アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
弱点さん
覚える、忘れる・・これは興味の問題ではなく、脳に入力される情報の強度の問題かと。まったく興味が無いことでも、受験時代に暗記したことをいまでも覚えていませんか。暗記作業が一定量を超えると、脳の保管場所が変わり、一時保存→永久保存になるらしいです。
私が、自学というのは、誰からも強制されず、自らを律して学ぶ態度のことです。とても厳しくてしんどいことです。だけども、そこには自由がある。そこで積み上げた思考は本物である・・そう申しています。
これは、カントの道徳的命題と重なります。
いくら、ゲームでいろいろな事を覚えてもそれは欲望の従者にすぎない・・自由とはいえないですね。知性というのは、厳しく、しんどいけども、自力で思考する・・そういう本物の自由のなかで育つものではないでしょうか。
いまどきの多くの大人も子供っぽいのは事実ですが、それは、なんでも受け身の時代だからではないかと。
自ら学ぶ、私もこれには賛成です。
受験勉強など結論のあるものや議論の対象になるものに関しては厳しくてしんどいでも構いませんが
未知のもの新しいことに対しては遊び心、余裕を持って楽しむほうが吉かと思います。
枕流漱石さん
>昔と違って、学ぶことよりも面白いことがたくさんあるのがその原因かと思います。
これは凡才さんがおっしゃったことと同じですね。
昔というのは自分たちが子どもの頃でしょうか。
私はそれなりにあったと思いますが…。
外圧でなく、自分を律することができるかどうかが鍵かなと思います。
忘れてしまっても「ああ、昔覚えた」でいいと思っています。
頭の奥に、かすか~に残ると思うので。
ただ、それは解答の正誤に関係なく残るものだと思うんですね。
大人になってからの勉強は楽しいです。
ほとんどスルーされていた近代史なんて、非常に興味深い。
ただ、もし正解を求められたら、どうでしょう。
知らないことを知るのは、本来は楽しいものなのに、
試験はそれを奪っているんだなと思います。
東洋の魔女の方のインタビュー、なかなか深いですね。
効率を求めて、弱くなるですか。
学問も一通り広く学んで、特性に応じてポジションを割り振った後で、
そこで解答が求められればいいのにと思います。
ちょうど諸々の国家資格試験のように。
凡才さん
>自分の時代と照らし合わせて見ても、
>自分の目の前にある自分が達成したい事にしか手を出していなかった様に思います。
私もそうです。
子どもに接するにあたって、こうやって子どもの頃のことを思い出すのは大事ですよね。
たとえ棚上げ上手だったとしても。
私にとって「勉強しない」選択は罪みたいなものでした。
勉強できるのはありがたいこと、その空気の中にいましたから。
テスト中でもテレビも見たし、漫画も読んだけど、
それなりの結果や精いっぱいの努力は織り込み済み。
子どもにとって、親の想いは重いものなんですよね。
無常感さん
>覚える、忘れる・・これは興味の問題ではなく、脳に入力される情報の強度の問題かと。
>まったく興味が無いことでも、受験時代に暗記したことをいまでも覚えていませんか。
枕流漱石さんがおっしゃった「使わないから忘れる」はありますね。
特に興味もなく使わないのに覚えていることは、それが面白かったからかしら。
化学の元素の周期表とか。
何度も何度も必死に苦労して覚えたものほど、真っ先に忘れますね。
覚えているものは苦労しなかったもののような気がします。
>いくら、ゲームでいろいろな事を覚えてもそれは欲望の従者にすぎない・・自由とはいえないですね。
自学(本)で得た思考は自由があり本物で、
ゲームで得た思考は自由でなく欲望の従者ですか?
何か無理がありませんか?
私は本当は自学がいいと思っていますよ。
大学受験生にとって、とてもいい経験になる絶好の機会と思っています。
無常感さんがおっしゃるのと同じ意味で。
ただ、もっと身になるもので絶好の機会が得られないものかと思うだけで。
だって、忘れちゃうんだもん。(しつこい)
>いまどきの多くの大人も子供っぽいのは事実ですが、それは、なんでも受け身の時代だからではないかと。
無常感さんもそう感じられているんですね。
いまどきの大人はほとんど自学だったと思いますが、
結局そこは役に立たなかったということでしょうか。
そうですよね。
何かいつもと違う…と思っていました。
お呼び立てして、申し訳ございません。
投稿者名って、文章の先頭をとる人が多いのでしょうか。
あと最初の文章全体で強調したかったこととか。
あらためて付けるとなると、難しいですね。
弱点さま
>>学問も一通り広く学んで、特性に応じてポジションを割り振った後で、
>>そこで解答が求められればいいのにと思います。
私もそう思います。広く、教養を養うための学問である時期が必要だと思います。楽しいと思いますよ、たぶん。
そう考えると大学って何?という問題にぶつかります。専門を学ぶところ?本当でしょうか?
自分を律するというのは、学び方というより、人生観や人格形成に関わることかなと感じます。これこそ、転んだ経験から、学んでいくことかな~と人生を振り返って思います。享楽に耽った挙句、転ばないと、自律は難しいかも(笑)
子どもっぽい大人が増えています?そうですね~面白い視点ですよね。
どんな点が子どもっぽいというのでしょうか?
何をもって大人といういうのかということですけれど。
私は、凡才さまがおっしゃった、一人では生きていない、風潮、流行がある…ということと、やはりまだ学歴主義である、ということがとても気になっています。学歴は、一種の期待値にすぎませんが、スタートラインから違いがあるようですね。うちはまだ就職には間があるので実感はありませんが。
枕流漱石様
私の事を取り上げて頂きありがとうございます。
そうですね、一時期ベンチャー企業が良くテレビで取り上げられていましたね。例えば、ホリエモンさんは、きっと
それの最たるものだったのでしょうね。テレビの会見で、社長としてスーツで無く、トレーナーとGパンで出てきた
事ですが、仕事の事はちょっと置いておきますが、明らかに私の言う風潮や学歴社会の象徴をぶっ壊したかったので
は無かったのかなと思います。勿論、バブリーな頃なので、その様な今までの規範から外れた事をする人も増えたと
思います。しかし、旧財閥系や絶対に安泰な大手企業などは、未だに全然風潮は変わっていないと思います。と言う
事は、その風潮に合わせられないと言う事は、入社できないと言う事になります。
だから、会社全部に渡って変わったのかと言うと、そうでは無いので、残念でもありますが、残っていると言う安心
感もあります。役所もクールビズ以来、ネクタイをしない人が増え、襟の高いワイシャツを着てたりしますね。しか
し、海外から見れば、結構それが滑稽だったりする訳です。アメリカやヨーロッパの人は、相変わらずどんなに厚く
ともスーツさえ脱がない人もかなりいます。それは、別に大丈夫で無く、暑くともかなり我慢しているんですよ。勿
論、ネクタイも決して取りません。その辺りは、日本より頑張って守っているんだなと感じます。
私は、その逆なので偉そうなことは言えませんが。






























