アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
公立一貫様
スポーツの低年齢化は始まっていますね。
うちの息子も小学校にやっていた競技とは違う競技をやったので、最初は公立で(地域のクラブチーム)でその競技をやっている子達に追い付くのに必死でした。
中3ぐらいでやっと選抜のすごい子達と同レベルになった。って感じです。
それまでは身体能力だけで何とか、、って感じで、みている私も「なんだか~、スカッとしてないよな、うちの子」って感じで見ていました。
私の従兄弟で大学でスポーツを教えているのがいるんですね。
その従兄弟もスポーツの低年齢化を言っていましたね。
従兄弟曰く
競技によっては、小学校~中学校位までは体を大きくする方が良い種目もある。
成長期にガンガン一定のスポーツだけをやらせる事は、一方で体の成長を止めてしまうリスクも伴う。
ですので、うちの従兄弟は競技によっては小さい頃からやればやるほど良い競技はあるが→体の大きさが強く関係しない競技、サッカー、体操、フィギュアスケートなどなど。
しかし、体の大きさがモノをいう競技は→バレー、バスケ、野球、
などは、セレクション側も体格をすごく重視するので、まずは体を大きく成長させる事の方が大切だから、小さい頃にがっつり筋肉がつくほどやる必要はあまり感じない。
程ほどでエエんだよ。
と言っていた事を思い出しました。
最初は公立で(地域のクラブチーム)でその競技をやっている子達に追い付くのに必死でした。
↓
あかん、、また書いてる事がおかしい。。
最初は、その競技が活発な公立小の部活や地域のクラブチームで、継続的にその競技を一生懸命やっている他校の子供達に追い付く事に必死でした。
です。
「俺、、あかんやん~」と、へこむ息子に。
「当たり前やろ!あの子達が一生懸命練習している時に、あんたは鉛筆握ってたんや!今の段階で一緒に並ぼうとする方がド厚かましいんじゃ!」と私ははっぱかけておりました(笑)。
↑は、セレクションの中での子供の話です。
中学校の部活は、高学年時、ほとんどが鉛筆握っていた子供達ですし、ほぼ全員が初心者でした。
そんな子供達も、顧問の先生の熱心な指導と先輩達の指導のもと、そこそこ強いチームになっていくんです。
本当に顧問の先生には感謝、感謝です。
最近、勉強やスポーツに限らず、習い事的なことも含め低年齢化が進んでいるように思います。
きょうテレビを見ていて、キッズモデルの話をしていたのですが、平均8歳だそうで将来プロ
を目指すのでしょう、立ち振る舞いも立派なものでした。
またダンスなんかも力を入れるご家庭が増えてきたように思います。
芸術関係は昔より早期英才教育は珍しくなかったのですが、最近はあらゆる分野でも裾野が広
がっている傾向を感じます。
> 競技によっては、小学校~中学校位までは体を大きくする方が良い種目もある。
なるほど、ひとつ思う事は、例えば野球を例にとると、現在はリトル→シニア→高校1年よりレギュラー
というコースを目指すタイプが増えてるのだろうと思います。
中学で野球を始め、軟式野球→高校で初めて硬式野球というコースは今後どうなんだろう?
体が十分出来上がっていない時期より、硬式一本だと肩などを壊す確率が高くなるのではないかと
素人考えで思ってしまいます。
アメリカでは軟式は無いので小さいころより硬式ですが、他のスポーツも幅広く経験させるようで
体の成長におけるバランスを重視しているように思えます。
野球と陸上とアメフトのレギュラーなんて子も珍しくないように伺っています。
またスポーツのシーズンもメリハリが有りますよね、年がら年中同じスポーツという事もないようです。
今後の課題として早期教育の有効性を取り入れつつ体の成長に合わせたバランスの良い対応も
部活では考えて行くべきなんだろうと思うわけです。
>>地域、時代さん。
公立中学で!
帰宅部が認められる学校は!
荒れて居ない!?
良い学校!!!
生徒を部活漬にしなくても?
学業的に?
教室に医場所がある証拠なんだよ~~~!!!
強制部活の公立中は!
荒れていた?いる?
公立中学で!
あいさつ運動???
なんとかソーラン?
人権教育?いじめ改善?
行かせない方が無難な学校!
-------------------此処から別の話題ーーーーーーーーー
エリートアスリートとして!
潰さない様に健全育成するのなら!!!
例外的競技以外なら!!!
骨端線が閉じるまでは!!!
基礎的体力と体づくり!!!
そして体性感覚と身体コントロールの高速化の為の小脳のシナプス形成!!!
特定競技のテクニック重視は!
若年者がやり過ぎると!!!
障害を作る可能性すらあるよ~~~!!!
企業人様、
おはようございます。p.337では,ご意見ありがとうございます。遅レスですみません。
下記にいただいたご意見については、いろいろ思うところがあります。・・具体的に見ますと、大都市圏の公立学校・私立学校の枠組み・あり方とは、その様々な保護者からの声、マスコミ、そして教育行政の考え方の結果で、地域の公立の中学校・高校の教育は、その地域の公立に通わせている保護者の考え方や、行政の考え方を最も色濃く反映していると思います。あえて言えば、バランスが取れているとも言える状態です。
ここで、(1)行政から見れば、自由に教育するというのは、例えば、宗教教育を突出させて教えたり、日本において当然知っておいて欲しい日本の文化や過去の歴史を知る教育などが適切になされなかったり、等は避けたいことから、自ずと“制限”がありますし、ベースラインとなるマスのための教育ということで、コストがかけられない面もあります。中学までは、「最小限これだけは」というモノになるし高校では、わかりやすく、大学や専門学校への進学や就職、特殊なキャリアにも配慮などの希望に対応したものになっていると思います。(2)保護者は、わかりやすく、進学実績をまず優先度の一番に考えて、他に将来、役立つものや人間的な成長を望んでいると思います。(わたしは、それはそれで当然で、わかりやすい考え方と思っています。)その意味で、硬直性があるとしても、それはそれで、現状では、やむを得ない選択とも思えます。
しかし、一方で、現実のビジネスや学問の先端で、「今のグローバルな人材「競争」では、日本の人材ではなかなか難しい」と、企業人さんやわたしが、もし、強く言うとすれば、具体策を考えないといけませんでしょうね。それは、明確な数字は言えないとしても、わかっていることは、少なくとも0.2%以下の方々の生徒の話であり、注意する必要があります。これらの小数者を、国が丸抱えで教育することは、共産主義・社会主義の旧東ドイツ・旧ソ連などの国ではある程度可能だったと思われますが、今は、きっと無理でしょう。資本主義の国家で、そのような才能による極端な不平等が、可能かと言えば、せいぜい、奨学金やコストの補助くらいになると思います。
むしろ、今の公立はご不満もありましょうが、評価して良いのではないでしょうか。保護者が変わらなければ公立は変わらないということもあるし、先生に極端な自己犠牲を強いるのは酷だし、民意の反映からして、当然の状態だろうと、むしろ思います。一方で、余計な教育を時間かけてしないということを先に論じたほうが良いと思います。出来る子ほど「ゆとり教育」で短時間にしてあげれば、良い師に巡り会えなくても、自分で主体的に学ぶことができることは、「次善策」で、大事なことでしょうし、別枠で高度の教育を、手当することもできます。
対策として、公立中学・高校では、優秀な人へのケアとしては、どういうやり方が良いのかといえば、手探りですが、
(1) わたしの地域の中学でやっていたような、「科学センター」に選抜&希望で選んで参加させる
(2) とびきり出来る子には、上の学年の少し広い選択肢から、自由にメニューを作る権利を与える。
などがあると思います。最後に”量的なイメージ”ですが、東京の公立では、企業人さんの言われる資質の生徒は100-300名くらいのマスでしょうから、各々、特定学問分野の切り口のある話に興味を抱く人がこの数字の1/10として、1クラスの講座を開講すれば事足ります。(きっとこの数字でも多めに見積もり過ぎていて、私の感覚だと、きっと応募者はひとつの講座について数人-10人でありましょう)・・・わたしが黒子でやっているセミナーはもっと「普通」の生徒を扱っています。それはそれで、マスプロ教育に結局、挑戦しているということになりますが、良い教育を練り上げるのはコンテンツばかりではなく、提示の仕方も含めて、手数はかかりコストもかかります。また、見過ごされやすいですが、様々な生徒のあり方へ向き合うことや学校という仕組みを相手にすることは、戦略的・戦術的思考も極めて必要です。まずは、ボランティアでの展開だろうと考えています。
最後に、言及された進学の人数の話ですが、多少、やりすぎには思いますが、むしろ、わかりやすい目標ならば、残しても良いとわたしは思います。(もちろん、本末転倒な数字の目標であることは認めた上でですが) というのも、所詮、学校や教育委員会の掲げる合格者数値目標は、小手先では決してクリアされるものではないので、実害はないと言って良いと思います。個人教区ではなく、マスプロ教育でやっていることの限界は大きいもので、教育を工夫したからと行っても、そんなに進学実績などは変わるものではないと思います。(わたしはセミナーでは、その部分に、「動機付け」という手段で、根本から挑戦をしているつもりなのですが) むしろ、マスとしての入学者のレベルと、クラスの雰囲気(=友達からの影響)に、影響の大きさで負けるのが、つぶさに見た学校教育の、進学への影響性の中身、と思っています。
【2648787】P.337
>
現在、日本の、ある層については、学習指導要領の縛りが、マイナスに作用していると考えております。だから、トップ層が伸びない。入試問題がトリッキーと叩かれるが、指導要領の中でトップクラスの秀才を選別するためには、仕方ないところがある。 なによりも、いちばん知的に進歩すると思われる、15~18歳に、お上のお達しの範囲しか教えられない、というのが、痛いです。
まがりなりにも、早慶などの付属高校は、こういう縛りをかいくぐっています。筑駒や御三家の学生(中~上位)も、この範囲では満足しない、だから、学校側も、自然と、高度な講義をやることになります。
しかし、公立は、厳格に指導要領に縛られ、教師は、生徒の国公立大学進学実績で細かくポイント査定される、何か間違っているように思います。
私の原体験から、教育や学問にまったく価値を見出さないコミュニティ、保護者、学生は、ある比率で、必ず存在します。そういう人をどうするか、は、社会学的には問題なのは理解しますが、私はそれ以上の興味ありません。虚しいから。前に、非常に激しい非難にさらされたけれど、今でも、そういうコミュニティとは断絶して生きていきたいと考えています。
#たとえば、医師や弁護士で、患者やクライアントにいろいろな人が居る、ということと、そういうコミュニティの中に自分や子供を置く、ということは、まったく異なることです。
一方で、あるマスで外国と技術で戦える人を生み出すためには、それを支える裾野が必要で、教育も必要だし、トップの人も、それを支える人も、きっちり処遇するシステムも必要です。これが、どの程度の人数比なのか、ちょっと見当がつかずに居ます。
あひゃ~さん
> 特定競技のテクニック重視は!
> 若年者がやり過ぎると!!!
> 障害を作る可能性すらあるよ~~~!!!
バランスよく体を鍛えるとの趣旨なら賛成です
オリンピックの水泳や体操、フィギュアスケートなど10代でピークを
迎える選手が多数いる競技とは別に、プロ系のスポーツ
サッカー、野球、バスケット、バレー、アメフト・・・
は最近選手の寿命が延びてきている印象が有ります、いわゆる科学的
トレーニングにより体のメンテナンスが進んできているからと思っている
のですがどうでしょう。































