アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
昔は!
その位出来ないと将来本人が困りますと言って!
居残りさせてでも習熟させようとしたし!
働かざる者?
食うべからず?
と言う文言も生きて居たけど!!!
今時の公立教育は!
出来ないのも個性?
あんまり勉強させ過ぎると性格が歪みますよ?
等と言いながら!!!
普通を礼賛し!
普通の成績(平均から標準偏差以内のズレ)の未来の最終学歴が!
(標準偏差って!平均からの平均的ズレの事よ~~~!!!)
高校中退~Fラン卒である事や!
その後の就職事情は教えない!!
気付いた時は!
手遅れだけど!!!
不作為責任は分散され!
誰の責任も問われる事も無く!??
誰もサポートすらしない!!!
なぜ、勉強するか?
「好きだから・・・」ではないのでしょうか。
生きていくために必要だから。
せいぜいその程度で。
今の、公立は、生きていくのにも不十分な教育しか施していない?
それはないと思います。
でも、嫌いなんですよ、勉強、きっと、彼らの一部は。
能力の高い子どもは、どの道に進んでもやりますよ。
そりゃ、現在は、私立中高一貫校に能力の高い子どもが分散しているので、
数的には少ないかもしれませんが、公立からだって、道を切り拓いています。
勉強の嫌いな子どもに、勉強の必要性を説き、訓練を重ねて、
凡庸な大学生にするくらいだったら、
食う、生きる、為に、自分はどうすべきか、を
考えられるような教育も必要なのではないか、と思います。
生きるって基本、食べることですから、食べて、肉体を維持する為に、
自分のできることは何か、を考えないと、まずはそこからでしょう。
その食べる行為に生き甲斐を見出すのは、次の段階だと思うわけです。
どんなに飾っても、所詮、人間も動物ですから。
勉強って
「強イテ勉メサス」って使役が入るように思うんですよね。
本来は、「学習」「読書」でなければならないと感じます。
それを忘れてはどんなに教育制度を変えても効果が上がらないように思います。
なんで生きているの?・・と生きる目的など分からなくても、現に生きているわけですね。生きることにおいて、その目的は必須の条件ではない。でも、よりよく生きたい・・そう思うから、その目的を問いたくなるわけですね。
勉強も同じで勉強の目的などなくても、自然に勉強をするはずなんですね。努力などしないでも、普通にいろいろなことに関心をもつ・・自然なことです。よりよく生きたい・・そう思えばいろいろなことを勉強したくなります。
ところが、受験は違います。
9歳から塾通い、私立中学受験・・自然にもったであろう児童の好奇心の芽を摘んで、暗記作業に駆り立てるわけです。






























