アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
■■ イタコのシーナ と おっさん ■■
■椎名■
おっさん、なんだ?まだおったんか?
まだ、おめーの子褒めなだめか??
■おっさん■
なあ、聞いてくれ。
一流の野球選手
一流のボクサー
一流のピアニスト
一流の芸術家
すばらしい価値がある。
一流の臨床医
一流の研究者
すばらしい価値がある。
一流の受験生
価値はありません。
・・な・・わかりやすいだろ?
だから・・偏差値高い学生に向かって「価値がない」って貶せるだろ。
■椎名■
「価値はありません」・・・って
おめーは、価値を『社会に出てからの結果』で判断するんだべ?。
学生は、偏差値高くても、低くても「判定不可能」だろ?。
だって、『社会にでてねーんだから』
でてねーのに、なんで、貶せるのか、おら、わからね~
「価値がありません」ではなく「価値をはかることはできません」だべ??
判定不可能なら「どんな」学生にたいしても「価値がない」と『貶す』のは、おかしいべ。
どこかに、判定不可能なのに、結果もだしてないけど「価値がある」って『褒められる学生』がいるのか??どこに、いるんだ??どこだ??
いるわけねーべ??社会に出てねーんだから。
おめ~は、すでに、一流に「なった」人を、褒めてんだからさ~。既に、現実化してるから、褒めてんだべ??
■おっさん■
いいんだよ。予想だよ、予想。予想して、貶してるの。
俺はな、偏差値高いと・・社会に出てから・・「価値なんてつくれない」蓋然性が高いって言ってるんだ・・・。
■椎名■
予想??それは、結果では「ない」べ?
なんで、社会に出てから、『結果』を1人、1人、確認しねーんだ?
■おっさん■
めんどくさい・・・・
学生のうちに、貶したいからだよ。「価値を作れる可能性がない」ことを断定する方法でね。
ちょっとでも、結果だしてからだと、貶しずらいだろ?
■椎名■
そっか~。そっか~。「可能性」で貶すのか?ひでな~。
ところで、一流の××が、素晴らしい価値があるのは、わかるけど・・・・
おらみたいな、三流イタコには、価値がね~のか??なあ??
おめ~は、『きっと』一流だからいいけど・・・悪いこともせず、生きてる、一般市民は、三流だからな~。こまったな~
価値がね~なら・・・生きていけねな~。どうすんべか??
■おっさん■
いやいや、べつに、生きていてもいいんだよ。
でも、三流でOKにしたら、貶せなくなるだろ??
貶す範囲を、できるだけ広くするには、超一流『しか』価値を認めずに、あとは、批判の対象にする。
研究なら、ノーベル賞だ。
■椎名■
そりゃ、むちゃだ~。
おめーだって、とってねーべ、ノーベル賞。
■おっさん■
そりゃそうだ・・・
でも、俺は、東大理Ⅲじゃないからな・・・そんな義務はない。
■椎名■
なぜ、東大理Ⅲの学生は、ノーベル賞とらないと、価値を認めねーんだ??
たとえ、フツーの医者になったて、役に立つべ。
■おっさん■
ここで、登場するんだな・・・一流の受験生が・・
『一流の受験生』は、『超一流の結果』を出さないと「ぼろくそ言う」。当然だろ?
■椎名■
なんで当然なんだ??
『一流の受験生』は、社会では、「価値を生まない」という予想してるんだべ?。
なんも期待してないんだべ?。
その予想と「反対」の要求するのは、おかしいべ??
予想どおり、三流の結果で・・まあまあ、二流の結果だしたら、褒めたらいいべ??
なんで、そんな要求ができるんだ~??意味ねーべ。
■おっさん■
まあ・・なんだ・・・
東大は、国家予算が投入されているんだから、結果を出すのが当たり前だ。
どうだ!!
■椎名■
そんな、こと言われても、無理にきまってるべ。
おめーの予測なら・・
『偏差値が一流の受験生』が入る東大が、社会的「価値を生まない」のは、当然も、当然なんだから。
無理だべ。
おめー・・・・いったいどっちだ??
いったい、どっちなんだ??予想が当たること、を望んでるんか??
予想が当たらねーことを望んでるのか??
まあ、おめーの、予想が当たることを望むなら・・・東大の価値は、あきらめろ。
すっきりしたべ??
■おっさん■
東大は、価値を生まねばならない。税金が使われているんだから?義務だ!!
■椎名■
義務??
じゃあ、期待したらいいべ?
■おっさん■
期待はできない。
■椎名■
じゃあ、あきらめろ。すっきりしたか??
おめーの予想どおりになることを望んで・・東大が価値を生むことを望むのは、「無理」だ・・
両方は、成就しね~のは、当たり前だべ??
おめーは・・
偏差値高いと・・社会に出てから・・「価値なんてつくれない」蓋然性が高いって
言ってるんだから
偏差値高くない人と高くない大学に期待したらいいべ。
おめーはな、お金がない人間と確信しながら、金を出せといっているのだよ。
金がなーこと知ってるなら、あきらめろ。
だいたい、おめーが金を出せという権利なんか、どこにもねーんだかけどな。
それで、腹をたてて、なぐったり、貶したり、しねーようにな。ちんぴらじゃねーんだから。
偶然見つけたので、貼っておきます。
http://media.[削除しました]/posts/index/12025
あやしいページの記事で、信頼性は??ですが、実は、けっこう、実感に近いです。
もっとも、自身の年収は低くても、配偶者やその親族に支えられてのびのびと研究をやる人も居ます。
実は、朝日賞やベルツ賞を取る奴は、こういう人が多い。
私には、さらに清貧に甘んじてノーベル賞を目指せ、とはとても言えません。
もう一言。
非医学の生物系などから、ノーベル賞は出ないほうがいいとさえ思います。
非正規雇用の問題がいちばん深刻な分野であり、ノーベル賞で、さらに非正規雇用が増えそうな気がします。
山中さんが、硬い表情で、実用化を急ぐ、と言っているのは、彼の非正規雇用スタッフの安定雇用やキャリア形成を考えてのことでしょう。
事実、文科省にもかけあっているらしいです。
枕流漱石さん
昔から子供の教育は読み・書き・そろばんと相場が決まっていると思うのです。
また教養としての音楽・絵画など芸術性の高い習い事も昔からあります。
(プロを目指すとかは除きます)
一方で水泳・野球・サッカー・相撲などは遊びの中で覚えていくものだと思って
居りましたが、かなり以前より、幼児期からの運動について科学的な分析も進む
ようになり、より高度で専門的なクラブでの実力向上が計られているようになっ
てきていると思えます。
結局何らかの形で専門の機関で習い事をする機会はとても増えているのでしょう。
塾もそのうちの一つなんでしょうね。
昔は公文なんかなかったから、私はそろばんと習字でしたが、顔見知りが殆どで
結局その流れでみんなで遊んでいました。
子供たちの狭い世界ではありますが、そういう一面は現在でもあり、塾も一つの
コミニティとして機能している面もあるのでしょう。
確かに通塾については二項対立的には語れない面が大きくなっているのかもしれ
ませんね。
また考えてみたいと思います。
信頼感さん
>>どちらも仮想であることに大差ないと感じますが・・・。
その通りだとも考えます。
現実は仮想。
とう考え方。
でも、それだと、私が以前に考えた因果律に矛盾が生まれます。
ただ、言葉や行動というのは大きな意味がありますが、
全てのことを懐疑的に考えた場合、
残るのは「自己」という仮想だけになります。
それから、余談になりますが、
来世は分からないんですけれど…
高校時代、公立中学から公立高校に進学したので、古文は初めて習う教科でした。
しかし、私はそれがスラスラ読めたんです。
そして、ある地名を見た時、脳内がぐらっとして。
その後、大きな映像でその土地の景色を見る機会があり、
それと知らずに、「私はここに帰りたいの」と周りに人に言っていたのです。
後から、それが高校時代に感じた土地だと知りました。
それって過去生ですか?
適性さん
>ミラーニューロン
>これは、脳内物質ではなく、神経細胞です。
スミマセン。間違えましたね。とうか、間違えて覚えていました(恥ずかしい)
でも、適性さんが図らずも答えを出してくださいました。
>推測ではなく、お互いに、「言葉をもって」理解する努力も必要になるわけです。
これですね。
「言葉」はコミュニケーションのツールの筆頭ですね。
ルソーは「告白」という書物で自分の体験談をこう話しています。
子どもの頃、一人で勉強をしていた部屋に置いてあった他人の櫛が壊れていた。
自分一人しかいないので、皆は自分を犯人だと思った。
しかし、自分の心は自分が無罪だということだけを知っていたので、それを必死で言葉にした。
しかし、その状況下、誰一人としてその言葉の重み、ひいては自分の心の中身を理解する者はいなかった。
それは肉親であっても同じであった(実際は血の繋がりはなかったようですが、彼が両親として認めている人たち…という意味ですが)
皆が訊くのです。彼しかいない部屋で、彼が壊したのでなければ、誰がどのように壊したのかと。
それは、理屈に叶っているけれど、
彼の心が知っているのは、彼が無罪だということだけだったのです。
その時、彼は、己の心と他者との間の隔絶を知ったのです。
自己というものが唯一無二で、他者と交わらない存在であることを。
言葉にしなければ、絶対に理解されない。
言葉にしても理解されない場合もある。
言葉にも限界がある。
言葉を駆使できる大人と
言葉を駆使できない子どもとの間では、
根本に、「あなたを理解したい」という気持ちと、
「理解できていないかもしれない」という疑問符の両方を持たないと、
危険かもしれません。
私が言いたかったのはそれだけです。
中学受験ブーム(と敢えて書きますが)に、塾の商売に乗ってしまい、
お子さんに無理をさせている場合も多いと思います。
例を挙げよ・・・という話になるかもしれませんが…。
少子化の進む中、椅子取りゲームのようになっていくのは不安です。































