女子美の中高大連携授業
ボーダーで志望校選びに悩んでいます
志望する私立中学が2校ありますが、どちらを第一にするか悩んでいます。
一つはなんとかギリギリで入れるかもしれない学校。
もう一つはまず間違いなく入れるだろう学校。
塾の先生はレベルの高い学校にすべきだとお話されますが、なんとか頑張って入学できたとして、果たして子どもは幸せな6年間を過ごすことができるのだろうか…と考えてしまいます。
おだてて伸びるタイプの子なので、余裕を持って入った学校の方が幸せなのではないか…と。
埼玉なのでそろそろ志望校を決めないといけない頃なのに、揺れに揺れて悩んでいます。
東京生まれ東京育ちの40代ですが、私が中学受験の当時も
すでに櫻蔭は地味だけど立派な学校でしたよ。都立の滑り
止めだった豊島岡と並べるのはちょっと気の毒です。
中学高校と、とある個人の英語塾に通っていましたが、塾
に通っていた櫻蔭、雙葉、女子学院、それと白百合の友人
たちは明らかにそれぞれタイプが違っていました。校風の
違いって確かにありますよ。お子さんがどこのタイプか、
見極めることも大切なのでは?
結婚生活 さんへ:
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> えっ。校風って歴史・伝統と地方出身者差別のことだったんですか。?
ここまで読むと
これが正解なのでは?と思えてきますね。
気持ちはわかるんだけど、
でもね〜、知り合いのお子さんが「桜蔭」「豊島岡」などに行ってるって聞いたら、
素直に「すごいなあ、頭いいのね〜」と感心してしまいます。
かえって、「昔はね・・」っていう方には差別する人なんだって思えてしまって、引きますね。
「あんな偏差値が低い所によく行かせるわよね」と言うのも
「あんな伝統のないところによく行かせるわよね」と言うのも
同じように差別している考えなのではないかと思います。
偏差値も伝統も関係なく、ただただ子供に合った学校を見つけたいと思っていますが。
校風とはその学校の教育理念・経営方針が具体的に現れたものではないかと思います。
各校の創立の経緯はそれぞれでしょうが、創立者の掲げた教育理念に賛同した先生が集まり、理念に沿った方針を立て、施設設備を用意し、生徒を集めたのです。生徒は日々その空気の中で育つのですから、なにがしか影響があるはずで、なければ教育なんて意味がないと思います。先生方の志望動機はもっとシビアでしょうね。つまり、学校を形作っている一つ一つがその考え方を表していると私は捉えています。
しかし、理念や方針のうち実現できていない部分やより高めたい部分は常にある筈で、学校が変わっていくのはそのためだと思うのです。今の人気校で過去に大したことないと言われていたところは、学校にその意志と努力がなければ成されない結果でしょう。今世間でさほど注目されていない学校でもその部分に共鳴し、学校の勢いとともにわが子も成長してほしい、と感じるのも「校風に惹かれる」うちに入るのかなと私は思います。
以上が校風に関する考えで、以下はスレの本来のテーマについて。
ボーダー上に偏差値の高いところと低いところがある。低いほうは校風の良いところ。高いところの校風は言及なし。低いところに行かせて余裕を持たせるのと、高いところで頑張りに期待するのとどちらがいいか。…子供の考えにもよりますが、私は高い方に行ってもらいたいです。出会う友人に揉まれて欲しいと思うからです。
結局、校風と偏差値と言っても今のところ
男女御三家についての議論に終始しているようですね。
本当に昔は開成,桜蔭って御三家の中では地味、野暮で
(といってもここで叩かれているほどひどくもないですが)よく言えば
堅実というか、麻布あたりのお坊ちゃまには相手にしてもらえない
う〜ん女の子としたらどうなのかな〜、でもそんなあっさりして
いるところが居心地良かったりする学校だったんです。別にどうでも良かったし。
それがまあ,今の偏差値ときたら。
娘も理系にいきたいらしいからじゃあ桜蔭はって思ったって
大変で大変で。
もともと進学指導はあまりしていなかったので、(理系の科目はしっかり
教わりましたが)お利口な子がはいっても馬○になって出てくると言われて
いたとかいないとか、共通一次になって自分達の成績が相対的にわかり始めて
進学実績がどんどん良くなってきたようです。
校風そのまま偏差値落としてくれ〜と言いたい卒業生は多いかも。
結婚生活 さんへ:
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> 自分の感覚さん
> 一つだけ質問させてください。
> 行きたい学校の「行きたい」のは
> 「親が行かせたい」ですか
> それとも「まだ小学生の子供が行きたい」ですか?
> 結構重要なポイントだと思うので。
おはようございます。
ご質問を知らずに寝てしまって申し訳ありませんでした。
私はこの掲示板では基本的に『自分の考え』を書いています。
また子供の受験に関してはその家庭内部の葛藤までは関係ないので、『そのご家庭』が主体として受験校を決めると思っています。
ただ、うちは親の価値観を子どもが少なからず今のところ引き継いでいますので、
親が行かせたいというか、いい学校、好きな学校というのが子どもの好みと一致しています。
もちろん、子どもの心のすべては分かりませんから、
学校見学や説明会に誘って子どもが感じるものを大切にしています。
子どもの塾で、偏差値60前後のお子さんがはじめに決めている偏差値50前後の第1志望校を絶対変えてないとかで、
うちの子はそれに大変感銘を受けているようです。
逆にうちの子どもの第1志望はまだまだ努力を要する学校なので、
先生にやめろといわれてもがんばると言っています。
また、学校の友達、塾の友達、その他いろいろな場所で自分が出会う友達の中で、
どういう人が自分にとって合う友達なのかと言うことが少しずつ分かりかけているようで、
そういう目で学校見学でも見ているようです。
そして子どもがなんとなく気に入った学校が幾つかあります。
私も好きな学校です。
今はその学校たちに合格できるように努力を続けているところです。
入りたい学校が好きな要素に、そこの子どもたちの利発さという要素も確かにあるでしょう。それは感覚的に分かるものであって偏差値表で確かめるものではないと思っています。
入りたい学校がある人は、その学校の偏差値が下がったら喜びますが、
偏差値の高い学校を受けたいと思っている人(勝ち組の頂上をねらいたい人)はがっかりするのでしょうね。
その大きな価値観の違いがどうやら存在するようですね。
オーインだって偏差値もっと下がったら本当にその『校風』を愛する人が入れるようになるのにね。
でも『校風』は、そこいる生徒たち、そのご家庭も主体となって作られていくものなので、
偏差値トップ、進学実績トップというものが好きで集まってくる人の作る校風に徐々になっているということなのかもしれません。
それが悪いともいえませんし。
面接がある学校はまだそこで守りたいものは守れますからだいじょうぶかな。
わたしもデュラレックス様と同じ感じ方しております。
偏差値とは公平で明確な数値なのですが、
社会に出たらコネあり贔屓あり、特に女性は見目麗しさなどもかかわって
不公平この上ない世界です。人物評価で重要視されるのは人格だと思うのですが、
仕事というものが、個人の単体の能力のみでなされることは稀である以上、
子供の人格形成にも心を配りたいと思うのです。
人格というのは死ぬまでついてまわります。
子供の躾は親の務めではありますが、子供から大人になっていく過程では
学校で過ごす時間が大半を占め、子供は親より自分が選んだ人間と共に
成長していくのです。その中で自分がしたい仕事なり道なりを見つけて
くれたらと思います。自分自身が目指すものがあることが、
勉学への大きなパワーとなり、お仕着せの受験より根付いた強さがあるのでは
ないでしょうか。教師も子供も偏差値をあげるのにヤッキ状態の学校では
ちょっと不安です。そういった意味で校風は気になるところです。
このように校風にも気に掛けながらも学力を伸ばすのももちろん重要で、
受験に合否がある以上、高めていかなくてはならないでしょう。
偏差値ももちろん気になってきます。
個人単体の能力は、学力や筆記試験で測られるものだからです。
人格を気にすれども、それも学力・能力の土台があってでしょう。
偏差値か校風か、どっちも大事です。どっちかに決める必要もなく、
グレーな状態でいいのではないでしょうか。
東大を最高峰と例えるとして、
何が何でも東大に入りたいではなく、東大に入ってこれを極めたいを見つける
そんな成長をしてくれたらなぁ と願います。
かつては私学は、偏差値や大学進学実績よりも
校風重視で選ばれていたと思います。
また、親の出身校だからとか、親戚が通っているからなど
そういう理由で選ばれていたと思います。(結局、これも校風に結びついていると思いますが)
今はまず偏差値や大学進学実績ありきで
その上で同じようなレベルの中の学校から、校風を参考に選び出すという感じ。
30年くらい前は、麻布と開成ではまったく生徒の雰囲気が違っていましたが
最近は麻布も開成もあまり変わらなくなってきています。
女子校の場合は、まだ若干校風が残っていると思いますが
それでも女子学院と豊島岡の生徒がまるで違うかといえば
そんなことはないと思います。
かろうじて学校の雰囲気を残しているのは
小学校からの進学者が多いミッション系の女子校かな。
それでも中学以降はどこも同じ感じがします。
偏差値万能でなかった時代は公立高校にも歴然とした校風の違いがありました。
しかし、ご存知のように今は公立はどこも似たような学校になっています。
違うのは学力、内申書の点数だけ。
これの同じことが今の私学で起きていると思います。
私学も偏差値で輪切りにされていて、
校風はどこも似たような感じになりつつあると思います。
中学受験が大衆化したので致し方ないこととは思いますが
私学ファンとしてはさびしい気がします。




































