最終更新:

1386
Comment

【2339213】中学受験の副作用

投稿者: 問題提起   (ID:1pHT5OfLTaw) 投稿日時:2011年 11月 26日 15:06

何故中学受験組は「大学までの人」になってしまうのか?


米国の論文に掲載される化学現象を発見したのも、お受験私立ではなく、茨城の公立高校の数理科学同好会の生徒たち。


偏差値最高峰の東大理Ⅲからノーベル賞がでたことはないし、でる気配もない。
京大医学部を引っ張っているのは、高校生のときには京大医学部には届かなかったであろう、神戸大卒の山中先生。
医学の世界でのノーベル賞候補はiPS細胞の山中さんや公立高校出身の大阪大学医学部の教授。
東大模試でトップを切る偏差値最高峰軍団は、東大合格後どこに消えてしまうのか?
中学受験組は、大学入試では点がとれるのに、大学合格後鳴かず飛ばずになってしまうのは何故なのか?


仮説①:大学入試で結果がでるのは、フライング(小学校低学年からの勉強)とドーピング(鉄緑等の塾まみれ)によるもので、そもそも大した才能がなかった。
仮説②:小学生の時から点数でのみ評価されてきたため、点数がつかないことには興味を持てない人間に育ってしまった。
仮説③:小学生の時から勉強の目的が受験なので、東大合格とともに勉強する意味を失ってしまった。
仮説④:最初から答えがある問題を解く受け身の受験勉強に慣れてしまい、自分から関心のあるテーマを見つけ、研究するという自発的かつ積極的な学問ができなくなってしまった。
仮説⑤:小学校低学年からの点数や偏差値を目標とした塾通いで、未知に対する知的好奇心という、学者として(人として)大切なものを身につけることなく育ってしまった。
仮説⑥:小学校からの塾通いで、塾がなければ自分で勉強できない人間に育ってしまった。



参考ブログ「天才小学生たちはどこへ消えた?」
http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/51655722.html



中学受験にのめりこめば、本当に大事なものを失うかもしれない。
中学受験をされるにしても、お子さんが「大学までの人」「受験勉強だけの人」にならないよう、副作用には気をつけましょう。

返信する

管理者通知をする

マイブックマーク

「中学受験情報に戻る」

現在のページ: 8 / 174

  1. 【2340258】 投稿者: また同じ話?  (ID:a./btRVNsRY) 投稿日時:2011年 11月 27日 21:10

    >中学受験組=金持ち=幸せ=「大学までの人ではない」
    >なんていうトンチンカンな論理を中学受験組が考えているのなら、

    まあ、普通の感覚の人は間違ってもそうは考えないね。
    (一部にそんな人が存在するとは思う)

    中学受験組=「大学までの人」って断定してる人は確実に1人いるけどね。(笑)

    中学受験者が1学年で数万人いるのに、(全国だと10万人レベル?)
    それを一括りにして【中学受験組】として論理展開するのは不可能でしょ?
    全員が同じ思想とでも?

    まさに【稚拙な論理】だよね~。

    私は中学受験を肯定してるわけではなく、根拠も無く他人を中傷している人が嫌いなんだよね。

    仮に 公立出身者=大学迄の人 とか言う人が現れても同じ反論するけどね。

  2. 【2340290】 投稿者: 全知全能の神  (ID:YpbH4ULNpB.) 投稿日時:2011年 11月 27日 21:45

    能ベル賞はもらえないようなのでスレ主様の主張を読むことにする。


    >何故中学受験組は「大学までの人」になってしまうのか?

    スレ主様はそう思ったのですね?

    なぜかしらねぇ?



    >中学受験にのめりこめば、本当に大事なものを失うかもしれない。


    そうか。



    >副作用には気をつけましょう。


    了解。



    やっぱりノーベル賞くれないかしら?

  3. 【2340357】 投稿者: 稚拙な論理  (ID:EVrb/iYrBdE) 投稿日時:2011年 11月 27日 22:38

    >まあ、普通の感覚の人は間違ってもそうは考えないね。
     
     
    そう その普通の感覚でないのが【無理な論理】さん
    中学受験組=金持ち=幸せ=「大学までの人ではない」 ってなことを書き込んでるわけですよ。
     
     
    >仮に 公立出身者=大学迄の人 とか言う人が現れても同じ反論するけどね。
     

    その【無理な論理】さんが
    >私は、むしろ公立出身者の方が「大学までの人」になりやすいと思ってます。
     
     
    って書き込んでますが。。。。読めてない?

  4. 【2340460】 投稿者: ひとくくりにするのは無理がある  (ID:Vtpn2hi49Y.) 投稿日時:2011年 11月 28日 00:54

    私自身は公立派で、
    現にうちの子も、中受率の高い地域に住んでいますが、
    中受はせず、公立中学在籍。
    このまま公立高校を希望してます。
    が・・
    それにしても、スレ主さんの言う
    「中学受験の副作用」には賛同できませんねぇ~。
    それは、その子の持って生まれた能力によるだけで。


    ノーベル賞を引き合いに出してるけど、
    今、ノーベル賞を受賞してる人達の時代には、
    中受する人が少なかっただけで、
    それを、中受率が変った今と比べて語るのは
    無理があります。
    あと50年先には、状況、変るんじゃないですか?
    中受経験者が多くなる訳ですから。


    同様に、時々語られる、
    中受経験者が企業で使えない人間、みたいな論調も、
    違うと思いますね。
    昔から、使える人間と使えない人間の比率は
    そんなに変らないと思うんですよ。
    その比率は変らないけれど、中受経験者の比率は増えた。
    だから、中受経験者にそういう人が増えたように見える。
    それだけの話。
    更に言えば、一昔前と今では、
    高卒と大卒の比率も変わってますから。
    大卒なのに使えない的な話も、昔とは比べられない。


    いずれにしても、どの時代にあっても、
    学歴や成績が優秀な人間と、
    実際に成果を挙げる人間というのは、
    別物だと思います。
    高度成長期には、中卒でも、裸一貫から起業して、
    今では考えられない成果を挙げた人達っていうのも、
    存在した訳ですしね。


    でも、一つ言えるのは、
    昔とは求められるスキルが上がっているという事かな。
    昔、中卒で成功した人達が、
    今、同じように成功できるか?と言ったら、
    疑問符が付きますよね。
    時代が進めば、様々な分野で技術革新も進む。
    習得しなければいけないスキルの量は、昔とは比べ物にならないし、
    何より時代背景が違う。


    ノーベル賞とまでは言わないけど、研究に関して、
    自分の経験(理系出身、元開発職)から思うのは・・
    (もちろん、他にもいろいろあるかと思いますが、
    ここには私の経験から感じた事を書いてます)


    何事もセオリー通りに進め、
    それ以外をバッサリ切り捨てるようだと、
    新たな発見も発想も無い、という事かな。
    例えば、今回の高校生の発見も、
    金曜日に実験器具を放置して、カラオケに行ってしまったのですよね。
    月曜日に戻ってみたら、色が変っていて・・
    それが発見につながった。
    実験器具放置なんて、本来なら、論外。
    だから、セオリー通りに進める事を重視する人だったら、
    絶対にこんな事をしない。
    おわんクラゲでノーベル賞を取った下村さんも、確か、
    実験の廃液を流しに捨てたら、反応した。。のでしたよね。
    でも、よく考えたら、廃液って、場合によっては
    廃棄方法を厳しく規制されてたりもして、
    むやみに流しに捨ててはいけない、、場合もある。
    もしも、流しに捨てなかったら、この発見は無かった訳で。


    何が言いたいかというと・・
    手順通り、マニュアル通りから抜け出せない人には、
    その先の発見に出くわすチャンスもない。
    もちろん、マニュアル通り、手順どおりにやる事は
    必要な事なのですよ。
    まず、それを疎かにしてはいけない。
    でも、先人のやってきた事をただ再現するだけの実験から、
    もう一歩先に踏み出すには、
    セオリーに添っていない事が発生した時に、
    失敗、無駄、意味のない事とバッサリ切り捨てるのではなく、
    失敗にも目を向け、もう一歩考察してみる心の余裕を持つ事かなぁ。
    でも、この考察には、相応の知識が必要です。
    「きちんとした理論」を習得している事が大前提。
    そうでなきゃ、ただ、ハチャメチャな事をしてるだけ、、ですからね。


    工学系の研究であれば、
    常日頃から、自分中に様々な要求を持っている事かなぁ。
    こんな物があったら、いいのにな。
    あれが、ああなったらいいのにな。
    そんな要求を、できるだけ沢山持っていると、
    それの実現に向けて、普段から思考も回ってきます。
    自分の中に何の要求も持っていないと、
    あるプロジェクトを遂行するにあたっても、
    そういう思考(試行錯誤、創意工夫など)
    がなかなか回ってこないと思います。


    そんな事を思いながら、今、我が子を育てています。
    とりあえず、今の所は、工学系の要求は沢山ある子に育っているようです。


    まぁ、いずれにしろ、
    公立だろうと、私立だろうと、個人の資質による物でしょう。

  5. 【2340496】 投稿者: ??  (ID:EWJ2nRbZx.w) 投稿日時:2011年 11月 28日 03:21

    ひとくくりにするには無理がある様の「偶然の発見」についてのご意見を読んで思ったのですが、
    山中さん、ノーベル賞の白川さん、田中さん、ノーベル自身など、
    失敗から偶然に発見されたものが大発見になることがあるということ。
    小林さん、益川さんのクォークに関する予言にしても、その後、他所で証明されたため
    二人の論文が日の目を見ることになったけれど、もともとは評価されていなかった。
    まだ証明されなかったら、賞はなかったのかもしれないということ。
    独創的な発見には前の方が書いていたように、偶然や運の助けもあるということです。


    特にノーベル賞は、人類にとって創造的で新しい発見でないと評価されず、
    先に書いたように、推薦され目に留まるかどうかも係わってくるので、
    優れた研究者であるかどうかとはまた違う要因が必要になると思います。
    つまり、スレ主様が言うようにノーベル賞が取れないから優れた研究者でないとは言えないのです。
    公立、私立というスレ主様的考え方からいえば、当時~現在の人数比からいって
    公立出身者からもっと多くの受賞者、あるいは医学賞の受賞者が出てもおかしくないところです。
    しかし、そのようにきっちり測れるものではないということは、上記に書いた通りです。


    冷静に見れば、スレ主様がノーベル賞という権威を使って
    中学受験する人たちを揶揄していることがわかりますが、
    逆に、公立の実力を信じていないことからくる言動に見えます。
    足を引っ張るのではなく、それぞれにさらに上を目指せばいいのでは、と思います。

  6. 【2340507】 投稿者: 全知全能の神  (ID:YpbH4ULNpB.) 投稿日時:2011年 11月 28日 05:26

    イグノーベル賞なんてあるんですね。

    欲しくなりましたよ。

    あぁ、主旋律を維持するのは楽しい。

  7. 【2340523】 投稿者: 動機が大事だよね  (ID:T1mVXxGAVe6) 投稿日時:2011年 11月 28日 07:46

    昨日、「坂の上の雲」のアンコールをちょっと見ていたら面白い場面がありました。


    真之が好古に大学予備門を辞めて海軍に行くというところです。


    「なぜか?」と尋ねる兄に弟がこう答えます。

    「ワシは要領がよすぎるけん2流の学者にしかなれん。1流の学者になるための根気が足りん」


    秋山真之は試験の山を当てる名人で本質的なことを一気につかんでしまうタイプではあったようだが地味なことをしこしこやるのは苦手だったのかもしれません。


    「要領がよすぎるから学者にはなれない」というのはまさにこのスレのお題通りではありませんか。いかに受験を通るかを磨くテクニック。〇〇中学入試問題の過去問をトレーニングして一点でも多くとるための訓練を続ける。


    そういうことを小学生半ばから親や塾のリードで延々とやってきた生徒はまさに「要領よく大学に入った」のでしょうから・・・・・そもそも学者になる前提を欠いています。「受験は要領」の和田秀樹氏がまともな学者になれないのもむべなるかなでしょう。



    東大、京大が研究大学を目指すなら小手先の受験テクニックでは通用しない問題をもっと長い時間かけやらせるか、自力で考える力を判定する何か?を課すしかないのかもしれません。


    でも2次試験でも1万人にもなる受験者の採点となると従来のやり方に代わるものがあるか?・・・・・・・という現実的な問題がでてきます。

  8. 【2340592】 投稿者: ひとくくりにするのは無理がある  (ID:Vtpn2hi49Y.) 投稿日時:2011年 11月 28日 09:03

    「中学受験の副作用」というよりは
    「要領よく大学に入る事の副作用」
    と言った方が良いのかもしれませんよね。
    ただ、副作用なので、
    ちゃんと効力(大学合格)を発揮した後、
    それが出ない人もいる。
    私が、長々と書き連ねた事を集約すると、
    「無駄な事にも価値を見出せるかどうか」
    という事なんですよ。
    これは「仕分け」の対極にある、と思います。


    ただ、これも、
    社会全体の中でのバランスが重要だと思うのですよね。
    「仕分け人」という人も、社会には必要なんですよ。
    そうじゃなきゃ、企業も政府も破綻しますから。
    無駄な事をバッサリと切り捨てる性質の人は、
    そういう能力を「研究」とは違う分野で生かせばいい。
    だから、ノーベル賞の数がどうこうとか、
    どっちらが有能かとかいう論点で語るのも、無理がある。
    どちらも社会に必要な人達、なのですよ。


    適材適所で、それぞれの能力を生かせばいい。
    (程度の問題もありあますが)能力が無い人と見なされる人は、
    その人が今いるステージが、
    本来の能力を発揮できる場所ではない可能性がある。
    今は厳しい時代(仕事が無い)だから、
    これもひとくくりには語れませんが。


    でもね。
    日本企業が利益を優先して生産拠点を海外に移した。
    これは、結果、日本に「無能(に見える)な人間」を
    大量に生み出す結果になったように思うのですよね。
    昔なら、工場で生産ラインに立つ事で、
    能力を発揮し、生計を維持できた人達が、
    今は、そのステージを無くし、
    自分の能力とは違うステージで無能扱いされる。
    そういう人達が増えたのではないですか?
    タイの洪水で、被災した企業が、
    日本国内の工場に現地から熟練した労働者を連れてきた。
    企業経営上は、それは必要な事なのでしょう。
    が、個人的な心情としては、
    今、日本に職にあぶれている人達が沢山いるのだから、
    その人達を活用し、その人達が熟練の技術を習得するまで、
    待って欲しかったかなぁ。。
    日本が未曾有の危機に晒されてる今、
    短期的な効率優先、利益優先、納期優先から、
    少し方向転換し、
    長期的な展望で、日本国内の日本人の雇用の拡大を
    本気で考えていかないといけない時期にあると思うのです。


    あ、随分話、ズレましたね。

あわせてチェックしたい関連掲示板

学校を探す

条件を絞り込んで探す

種別

学校名で探す