充実した教育環境の日大付属高校
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>苦行を乗り越える、忍耐力とか集中力とか、他に育つ部分もあるので、
苦行が一概に悪いもの…とも思えません。
>かわいい子には旅をさせよ…かな。
きっと自分で考えられる子が育っていくように思うのですが。
横から、すみません。
「通過儀礼」なんですよね・・大人になるための。
バンジージャンプなんかもオリジナルは、勇気を試す・・そして大人と認められる・・
そういったものです。
かつては、大学受験がそういった機能を果たしていた。
しかし、塾頼み、私学頼みの受験は、「通過儀礼」にはなりません。
子供っぽい大人が、多数出ることになります。
>年齢相応の苦行があるはずで、それが学問の基礎固めなのではないかと思います。
基礎固めならば意味はあるけれども、数年後には忘れるのが基礎だったのでしょうか。
忘れるって、結局は仕方なく覚えているからだと思います。
そうじゃないものは、忘れるはずがないと思うんですね。
苦行自体は悪いことでもなく、
我慢する機会があまりない現代っ子には必要だと思いますが、
何も忘れる勉強じゃなくてもいい気もするんですね。
そんなことでしか、忍耐力や集中力が養われないわけでもないでしょう。
本当に自分がやりたいことならば、忍耐力や集中力は自然とつくんじゃないですか?
今ゲームをしている子どもたちの集中力はすごいでしょ。
集中力がないわけではないんだと思います。
「ああ、そういえば昔覚えたっけ」でも、全く意味がないとは思いませんが、
根本的に学び方が間違っている気がします。
自分たちもそうだったわけですが…。
ということで、かつての大学受験は別とも思えません。
精神的成長を導く苦行が、
受験暗記でなければならない理由は無い・・おっしゃるとおりです。
学校行事、クラブ活動、アルバイト・・
なんでもいいわけですね。
かつての受験を自力でやる手探り感・・
これは暗記・・無駄な苦行ではありません。
でも、いまの受験生は、塾、私学と、
手探りをせず、金で解決するわけですから、
苦行と言えるのか・・
これでは、大人になれないですよ。
忘れる勉強・・この言葉が、ちょっと心に引っかかってるのですが、忘れるのは、あくまでも知識であって、思考回路は残ると思うのですね。どういう思考回路が残っているのか・・それが重要ではないかと。
塾、私学で、受け身勉強をしてきた受験生と、放し飼いではい上がってくる受験生と、どちらが思考回路がしっかりしているのか・・いまの若者の子供っぼさは、そこに原因があるように思えてなりません。
また、学問の基礎だったら覚えていて、そうでなければ忘れる・・そんなことはないと思うのですよ。忘れてしまうのは丸暗記だからで、体系的に論理立てて物事を理解していれば、忘れることはないはずです。学問の基礎・・というか、やはり、思考回路の問題かと。
いまの若者は、思考回路がひ弱です。
だから、議論が苦手ですね。
これからの時代は、知的野性がなければしんどいと思います。






























