アートの才能を伸ばす女子教育
私立中学の価値ーゼロ
内容は、私立中学の価値から続く話題です。教育全般です
条件は1つだけ・・「最初から、誰かを、無視する意図がある人を除く」です。
大切なのは、誘導する側にいることもされる側にいることも日常茶飯事である中で、常にこれはどうなの?
と意識することじゃないかと思います。
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白砂様
ありがとうございます。
かなり、ほっとしてます。(笑)
企業人さん
たいへんでしたね。
快復されてほんとうによかった。
企業人さんがお電話を受けられてからの対応が良かったのでしょう。
最高の親孝行ですね。
私も、不吉なことは考えたくないけれど、
親はいつまでも元気ではないということを想定して暮らさなければ、
と考えるこの頃です。
悔いのないように接していきたいです。
企業人さま
本当、お母様、快復されてよかったですね。
うちは親の一人が、気楽に旅行へ連れて行ける状態ではなくなりました。
皆様も先送りにしているコトがありましたら、
なるべく早く実現させたほうがいいですよ、親孝行。
不吉なことを申し上げてゴメンナサイ。
私は先に誘われた旅行の予定が合わず、春になってから、と先送りしました。
主人は何度もゴルフに誘われていたのに、
やはり予定が合わず、春になったらと先送りしていました。
私も主人もそれぞれに、だーいぶ後悔しております…。
皆さま、温かい心遣いをありがとうございます。
母は、私の出身の、件の土地に、無駄に広い老朽木造家屋に一人暮らしをしておりますので、心配はいろいろあります。今回は、たまたま、ぎりぎりで対処できて、非常に幸運でした。
今の家にも母のスペースはあるのですが、都心の家屋敷は母の生きがいそのもののようなところもあるので、なかなか移って来るという話にはならないのです。
せめで、旅行などに連れ出そうと、いろいろ無理のかからないプランを練っているところです。
実は、母は、10年以上前に、まったく別の疾患で、余命3月の宣告を受けるところまで行きました。
そのときにトリッキーで困難極まる手術をして救ってくれたのが、担ぎ込んだ病院に東大から移ったばかりの先生で、その後、長女の大学の教授になりました。
余命3月から完治というのは、めずらしいケースとのことです。
今回も同じ病院に運んだのですが、やはり手術をしてくれたのは東大から移った先生でした。
決して好きな雰囲気ではないのですが、なかなか東大の医学部を悪く言えなくなってきました。
次女は、ハンディキャッパになる寸前の大怪我を治療してくれた大学で学んでおりますし、この世界の狭さを感じております。
しかし、母の土壇場の生命力は見習いたいです。
年齢が年齢だけに、いろいろ、考えていかないといけないのは、事実ですね。
■企業人さん
お母様のこと・・大変でしたね。でも、快復されてよかったです。
本当に、こういうことは、タイミングや運にも、左右されますね。
しかし、みなさんの、話を読んで・・親については、いろいろ考えてしまいました。
たしかに、私の場合も、久しぶりに、家族?(私の・・両親、兄弟、その子供)全員が集合したのが・・・『親の術後のお見舞い』でしたから。
企業人様
遅ればせですが…。
お母様、本当に良かったです。
身近に倒れてそのまま亡くなった人が居ますので
ひとごとだとは思えませんでした。
私自身はまだ両親が幸いな事に健在ですが
段々と薬が増えたり病院通いが増えて来ています。
でも、こちらがアラフィフになっても両親から見たらいつまでも娘なので世話を焼こうとします。
私も親はいつまでも元気だという思い込みもあって
つい甘えてしまいます。
皆様のお話を伺って、せめて話をゆっくり聞いてやる事や
見えない所で(嫌がるかもしれないので)フォローしてやる事など
出来る事から少しずつやろうと思いました。
■地域、時代さん
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適性様
そこまで~の宮崎さんの言うように、やはり「反社会的であるかどうか」ここが、ポイントなのでしょうね。
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親が、子供に、「こうなって欲しい」(方向付けや、誘導がある)・・ことが「反」社会的であるかどうかがポイントですね。
もし、反社会的であるなら・・そりゃ、問題だし、批判もしかたがない。
でも・・
反社会的でもなく・・社会適応するのに必要かもしれないことなら・・別に「問題ない」でしょうね。
誰かに、とやかく、いわれることではないハズです。
「反」社会的でもないのに・・まるでオウムの「洗脳」と同列の「反社会的」な「洗脳」のように語るほうが・・・
よっぽど「反」社会的なのに・・ね~。(事実でないイメージを、テキトーに流布してるのだから)
話題が、今、親の話になってますが・・・
たまたま読んでいた本が・・ さだまさし の 「茨の木」という小説で
父親と兄ともめて・・父親には「もう来んでよか」と言われ・・そのまま父親が急逝してしまった、中年の男が、主人公なんですよね~。
で・・急逝した父親の遺品としてヴァイオリンが「形見分け」されて・・そのヴァイオリンのルーツ探しの旅にでる・・「家族」の絆の、話ですね。
なんか、最近は、「夫婦と子供・・単位の家族」に、意識が向いてるな~と、反省しました。家族は、自分のルーツですもんね。
父親は、昔、バイオリン弾きになることを夢見ていたが、諦め、親の酒屋を継いだ。そして・・今は、兄がその酒屋を継いでいる。
主人公は、編集者?していたが、早期退職して、離婚して、今は、ぷー太郎という自由さ・・
という設定なんですけどね。
蛇足
さだまさし と言えば、ヴァイオリンですけど・・・
どーも、さだまさしの所有するヴァイオリンの制作者捜しの旅(実話)がモチーフの一つとなってるようです。(NHK BS、世界・わが心の旅「グラスゴー・バイオリンと 赤い糸」※私は見てません)































