アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
地域・時代さん、
企業人さんは、下記のところは、わたしが書かなかったところについてですが、企業人さんはきっと地域・時代さんの状況をリアルにイメージして書かれているとのだろうと感じました。
・・マネジメントの問題だとすれば、それが地域時代さんなのか、支社の上の方、が責任を負うべき問題なのか、がちょっと今までの経過でよくわかりませんでした。(あるいは、上司はわざと曖昧にしている?)
仕事にまつわる状況・心情の問題とは別に、これまでの議論にもどって、そこがちょっとだけ気になりました。
企業人さんのコメントは、ポイントのようにも思われました。
<企業人さんWrote>
地域、時代さん
仕事上の難しい状況、お察しいたします。 率直に申し上げて、社長や経営陣の仕事を、押し付けられているのかな、という気もしないではないです。 業界の慣行がわからないので、的外れかも知れませんが、私の感覚では、人事権を持つ人の仕事ではないかと思うのです。 地域、時代さんが、社員の採用や配置や昇進や給与決定の権限と責任をお持ちなら、それは地域、時代さんの仕事ですが、いままで伺ったいろいろなお話から、もう少しフリーランスに近い、しかし、仕事では頼られる存在、という、リーダーなのか、と思っていましたので。
■量的さん
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実践的には、例え、重厚長大の製造業でも、オペレーショナルな部分と、クリエイティブな部分がある、と認識をして、そこで、業務におけるそれらの量的な比率を認識する。目標を見定めて、それに対して、きめ細かい仕事の回る仕組みを考えて、具体的な成果を考え、そこから、やるべきことを紡いでいく、そして、各人の役割を自分で認識してもらう、あるいは、若手社員の育成(教育)を考える、となるのは筋道に思われます。
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これは、その通りだと思います。
>・・私の勤める会社はとても大きな会社なので、Have to カルチャーが90%です。
そういう意味では、当然、その比率にあった・・・企業文化となる。
苫米地氏は・・
Have to カルチャー を、「抑圧的、管理的」文化という意味で使っていると思いますので・・・それでは個人の能力が発揮できない、個人の成長が遅いということでしょう。
たとえ、オペレーショナルな部分であっても、仕事の精度、効率化を上げる、そして、やる気?を上げなどなどには、constructiveカルチャーを、導入すべきという発想なのだと感じています。
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そこで、『constructiveカルチャーが業績的にも、優位であって お互いのエフィカシー(自分の能力に対する自己評価)を上げあう企業カルチャーを目指すべき』というとすれば、実現性が極めて低い、と思われます。普遍化に失敗している表現にも感じてなりません。どう思われますか?
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>実現性が極めて低い・・
>普遍化に失敗している表現・・・
現在、上手くバランスの取れた組織は、それなりに、導入されているのではないでしょうか?(onstructiveカルチャーが内包されている)
そこに、この思考を、「全面的」に導入すべき・・・とはならないと思っています。
管理的部分を、強める局面は、当然、あるでしょうし・・・
量的様
説明不足で申し訳ありません。
>徹底した物理世界で、具体的な成果が出せることです。その様々なものをくくって「価値」と表現したもので、鍵カッコがついている理由は、具体的な成果物だからです。
「抽象度を高くした表現」も具体的成果物=「価値」に含まれると述べたつもりでした。抽象度の高い表現とは、「高度な情報」によって作られた成果物じゃないかと・・・。クルマで云えば原材料である鉄に人類の知恵という情報を組み合わせることで、単なる鉄がクルマになりました。鉄の価値が情報によって上がったことになりませんか?(苫米地氏は多分このような意図で述べられていると思います)
鉄は、have toカルチャーで作り出せますが、クルマという抽象度の高い成果物を抑圧的、管理的カルチャーの中で生みだせるものでしょうか?
Have toカルチャー(抑圧、管理)は既出のモノに適応できるでしょう。では、抑圧、管理された人が、対象の未だない独創的なモノを相手にする場合どうしましょう・・・。constructiveカルチャーからしか生みだされないのではないでしょうか?
製造業等では、確かにhave toカルチャーから価値の創出を一定量見込めると思います。合理的手法によって。ただ、合理的手法は、想像がつくし伝統的だったりもします。(もちろん、私の知らない複雑で高度なオペレーションによる価値の創出もあるのでしょうが・・・)
原材料をより安価に入手するような価値の創出ではなく、「人の思考(情報)が加わることによる付加価値の創出」という意味で抽象度の高い意識=「価値」じゃないかな・・・って。それを量的様の仰る「物理的価値」だと思ったもので・・・。
抽象度の高い意識は、多大な無駄や遊び心の中から僅かに見いだせるものかもしれません。その価値は、時に無限であるかのごとく人々を魅了します。
追伸
先日、キャンプで娘と同じグループだったお嬢さんの制作したアプリが、アプリ甲子園(昨日)で優勝しました。ちょっとしたサプライズでした。おめでとう!
Have toカルチャー(抑圧、管理)は既出のモノに適応できるでしょう。では、抑圧、管理された人が、対象の未だない独創的なモノを相手にする場合どうしましょう・・・。constructiveカルチャーからしか生みだされないのではないでしょうか?
↑
信頼感様がおっしゃるこの言葉、すごく良く理解出来ます。
私の様な職業は、服装から何まで、一切の管理はありませんしね。
抽象度の高い意識は、多大な無駄や遊び心の中から僅かに見いだせるものかもしれません。その価値は、時に無限であるかのごとく人々を魅了します。
↑
だと思います。
前に、テレビで「文化人というのは、暇があるから文化人」と天野さんが名言を語ってらっしゃいましたが、表現者、クリエイターというものは、遊ぶ時間をたっぷりと与えられます。
私なんかは、忙しい~と言っても、単発で集中的にやれねばいけない管理業務や、若手の表現に対して「あーだこうだ」口出すために忙しい時期が集中するのであって、今も、キャリアのお母さんと比べれば暇は膨大にあります。
その、会社で仕事を作り出しているのではありませんので。
表現者であった昔も時期によっては、一か月まるっぽ仕事をしない。みたいな生活をしてきています。
「この時期、旅行に行きたい。だから、仕事を休みます」(逆に、この時期は忙しいから、一切遊べないと覚悟する)
ですので、映画好きの私のDVDを見る頻度なんかは半端ないですよ。(半分仕事だけど)
外仕事ではない限り、テレビは見ずに、映画ばっかり見ています。
ゴロゴロ寝転んで、お菓子食べながら。
これ、、企業の方達にすれば(うちの主人)、「3色昼寝付きのゴロゴロ奥さん」です。
しかし、それが「私の表現の何かになる」ので、これも、私にとっては仕事の一つ。
と、、「遊ぶ事、暇を堪能する事」(もちろん、ここにブレない自分の強烈な芸術的職業意識が働いているのですが)が私には非常に大切。
ですので、私は「独りの時間が寂しい」と、思った事がありません。
一人の時こそ、やりたい事が山積みで、ワクワクしてきます。
>しかし、それが「私の表現の何かになる」ので、これも、私にとっては仕事の一つ。と、、「遊ぶ事、暇を堪能する事」(もちろん、ここにブレない自分の強烈な芸術的職業意識が働いているのですが)が私には非常に大切。(地域、時代様)
コレが出来るからプレーヤーとして一線でやってこれたのでしょうね。サラッと仰るが、仕事が細るとブレちゃうんですよ。だから、時代様はスゴイと思います。
プレーヤータイプの職業は、Have to、constructiveカルチャーどちらも微妙に相いれない部分を持っているような・・・。ちょっと例外扱いかも。
雑談ですが、「繰り下がりのある引き算の10未返却事件」ってご存知ですか?
こんな大変な事件があったなんて知りませんでした。(笑)
http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E7%B9%B0%E3%82%8A%E4%B8%8B%E3%81%8C%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E5%BC%95%E3%81%8D%E7%AE%97%E3%81%AE10%E6%9C%AA%E8%BF%94%E5%8D%B4%E4%BA%8B%E4%BB%B6
適性様なら更に秀逸なお話・・・聞けそうですね。
勝手に期待してます。
信頼感様
プレーヤータイプの職業は、Have to、constructiveカルチャーどちらも微妙に相いれない部分を持っているような
↑
ああ~、そうなのかもしれません。
「借りてくるからあかんのね!もらってくるのね!!」と(笑)
すごく面白い記事です!
子供が帰ってきたら、見せまーす♪
■信頼感さん
>雑談ですが、「繰り下がりのある引き算の10未返却事件」ってご存知
>ですか?こんな大変な事件があったなんて知りませんでした。(笑)
しりませんでした・・・
>適性様なら更に秀逸なお話・・・聞けそうですね。
>勝手に期待してます。
ええ~・・・
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1984年10月12日、大阪の小学校で1年生の担任である女性教諭が、担任する学級で繰り下がりのある引き算『15-8』の解法を教えていた。このとき、担任は「5から8を引くことはできないので、10の位から10を借りてくる」と教え、そのように計算を行った。このとき、10は借りてきたものであるから、当然10の位へ返還する義務が生じるのだが、担任は10を返却しなかった。このことを1人の男子児童が指摘したが、教諭はこれを黙殺した。
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この事件を追う、記者が、その担任を直撃取材・・・
記者: 先生!・・
10の位の返還義務を果たさないないなんて許されませんよ。
先生: それ・・勘違いやで・・・私が、借りたわけじゃないんやで。
私には、義務はないんや。
わからへんのか?記者さん・・あんた、子供おらんのか?
記者: います。
先生: おんのか?よー聞きや・・
1の位は『子供』で、 10の位は、『親』や・・わかるか?
記者: は・・い?
先生: あんたの子供が、借金した・・子供に金では足りない。
子供の借金は、親が立て替えとく・・・あたりまえやろ。
子供が、親に、10借りたんや。
親が子供に・・すぐに、義務や、義務や言うて・・
借金の取立てみたいことできるんか?
冷たいんちゃうか?自分。愛がないんか?
記者: ・・・でも・・
先生: なら、取り立てたら、ええやないか。すぐに・・
記者: べつに、すぐには・・・
先生: そうや、こどもが10になり、100になったらええこっちゃ。
せこいこと、いうなや、じぶん。
記者: そうだったんですか・・。では、こどもが、100になったら?
先生: そりゃ・・倍返しやな(笑)
記者: 先生・・計算が・・・
先生: 記者さん・・利息をしらんのか?
記者: いや・・・知ってますが・・
先生: 社会勉強も必要やで~。































