アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
『個人的選択』は、それとして。
社会的には、教育の問題は「ある」わけで、そのシステムとして、どのようなものが、ベターなのか、また、改善可能なのか?という、議論はできるわけですし、それは、それとして、意味があります。
まさか、1人でも、私立に行かせると、公立の教育問題を語ってはいけないわけではないでしょう。
また、社会からの要請としての教育という意味もあります。
企業が求める人材や、大学が求める人材という、社会が求める人材という意味です。
これは、大きく言えば、国力の強化につながるわけでしょう。
そこに、個人の選択と、うまくリンクさせていくかは、課題になります。(課題ですが、当然強制ではないわけです。)
よく、社会の求める人材を、現在の私立からでは、作ることができないという主張があります。
(では、公立からは、作られているかどうかは、その発言からは、わかりません。)
私立に入ったら、「おわり」なら、議論の余地はありません。
私立で、「何を、どれくらい、するなら」効果がある。ということなら議論になるでしょう。
「知力・知識偏重」というのは、バランスとして、「他の能力が低すぎる」ことを意味します。
しかし・・
知力・知識が「いくら」あっても、ほんとは、いいわけです。
他の能力も、確保されれば・・・・さて、それを、どう確保するのか?
(時間の確保、体験の確保、思考の確保・・・)
それは、議論になるでしょう。
知力を「削れば」、他は増えるという発想は、どうなんでしょうかね~。意味はわかりますけど。
当然「社会から求められる人材」を、子供に、どう意識させるかで、その人の、個人的選択は、当然、変化する可能があります。
私立中学受験について
このスレに集っている人達は、それぞれ私学には価値があると思う人達なんでしょうね。
多分満足されている方が多いのでしょう私学には肯定的な意見の方が多いですよね、
私はそれで良いのだと思います、家族単位で満足ならそれ以上はいらないでしょう。
他人と比較する必要もないし個人の価値観で十分です。
お子さんの学校生活や受験時の話など、私的で楽しい話題が時々聞けるのが気に入っています。
私学と公立の比較もあまり意味がない、私学に行かそうが公立に行かそうが中受の時点でベスト
だと思う選択を親が自信を持ってすれば良いだけです。
子供は中受の結果如何を問わず、(中受をしない子も)結局自分の道を見つけていくものだと思
いますので。
■ 誰にとっても、受験は・・『個人的選択』ではないんですかね???。■
(個人的とは、関係ない他人が口出しするものではないという意味ですが・・)
『個人的選択』ではないという人はいるのでしょうかね?。
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適性様
全くもって同意です。
批判する側は、何か批判するものに大きな関心があるんですよ。
私は自分が興味のないものには全くもって関心がナイですから。
そして「批判」というものは、そこに必ず「個人が上手くっていない状況」というものが確実に存在すると私は日々感じる事が多いです。
自分の中でうまく回っている事に関して、人は余裕があるし、気にも留めなかったりもしますからね。
このスレに集っている人達は、それぞれ私学には価値があると思う人達なんでしょうね。
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公立一貫様
私は、我が母校へ→公立トップ校へ、が望みだったんです。
主人はスポーツ選手。が望みだったんです。
それを小学生のうちの子はぶち壊しました。悪い事ではないので、私は応援しましたが、主人はいまだ、、です。
それがうちの父と子の確執の大きな一因。
ですので、私は私学にも公立にも価値がある。という考え方です。
実際、私は地元に戻ってきていますので、高校時代の旧友達が、母校へ入れて嬉しそうにしている姿を羨ましく思っています。
でも、我が家はそうはならなかった。
それだけの事です。
私立、公立どちらにも価値がある。
と私は思います。
そして、その価値を見つけるのは「子の心」だと思いますよ。
地域、時代さん
少し聞いても良いですか?
> それを小学生のうちの子はぶち壊しました
この一文はお子さんが小学生の段階で、自分の判断で希望して中受を希望したように読めますが、
親からの導入は全くなかったのでしょうか、よろしければ教えてください。
我が家では、私が中受無関心派でしたので家内主導だったのですが、本人に大手塾の入塾試験を
受けさせても今一つ乗り気でなくぐずぐず入塾遅らせていたのですが、近所の友達が転塾したの
で、じゃ僕も行くという事になって5年の半ば位から入塾したのが真相です。
なんとなく、友達付合いの延長版みたいな感じでした、親の誘導はかなりあったと思います。
さて、本題に戻り、私立も公立も価値があるというのはその通りなんだと思います、ただどちらか
しか選べないのですから、子供が私学に向いているか公立が向いているのかを判断するのは親の
役割だと思っていますがどうでしょうか。
この一文はお子さんが小学生の段階で、自分の判断で希望して中受を希望したように読めますが、
親からの導入は全くなかったのでしょうか、よろしければ教えてください。
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公立一貫様
主人は元高校球児。
私は自分の学区に主人の転勤で運良く戻れたので(地域はちがいますが)、我が母校へ~でした。
そんな中、小学校で、仲よしのお友達のお兄ちゃんがうちの子が通っている中学へ入学したんです。
そのお兄ちゃんは運動会でもヒーローで、下の子達の面倒見も良い、うちの子にとっては憧れのお兄ちゃんだったんですね。
で、「お母さん!俺も00中に行きたい!」と、なりました。
学校で中学受験を知ったんですね。→その中学の存在を知った。
うちの主人と私は同じ大学ですが、主人はスポーツ推薦で入学していますので、本当に勉強が出来ません。
入社時、営業報告すらまともに書けない自分の基礎学力のなさに主人は愕然としいました。そんな主人に、私は漢字ドリルを「これ位はあなたの会社の人達は皆読める」と、手渡した位、学ぶ事に縁遠い人なんです。
ですので、中学受験は私よりも主人の方が非常に複雑な思いがあったと思います。
「勉強は頑張って欲しい」という思いと「スポーツ選手になって欲しい」のジレンマは大きかったと思います。
と、そんなこんなで特に反対する理由もなかったので、私もそこのお母さんと仲よしでしたので色々話を聞いていて「部活がさかん」という話を聞いたので、特に反対もしなかった。という感じです。
あと、ちょっとだけ通う予定の公立中に不満がありましたね。
うちの子の通うはずだった校区の学校は、勉強面や環境は素晴らしかったのですが「部活があってないようなもの」だったんです。
担当の先生が他の中学になれば、その部はなくなる可能性も大(実際、廃部になった部の話も聞きました)、そんな部活環境だったんですね。
この「地域の公立中の部活があってないようなもの」は、主人を説得するのに大いに役立ちましたし、私も「頑張れ!」と応援する引き金になりました。
と、こんな感じです。































