充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
このお父さんの考え方は中学受験家庭では当たり前なんですか? それともどこか引っかかりますか?
適性さん、シルバースプーンさん、地域、時代さんいかがですか?
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動機様
前に一度この話、動機様としましたよね?
我が家は3校の願書を出願して、2校で終了、と。
我が家は「00中ありき」の受験でしたので、最初から最後まで偏差値が超えようが下がろうが、どう変動しようと、「00中に合格する」事が3年間の目的でした。
状況的には「父母の母校へ我が子を」のご家庭と一緒です。(この層はよぽどの偏差値の乖離がない限り、ブレません)
息子がね、学校の友達のお兄ちゃんに憧れたんです。
学校一足の速いリレーの花形、見た目よしのお兄ちゃんがその学校に行ったのです。
で、、、息子が言いだした、なので終始一貫「00中」。
なので、「00中に入学するための受験」でしたし、私は他所のお宅の事は??です。
塾の先生にも私と主人の大学名をきっぱり言って、「我が家は夫婦ともども親と同じ出身大学に行って欲しい程度しか思っていない。なので、好きなようにさせてくれ。」とはっきり言いました。
険悪なムードが流れましたけどね(笑)
併願を組む時に、塾の先生と若干揉めましたので、一般的な併願も組んでいないので、うちもそういった意味で変わった親子だったと思いますので、他所の様の事は「知りません」です。
>しかし・・・・・公立一貫が台頭すればこういう風景も様変わりするかもしれません。 公立一貫駄目なら公立中からトップ高へという選択が主流になりそうな予感が・・・・・・・・。
公立一貫は安価でいい教育を受けられるのなら、一つの可能性としてがんばってほしいと思います。
でも、校風、教育方針は、動機さんや視点さんが問題にしている受験私学
(私の感覚から言うと、中堅私立で大学受験に特化しているところ)と似通っていますよね。
エデュの公立一貫板を見ると、部活は中学と高校とは別であまり盛んでないところもあるようですし、
母体の高校とは雰囲気が違うようです。
そこは、容認するんでしょうか。
公立一貫なら大学受験に特化していても、部活が盛んでなくてもいいということでしょうか?
それなら、受験私学もOKですよね。
いや…実は書いた後に去年地域、時代さんとこの話したな・・・・・・と思い出したんですよ。 最近動脈硬化が進んで繰り返しが多くなりました。
ちょっと関西板を読んでいて面白かったのが「灘の算数が易しくなった」とか「校長が国語?か英語出身の人に変わって難問算数をやめて違うタイプの生徒を欲しがっているのでは?」などという書き込みがあったことです。
それに対し「灘はやはり理系の突出した頭脳を集めるべき」なんて・・・・・議論していて面白い。
少し前にテレビで「最高頭脳チャンピオン?」という「高校生クイズ」の究極版があって現役東大医学部生、京大医学部生、高校生クイズチャンピオン、全国模試トップ、東大法学部トップ卒業弁護士、8か国語をマスターした東大理系博士などとともに数学オリンピック金メダルの人が出ていました。
どうもこの人が・・・・くだんの中学3年で東大理3模試A判定取った人らしい。確かに頭のいい人だと思いました。発想がちょっと他とは違う。
こんな子は企業人さんおっしゃるように飛び級して早く東大に入れてやればわざわざ模試など受ける必要もないですね。
学校制度が能力の発揮を妨げているなら・・・・・秋入学だけでなく東大入試は高校卒業資格なしに誰でも受けられるとしたらどうだろうか? 昔の司法試験のように。
学びの話
「学校ができることは限られているから、過度な期待をしない」ということは、友人と恩師の共通の意見です。わたしも同感です。私立でも公立でも、「東大に何人、一橋に何人」「進学指導の充実と称した補習づけ」というのは行き過ぎですね。母校の都立高校では予備校の先生が教えに来ているそうで、案外に受験受験と騒ぐ保護者が多いようです。(*) 我々の頃の都立高校はおおらかでした。予備校・塾に行くかどうかは個人の趣味でしたし、みな友人に刺激されて、そこそこの大学に進学していました。
思えば、クラスの7-8割が早慶国立以上という最終進学結果で東大+医学部も我がクラスは20~25%いましたから、考えて見ると、入学レベルに比べて帳尻があっていたと言うべきなのでしょう。クラスに勉強の面でも引っ張る人間がいるとクラスの進学実績も変わった強い印象があります。私のクラスは、2名くらい先生に厳しい質問をする生徒がいて、先生はぴりぴりでしていた様です。(卒業後に先生や旧友から聴いた話ですが) 一方、結束が悪いクラスは、意外に個人戦の大学受験もダメだったりします。30年して判る結果が明かなものだけに、大変に面白いことです。今よりも入試の競争が厳しかった時代なので、なおさら興味深いことです。マスプロ教育の可能性の根源的なヒントがあると思っています。
蛇足ですが、たかが大学受験程度のことならが、6-7割は才能とそれまで育った環境ではあるとしても、学校の影響も少しはある(20%位)のではないか、と思っています。この相場感も大事だろうと思います。今、高校で総合学習の授業企画をしていて、コマ数はわずかですが、そこにボランティアで150時間掛けています。カタに力を入れず、しかしとことん考え抜いたものを生徒さんに提供しようとしています。30名~40名くらいの同窓生が関与しています。・・マスプロ教育を、とことん実例で考えると実に奥行きがあり面白いです。
わたしは、企業で現役のサラリーマンしているので、この活動のために多忙になっていますが、若い世代(や母校)に貢献出来るならと旗を振って、実践をしています。今は、こどもに本読みを1時間することと、この総合学習の企画、それと自分のための1時間の読書が、わたしの主な課外活動です。ゴルフや別送に行く暇がありませんが、コンサートや落語に行く趣味があるので満足です。平凡ですが。
(*)だから放課後や土曜日に企画がしにくい。
しかし、、動機様はここで皆さんの意見を聞いて、それで前方向へ議論を広げてくれるけど、親父さんは、数年全く変わらないな。
ある意味あっぱれだけど、一部の子しかやらないスポーツと、全ての子供がやらなければいけない勉強(中学まではな)を同列に語る事出来るんか?っていつも私は思うんだけどね。
「地域、時代さんは適当な活動しかしない文化部しかない学校でエエと思うんですか??」
(面白い文化部や、全国レベルの文化部ってあるやん)
って、言われても「あんまり関係ないかも。。」って言うのと同じやん。(親父さんの主張の逆バージョンや)
自分がスポーツ好きやから、って、スポーツ中心で学校を比較したり批判する事って、スポーツに興味ない方達からしたら、本気で「どうでもエエ事」なんちゃう?
こんな意見もさん
お待ちしておりました。(未来さん、ありがとうございます)
いつかガツンと変えていただけるということで、楽しみにしています。
>あと、自分としての最後の書き込みの「許し」についての自分の答えは「救い」になりました。
お答えもいただき、ありがとうございます。
「許し」は許す側のことだと思いますが、
「救い」は許す側に対するものか許しを請う側に対するものか、
不出来な私は理解が…。申し訳ありません。
どうしたら人を許しことができるか、という話だったと思っていましたが、
もしかしたらそこすら違っていたのでしょうか…。
また、お暇なときにでも教えてください。






























