アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
みなさま、フォローをありがとうございます。
えっと、下心、ですが、遺伝さんが言われるような生存本能、は、残念ながら、ほとんど見られないです。20歳前後の男女が集まりながら、新橋ガード下のサラリーマン酒場みたいな雰囲気で、ビール飲みながら冠動脈手術なんかについて喧々諤々やって、そのままお開き。
この前、うちでやった後は、もう少しなんとかならんか、と娘に言いました。
医学部の人脈は、平均的には、所属する医局や専門のつながりと、体育会のつながりが強いんですよね。その、どちらの軸にも属さない情報は、自分で取りにいかないと、なかなかはいってこないわけです。そこで、他大学の、専門も所属する部も違う者同士のつながりは、なにかのときに、将来役立つだろう、とは、私も思います。私が下心と書いたのは、そういう意味です。
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話はかわりますが。。。。
私は、身長も体力も筋力も劣るんですけれどね。。。。
どうしたものでしょうね、地域、地代さん。
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その前に、娘のバレエについてもコメントを頂戴しておりましたが。。。。
とても、バレエとピアノが両立するとは思えません。多少齧るくらいならともかく、アマチュアであれ、少し真面目にやろうとすると、両者とも、非常に時間がかかります。それに、娘は、悲しいかな、音楽には、まったく向きませんでした。
体育会の妻の子ですから。
>日本人だと、アニマル浜口さんも大好きです。マジで。
松岡修造さんは、性格が好きなんです。
ケビン・スペイシーはまあ分かるとしてアニマル浜口と松岡修造さんですか?
熱くて燃える体育会系ですね。「京子、京子」と絶叫するあのお父さんの父子鷹ぶりにはかないません。
すると燃える男の長嶋茂雄はいかがですか? おっと地域、時代さんは大阪だから江夏かな? 野球少年の間では天覧試合の長嶋のホームラン(本当はファウル?)が語り草になっています。
私の青春時代の憧れは以前も書きましたがナタリー・ウッドですね。「草原の輝き」の可憐さが忘れられません。ウエストサイド・ストーリーのマリアもよかったけれど「草原の輝き」のときの瞳には魅入られました。
オス、メスの話をすると硬派を気取っていた高校のころは女性に関心ある気配すら見せませんでしたが・・・・・・その後横顔の美しい赤毛の髪が腰ぐらいまでの長さの女性に一目ぼれしました。
一生懸命ダンスをしてメスの気を引くオス鳥のごとく数年奮闘しましたが・・・・・・彼女は「結婚が決まった」といって遠くに行ってしまいました。
寄ってくる男を・・・・ちぎっては投げちぎっては投げ・・・ある時は下宿まで押し掛ける男を大家(伯母さん)に追い払ってもらい・・・・・電話で泣かせた男は数知れず・・・・・・・・・・・・。
彼女など女性として欠くべからざる「モテモテフェロモン」を存分に発していたのでしょう。天性のものか谷崎を読み込んだのか?
女性の鏡というべき方でした。
> とても、バレエとピアノが両立するとは思えません。多少齧るくらいならともかく、
アマチュアであれ、少し真面目にやろうとすると、両者とも、非常に時間がかかります。
それに、娘は、悲しいかな、音楽には、まったく向きませんでした。
そうでしたか、失礼なお話を投稿してしまいました。
企業人さんのお子さんなら父親主導でピアノもさせていたのではないかと思っておりました。
ピント外れの投稿だったことお許しください。
う~ん、動機さんの話が面白すぎる件
動機青年やるではないか!
私なんか、大学一年時、合唱団に私より大分後に入ってきた
見るからに田舎っぽい女性にただなんとなく惹かれて・・・
由来、過ぎてみれば早くも30数年一緒に過ごした年月があるのみです。
今でも公立一貫青年であります。
私は、サトウタケル君から、ほのかなオスの匂いを感じます…(異端?)
ニシジマヒデトシさんとかからは強烈に匂ってきます。
通りすがりの企業人さん
大丈夫ですよ、声がありますよ。
以前ケビン・コスナ―の声がセクシーだと思って、目を瞑って映画を観ていました(聴いていました?)
適性さん
高校受験が大事だと思っている件についてですが。
そう思っているのは私だけで、子どもはお構いなしに中高一貫校で楽しく過ごしています。
中高一貫校の一つのメリットは6年を分断されずに過ごせることですし。
そのデメリットもありますけど。
結局、物事は「両義図形」なんだと思うんで。
その年齢は、体と心の成長が一気に加速する時期で、自我と他者との境界に悩む時期です。
家族も他者に入ります。
そして、自分の人生について自分自身で考え始める入口の年齢でもあります。
義務教育が終わり、自分の進路を自分で選択、勝ち取っていかねばなりません。
それは就職でも、専門学校でも、普通高校でもその他でも同じです。
13歳のハローワークという本があります。なぜ、13歳なのか?
「極端な言い方をすれば」10歳では早く、15歳では遅いということです。
単なる憧憬から出発し、もっと具体的に自分とはどんなものか?
職業というものを通して考えるキッカケになる本だろうと思います。
というような考えの下、高校受験は、先の人生を見据えながら(確固たるものである必要はありませんが)自分の意思で選択し、結果をしっかり受け止める経験として、自己実現の一歩として、大きな意味があると思っています。逆説的に言えば、高校受験に於いて(或いは就職についても)その自主性がない場合は大きな問題だと思います。家庭の経済的な問題で否応なしにという場合もあるけれど、そういった環境も含めて自主性だと思います。
中学校受験は、それとは少し意味合いが違うと考えています。
動機についてはちょっと書けませんでした。スミマセン。
動機について・・・
適性様の意見と同じなのですが・・・。
好きで始めたことが、職業になり、やり続ける上で苦悩した経験があります。
「本当はそれほど好きじゃなかったのか・・・」と自問した時期もあります。所謂、「動機が弱い」と感じた時期でした。動機が弱いのか適性が無かったのか、単なる逃避か・・・実は今もよくわかりません。
高校時代、寝食を忘れて没頭していた時期を思い返せば、間違いなく好きだったし、熱中できるものでした。その力動に対して、第三者から弱さを指摘されたとしても、その言葉が当時の私に響くことは無かったと思います。弱さを指摘する者は、弱さを経験された方・・・失敗、挫折を知る者だと思います。その真意知るには、失敗や挫折を少なからず経験する必要があると感じています。順風満帆だった時期、大御所からの忠告にも全く聞く耳を持てなかったですし・・・。所謂「慢心」ですね・・・。
恰も、ゴールからスタート地点を眺めて、最近の若い者は・・・、受験○○はノーベル賞を・・・、という意見を拝見する度にご自身がスタートラインに立った時期を思い起こして欲しいなと感じておりました。
確かに動機は大切ですが、周囲と交わることでどんどん変質して行くものなのだろうと思います。だから、スタート地点で弱くても不純でも、当事者は気付けないし周囲は見守るしかないのでしょうね。(特に感情を扱う職業は、恋と同じで盲目になり易いのかも)
さて・・・娘が、私と同じ道を歩むと宣言したとしたら・・・
もちろん、「動機が弱過ぎる!!」と云うでしょうね。(笑)































