アートの才能を伸ばす女子教育
私学中学の価値 3校め
引き続き よろしくお願いします。
>>相手の価値判断の根拠を、お互いに認め合わない限り・・・というかわかっていないと、話はかみ合わないだけとちゃうかなあ? (溜息)
>そう、だから無常感様は、「あなたの話もしてください」って仰ってるのだと思うのです。
無常感さんは持論を押し付ける努力はするけど、相手を理解しようとする努力はしないでしょ。だから、本当に相手の話を聞きたくて言っているわけではないですよ。私に対しても、興味もないのに私の教育論を話せと言い、話さないとスルーすると言ってましたよ。要はスルーしたいときのキメ台詞なのですよ。
でなければ、誰かと話す度に相手の教育論を聞かなければいけないなんて話になるでしょ。
相手を考えを理解したいだけなら、不明な点を質問すればいいでしょ。私もそうしているだけ。でも無常感さんはそれをスルーして拒む。まあ不思議。ご自身の持論を皆に理解してもらえるチャンスなのに、それを嫌がるとは。
私立中学の意見交換のスレッドにただのご挨拶や野次馬みたいに書き込むのはいけませんよね。だから思いきって書きます。でも他の人のことを書くのはどうしても出来ないので、自分のことだけです。どんな意見、考え方、方法であれ、親が子供を思う気持は同じだと思ってますから。
私は高校時代まで地方で過ごして来ましたし、公立中から公立高に行って国立大学に進むのがその地域の一般的な進学の仕方だと思っていました。時代もあります。もちろんあまり裕福ではなかったということと親の考えだったのかも知れません。私自身もまわりの同級生がそうしてるからそうしただけです。確かに当時も私立中に行くお友達もいました。
ただ私は・・・途中の何処かですんなりとは行きませんでした。(汗)で結局・・・ご想像にお任せします。(苦笑)
今、住んでる大都会には、私立中学もたくさんあってそこに向けた受験勉強(塾や家庭教師等)は本当にすごいなあ(経済面と時間など)と感じてます。相変わらずそんなに裕福(夫も私も頑張ってるんですが、はあ〜)ではありませんし住んでる地区を大切にしたい(田舎出身はご近所が大切なんです、だって災害時はやっぱりたよりになるでしょう)ということもあって、子供はそのまま地元の公立中でいいかなと考えていました。
多少の親の誘導もあったかも知れませんが,うえの子は、いじめられた?(聞けばただ軽く注意された程度のことですが、本人にとっては大変なことです)上級生がいる中学には行きたくないと急に言いだして、ならばといろいろ私も模索。中受はしたけど受験じゃないのよってところですね。本人が私と一緒に見学に行って無謀にも(親も無謀)自分で選びました。ダメでもお友達のたくさんいる中学に進む予定でしたけど。で結局・・・何とかご縁をいただき通っております。(エデュではなぜか叩かれがち)
こんな例は今までたくさんあったご意見でしょうけど、さすがに1、2、3を最初から読めません。それに雑談板の私にとってあんまり書くと拙いですよね。このあたりでやめておきます。(十分書いてる気が・・・汗)
ついでに、
変な事言ってるなと思われるかも知れませんが、自分がスレ主だったときは話の転換によくページを変えることをしていました。(期間限定スレだから今は眠ってます。笑)でも、いち投稿者の立場ではあまり目立ちたくないのです。書くたびにいろいろ言われた事がトラウマになってるのかも知れません。私は掲示板を「本」だと思っているのかも知れませんね。(苦笑)
それにしてもスレ主様は暇つぶしとか言いながらも、いつあのような事(英語学校?のことです)を考えているんでしょうか。それに自信を持って書かれると納得しちゃうんですよね。正しい事言ってるし。私はそう感じています。エデュ最強?かな・・・そういえば二俣川様のレスにも納得しちゃってます。
このレスもきっと読まれてしまいますが、いつものように知らんぷりしておきます。その点では好き勝手やらしていただいてありがたいと思っています。自主的にはなるべく書かないようにしてるつもりなのですが、かなり目立ってますよね。苦笑(何回目かな)
・・・でもそろそろ何かを私も考えないといけないのかも知れません。
ほっとけ様
>相手を理解しようとする努力はしないでしょ。
私は入り口も大事だと書きました。
あなたは、最初から「無常感氏は相手を理解しようとする努力はしないと」決めてかかっているようでしたけど?
私も決めてかかっていますかね?(笑)
>要はスルーしたいときのキメ台詞なのですよ。
そりゃ、いきなりあんなに一方的にガンガン来られたら、めんくらって、私なんかでもスルーしたくなりますよ。私はね。(笑い)
溜息さん
>議論の土台となる価値観には、相手と共有できる部分と、できない部分が必ずありますよね。
相手の価値判断の根拠を、お互いに認め合わない限り・・・というかわかっていないと、話はかみ合わないだけとちゃうかなあ?
そうそう・・他人の価値観とは必ず相違点(論点)があるはずですね。
そこを知ることに価値がありますよね・・その相違点が「自分の考え方」であり、「自分の意見」であるからです。
そこを浮き彫りにするために、議論をするわけですね。
>自分の意見が見えてきて、自説が不利な状況に見えてくると、個人攻撃に走ってしまうのは無自覚な自己防衛本能なのか、それとも負けたくないプライドからなのかな?
う~む。
他人との価値観の相違について、優劣で競いあっても仕方が無いですよね。
その違いがなぜ生まれるのか・・自分がそう思った理由はなぜか・・その深層を自分で内省することに
おもしろさがあります。





























