女子美の中高大連携授業
飲み込みの早い子と何度教えてもわからない子
一度で理解する子供と何回教えてもわからない子との違いってなんでしょうね?
頭の鋭さと鈍さってやっぱりあるのかな? 家庭教師をしていた時に「この子はどうして分からないのか分からない」と途方にくれたものですが、それまでの遊びの経験や自ら考えて物事をやる習慣がついているのか否かの違いなのか?
これっていわゆる地頭の違いでDNAの差なのかそれとも赤子から幼児期の育ちの違いなのか? 経験者の皆さん是非教えてください。
天性のもの、幼児期の環境、その後の努力、全てあるのは当たり前。でも、容姿や運動と比べれば努力のウェイトは高いのだから、あんまり遺伝とか言わずに頑張った方が生産的、ということでしょ。さすがに、本気で遺伝は関係ないと思ってる人はいないと思う。
スレ主は「家庭教師」をしていて、そう感じたんですよね?
レベルの違う複数人なら「途方にくれ」ても仕方ありませんが、「一人」しか教えていないでそういう状態になるということは、単に教え方が下手なだけ。教える側に就いてはいけない人だということです。
どう教えたら理解できるか、を考えるのが教える人の基本ということが理解できていないみたいですね。
たしかに、本200冊あるかないかという区別は、朝食をきちんと取るか取らないかと同じく、どんな家庭、どんな両親かを端的に表すものですね。
本をごく日常的に読むような親というのは知的な方が多く、その親を見て育つ子供もごく自然に読書家になるように思います。
この間、某進学塾の説明会に行きましたが、難関校の問題は、理科も算数にも国語力が要ると言われていました。読解力ということですね。
世界の歴史、日本の歴史という同じ出版社の全集が1960年代に出て、世界の歴史を愛読していたのが村上春樹、日本の歴史を愛読していたのが橋本治って聞いたことがあります。
もともとの文学的才能に別の要素が加わって、それぞれ花開いたわかりやすいケースですね。
頭の中で情報を処理する方法には、ひとりひとりで何かしらのクセがあります。
例えば、ある小学6年生の生徒さん、割り算を使う文章題が何回説明しても解けるようになれませんでした。
何しろどうしても出てくる数を出てきた順番通りにしか処理できないのです。
そこでどうしたかというと、相手の本能に合わせて、出てきた順番通りに数字を当てはめれば解ける方法を考えだしました。(ひょっとしたらどこかの参考書には既に出ているかもしれませんが)
そうすると、今までの苦労は何だった、というくらいスムーズに正解にたどり着けるようになりました。
その人に合った理解のしかたをインプットしていくことで、成績を伸ばせるお子さんは、きっとまだまだいるのだろうと思います。
200冊の話ばかりが出ていますが、林修氏の言葉には、こういうものも。
「自分が勝てる場所で努力しなきゃ。」
「人生は1つ勝てるものがあるだけでいい。他が全て負けてもいい。」
「努力は裏切らないという言葉は不正確。正しい場所で、正しい方向に向かって充分な量なされた努力は裏切らないが、正しい。」
繰り返し言っているのは、「勉強だけが人生じゃない」ということ。
どう頑張っても、勉強の世界では上に行けない人が多いことも、よく知っているからだとのことでした。
しかし、他の分野なら上に受けるかもしれない。それがこの3つの言葉によく現れています。
なお、勉強に関して、何度教えてもわからない子が、飲み込みの早い子には決して勝てない論理があります。
例えば、ある単元を、飲み込みが早い子が覚えるのに10分かかったとします。何度教えてもわからない子も、頑張ってくれるので、3回教えればなんとか理解できて、30分で覚えたとします。
飲み込みの早い子の3倍努力をすれば、同じように出来るのです。
では3倍努力しましょう。
飲み込みが早い子が1日に3時間勉強していれば、9時間。大変だけれど、なんとかついていけます。
でも、飲み込みが早い子が8時間勉強していれば…。無理なんです。
寝ない訳にはいきません。食事をする時間も必要ですし、通学時間も必要。
飲み込みが悪くて、何倍時間がかかるかは人それぞれですが、個人的には10倍以上のケースをたくさん見てきました。
小学校だと、始業式の日に教科書をもらって、先生を待っている間にパラパラ見ているだけで、教科書を全部理解してしまう子も確実にいます。
でも、その教科書は、半年~1年かけて勉強するものなのです。
何10倍、何100倍以上、思考が早いのです。
だから、絶望的な差があるのです。
林修氏が、「正しい場所で、正しい方向に向かって充分な量なされた努力は裏切らない」と言っている言葉の中の、「正しい場所」がわかりにくいと思いますけれど、これはフィールドのこと。
勉強に向かない子のフィールドは、勉強をすることではないのです。
得意なことをやらせましょう。
子供がサッカー好きでスクールに通っていましたが、1年かけても出来るようにならないテクニックがありました。
コーチに教えてもらって、何度も何度も練習しても出来ないのです。
ある日、新しい子が入って来て、コーチがそのテクニックを使っているの見て、見よう見まねでやってみたら、瞬時に出来るようになっていました。
100倍、1000倍どころの差ではありません。0にいくつをかけても0ですから。
その子は、当然2週間後にはレギュラーとして中心選手になりました。子供は補欠のまま。最後までレギュラーの試合に出ることはありませんでした。
勉強も同じです。
いくらやってもサッカーがうまくならなかった子供ですが、勉強の面では優れた面を見せて「飲み込みの早い子」でした。
「自分が勝てる場所で努力しなきゃ。」
林修氏の言葉がよくわかります。
>人生は1つ勝てるものがあるだけでいい。他が全て負けてもいい。
1つでも勝てるものがある子はいいのです。
でも、勉強ダメだから、サッカーをやろう・・・ここでもダメ、絵を描こう・・・ダメだった、料理は?・・・バツ、お笑いは?・・・言ってもウケないよ、
じゃあイケメン?・・・残念!
なのに、毎日学校行けば、やっぱりお勉強をさせられる。
ふと気づけばお勉強できる子がリレーの選手になってるし。水泳も速い、バイオリンも弾ける。
みたいな、虚しい現実があります。
林先生は、現代文で勝てたから、今の成功がありますよね。あと、CM出演の運(いや、実力からの人気故かも)。
大多数の、ソコソコレベルの子は、どれにしようかな?
営業成績とか、人気度とか、大抜擢とか、大発見とか、社会に出てからの勝負かもね。
それまで、やはり地道に勉強かな。
あおいとり様と、林修の言葉様の書かれていること、うなづけること多々あります。
脳の思考回路の違いは、個体差たしかにありそうです。
これはたしかにDNAの回路と関係ありそうです。
また、自分の得意な場所で勝負というのもその通り。
ただ、幼少期、低学年期の能力と、ある程度学齢がいってからともまた違うのではとも思います。
飲み込みの早さは、ある程度鍛えられるもの、当然好きさ加減もあるでしょうけど、たとえば半強制的に反復訓練するとすれば、かなり鍛えられると思ってます。
大人になったとしても、計算苦手でも、経理系の仕事1年もさせられて電卓やエクセル使ったたとしても、なかったとしても毎日毎日数字とにらめっこしてるうちにとか。
英語が苦手でもやむなく海外勤務いけば必要にせまられて何とか読み書き聴く話すも。
子供でも、同じです。
今は苦手と思っても、毎日やる(出来るようになりたいなら幸いですが)、半ばやらさせることによっても、読み書き計算なんて速く正確にある程度なるものです。
サッカーやピアノだって、いくら得意で飲み込みが早くても、いきなり難しいことは出来ないですから、ものごとの順番、出来る手順を見つけて、何度も何度も繰り返し訓練することによって、力がついていくもの。
飲み込みの早い遅いと、遺伝?、うまれもって?なんか多少はあるとは思いますが、通常の事柄で反復訓練して克服していっているか(好き嫌いにかかわらず)、途中であきらめてそのままにしているかの違いかなと思いますが。
やはり、どこからでも中高大難関校目指せるという子は、親が幼少期からいろいろな教育環境与えて、向き不向きも見て間違えずに、しつけも含めて無意識としても家庭教育されてきたというケースが多いのではと思います。




































