くなってきたような感じがします。
考えてみれば、30年前より、同年代の人口は半減し、東大の定員はほとんどかわっていない(大学院は増えている)ので、平均値で見たときに、人材の質が上がるはずがないんです。
その割には、健闘しているような気がします。
サロン的スレに乱入致します。
私立中高に通わせている親も多額の納税をしていますので、公立中高の親と同じく、私学助成金という形で恩恵を受けてもいいのにね、と個人的に思います。国立大の学費がここまで値上がりしたのには、影で何か意図がありそうです。
閑話休題
これも、大阪市内の電車内での話。2chで話題になっています。
去年、クリスマスデートに向かう途中の研修医の女性が、京阪電車内で心肺停止の男性(71歳ぐらいの高齢者)を心肺蘇生して助けて、デートに遅刻したそうです。
この女医さんの卵、私立中高から関西医大出身です。
こちら的には、中高大とたっぷりお金をかけられたということで叩かれそうですが、記事を読む限り、爽やかな体育会系の美人さん。もう、申し分ないです。
線路を横断して駅員さんを殴って「格が違う」と暴言を吐いたT大男も大阪市内の地下鉄での出来事でしたが。
私立中高で医大も私立でも、スポイルされずにこんな素敵な人材が育つんですよね。
>同期の、麻布出身の40年来の親友は、いまだに、麻布は休憩して遊んで東洋英和の女学生を口説くためのところで勉強は駿台の現役クラスでやるべき、と言い、ご子息にもそう教育しています。
震災で経済的理由から大学進学をあきらめる人もたくさんいるのに、こういう連中には嫌悪感を覚えるね。
あくまで個人的な感覚だけど。






























