充実した教育環境の日大付属高校
私立中学の価値 2校め
既スレが調子悪いので、とりあえず立てておきました。
>私も、「才能×環境×努力」で決まると思っていますよ。
じゃあ、3回きかないと理解できなくても、低学年からスパルタ受験塾で鍛えたら学校Aにいけるじゃないですか(笑)。
1回聞いて理解できても、自学自習だったり、勉強が1年なら学校Aにいけませんよ。
>視点様は、私の考えと違うのですよね。
塾は商売だから、正しい方法ではなく、儲かる方法をとるわけですよ。
大学受験でいえば、儲かる方法とは、理Ⅲに合格する生徒は他の学部なんて行かせずに全員理Ⅲに、東大に合格する生徒は、京大なんて受けさせずに、全員東大に送り込むのがベストなのです。
それが学校や塾にとっての経済合理性でしょう。
視点様
>じゃあ、3回きかないと理解できなくても、低学年からスパルタ受験塾で鍛えたら学校Aにいけるじゃないですか(笑)。
>1回聞いて理解できても、自学自習だったり、勉強が1年なら学校Aにいけませんよ。
一定の受験勉強した結果、「受験時」に、Aグループ、Bグループ、Cグループの「学力レベル」になったという例示です。
でも、高2の子がその大学受験塾の講習案内を聞きに行き、担当者と学習法の話をしている中でいわれました。
「・・・難関大学目指すのに、必ずしも通塾の必要はありません。
学校の勉強がしっかり身に付き自学が出来れば、それでも大丈夫です。」
そこの模試はずっと受けていて偏差値は80超を維持しているにも拘らずです。
私も子供とは別にあるテーマの説明会を聞きに行きましたが、通塾に関しては同じことを言われていました。
量的さん
うちの場合、中学受験でよい出会いはなかったのですが、
中学受験塾でも先生の熱意と仲間によって
モチベーションがアップして満足のゆく塾生活を送られた
お子さんのお話を聞きました。
量的さんのめぐりあいの先生のお話
本当の出会いだなと印象に残っています。
本当に教えるということに熱心な先生だと
子供もやる気が増して教科が面白くなるようです。
そういう塾の先生は、寝る暇も惜しんで
工夫されていると聞いています。
実際とっても寝不足な顔をされていて
生徒が心配になるくらい。
私は、こういう方が学校の先生になって欲しいなと
思います。(公立学校の)
いい先生との出会い
よき仲間との出会いは、
ものすごくよい相乗効果をもたらすもの
なのですね。
ですので、私学の価値はそこにあり
また、その塾が価値のあるところなら
先生とよき仲間がいるところではないかなと思います。
もちろん本人のやる気が第一前提です。
塾の先生の雑談というのは、
法律に縛られていない(公教育の場でないから)
リアル社会の情報元ともなっているようです。
これは、中学以降の塾だからかもしれないですね。
もちろん、離陸さんのように
親子で説明会に参加されて
必要ないと言われたり子供さんが塾に興味のない場合など
論外だと思います☆
自学できるタイプの子だと塾というより
特待生で、自習室を利用しているっていうことみたいですし☆
まったく流れとも主題とも関係ない雑談(その2)です。興味の無いかたはどうかスルーしてください。
量的様、適性様
地域、時代様
その他、コメントをくださった皆様
ドビュッシーと浮世絵に関するコメントありがとうございました。
ヨーロッパの人が日本の音楽を聴いてインスパイアされ、自分の音楽に取り入れたとして、それが、日本的なものそのものになるはずはなく、それはよく理解しているつもりです。
プロコフィエフについては、1918年に来日し、そのときに耳にした越後獅子が印象に残ったらしく、ピアノ協奏曲第三番の3楽章には、かなり生々しい引用が見られます。彼がどのように越後獅子をとらえたか、手を取るようにわかります。
ドビュッシーは、まったくそういう形跡が考えられない。当時のジャポニズムをダシにしただけではないか、と考えていたところです。
実は、映像2集を軸に、ドビュッシーの小品を何曲か弾いて、彼の機能和声からの決別を主軸に、東洋や日本の影響を副軸に、ショートトークもやろうか、と考えていたところでしたが、コメントたいへん参考になりました。初期のメロディアスな作品と、後期、たとえばエチュードを加えると、それなりに面白くなるのではないかと(ちゃんと弾ければ、ですけれど(汗))
ドビュッシーの全音音階(ホールトーン)は、ジャワの音楽を聴いて思いついた、と言われていますが、彼自身の動機としては、機能和声と決別して新境地を開くための手段、という色彩が強かったのではないかと考えています。映像2集の1曲目に、実験的と思われるほど、ホールトーンが多用されています。
なお、5音音階(ペンタトニック)については、全世界のいろいろなところにオリジンがあるらしいですが、東洋、ことに中国や日本の旋法(私は音階と韻律と旋法がどのように違うかもよくわかっていませんが)が有名で、ヨーロッパでは、東洋趣味で使われることも多かったようです。
信頼感さまの、日仏の類似の話、目から鱗でした。ショパンをはじめ、フォーレにしても、ドビュッシーにしても、ラヴェルにしても、日本からもっとも距離のある音楽のような気もしていましたので。
地域、時代さまの浮世絵に関する慧眼には恐れ入りました。露骨に言えば、浮世絵の半分は春絵だったかも知れず、たいへん納得できます。
そういった庶民の好みから生まれたものは、案外、芸術と近いのではないか、とも思います。
クラシック音楽は、20世紀の前半に遊離して、今の衰退を招きました。
度重なる余談失礼しました。しかし、非常に参考になりました。






























