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国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議

【4296832】
スレッド作成者: 文部科学省 (ID:uhn5McvBnhA)
2016年 10月 23日 17:06

文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。

国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。

現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。

進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。

【4686451】 投稿者: JQ   (ID:/YCyjs84Eck)
投稿日時:2017年 08月 30日 11:53

あー村上春樹思い出した。

大抵の場合、実世界らしきものと異世界を描くんだけど、その異世界に影を切られちゃった人が出て来て、影と自分が引き離されることで、自分の輪郭が徐々に揺らいで行くという描写があるんだよね。

虚飾に満ちた個人史をいくら書かれても、老人の戯れ言程度にしか感じられないのは、結局、その人その人を強く照らす様な外界の存在が、少なくとも文章からは感じられないからだろう。

これは、文字ベースのコミュニケーションしか出来ないSNSなんかではまあ致命的だよね。

もう分かったよ爺さん、自分語りは勘弁してやるし、事実関係が他者には確認出来ないかたちの妄言も勘弁してやるよ。だから、今日から真面目に働いて、しっかり納税して、ある程度の蓄えをして、せめて貴殿が後期高齢者になるとき、国庫のお世話にならない様に頑張ってくれ。

一生懸命頑張れば今からでもなんとかなる筈だし、貴殿が閉じこもっているそのドラム缶みたいなちっぽけな器から、針の穴を介して覗く世界より、世界は広大で豊かなものだよ。

もう一度パンツ一丁で頑張ってみなよ。応援してるよ。

【4686452】 投稿者: 玲仁   (ID:/vP.xAWRjyo)
投稿日時:2017年 08月 30日 11:54

無視。
つまらぬ援護射撃をするものではない。

もう少しまともな輩かと思っていたが。
幻滅である。君の品位をさらに下げただけだ。

私に関わらんでよい。
縁なき衆生。

【4686455】 投稿者: パズル   (ID:LeJpHUO5bSs)
投稿日時:2017年 08月 30日 11:56

それはあなたが、院試前の研究室訪問の際に学生が手ぶらで行くなんて考えられないといった内容の書き込みをしたことに対して、そういう発想はゲスの勘ぐりじゃないのと言ったまででしょう。
現にあなたの手ぶらでは行かない発言、皆に否定されてたでしょうが。
院試の件もあなたの見解に賛成したのって、最後の方に唐突に出てきた沢庵とかいう人だけだったよね。
都合の悪いことを指摘されたらだんまりで、話を逸らす。
浅薄さんのレスにも答えたらいかが?

【4686457】 投稿者: JQ   (ID:/YCyjs84Eck)
投稿日時:2017年 08月 30日 12:00

さーてと、強引に戻します。

さらっと有識者会議の議事を眺めましたが、特に下の部分は気になりました。どういう答申になっていくんでしょうね。

ーーーー

【田中委員】  失礼します。附属学校関係につきまして発言をさせていただきます。
 私自身の経験から申し上げましても,これまでの附属学校,特に大都市圏の附属学校の多くが,少なからずエリート校,進学校と,そういった評価を甘んじて受けてきたと思っています。保護者は子供が安心して過ごして才能を伸ばせる場所を望み,その結果,大都市圏の附属学校の入学倍率は非常に高くなっています。しかし,その学校の教育・研究の内容を理解して,是非この学校に我が子を入れたいと熱望する家庭はそう多くなくて,現実的には私立学校も含めて有名校といったくくりの中の1つとして選択しているにすぎないと思っています。
 もちろんどの附属学校も個性的で豊かな教育,質の高い教育・研究を目指して,それを実現している点は高く評価されてもいいところですが,優秀な子供が集まっている学校とか,恵まれた家庭の子女が通っている学校という,そういった保護者の意識が学校の大きな力となって,その結果,周囲からエリート校,進学校,そして有名校というレッテルを張られて,徐々に定着していったのだと思います。そのような姿を学校側が望んでいるかどうかは別としまして,長年の歴史の中でそういった評価を甘んじて受け入れ,入学者選考の合意基準に学力的な要素が比重を占めるようになっていったと思われます。
 ちなみに,私ども全附連が,少し古いのですが平成23年度に行った調査から私が読み取った範囲では,全校種附属学校・園の約40%が抽選を実施しているにすぎません。校種別に見ると,抽選を実施しているのは幼稚園・小学校が約70%,中学校が20%弱,高等学校・中等教育学校がゼロ,特別支援学校が30%弱となっていまして,現在もこの数値に大きな変動はないと思いますが,近いうちに再度,調査を掛けるつもりであります。
 こういった仕組みから,特別意識,特権意識が強くなった附属学校に対して,世間から附属学校は何のためにあるんだと,ごく一部の人にしか恩恵をもたらしていない附属学校は要らないという声が出てきても不思議ではないと思っています。
 そんな中で,この有識者会議からの多様な児童生徒を受け入れられるよう,選考方法を改めるべきといった提言が検討されていることは,私個人的にも非常に衝撃的なことですが,だからこそそこが附属学校改革の鍵になるんだろうなと思っています。それは入学者選考の見直しがそれぞれの附属学校の存続を左右する大きな要因になると思うからです。例えば入学者選考を抽選のみとした場合,それは結果的には誰でも入れる学校となるわけです。そうなった結果,今,保証されているブランド力というものは失われていくわけですから,そこを目当てにしている家庭が敬遠する分,入学志願者は次第に減少していくことになると思われます。
 ここで,その附属学校の真の学校力,それから地域に必要とされているかどうかということが問われることになります。確かなことは,入学志願者が多い,少ないがその基準ではないということ。そしてこれまで人気校だったという理由では存続は許されないという,こういったことを附属学校関係者は強く認識しなければならないということです。それぞれの附属学校が自らの役割を改めて認識し,果たしていく中で,世間から存在意義を高く評価されるために,附属学校に対して有識者会議からの多様な児童生徒を受けられるよう選考方法を改めるべきといった提言は外せないと考えます。
 併せて,以前から慣例として多くの附属学校にある幼稚園から小学校,小学校から中学校への連絡進学,連絡入学の制度につきましても,公平性・公共性の面から見直していかなければならないと考えます。ここでもエビデンスが問われることになります。
 しかし,前回も発言しましたように,全ての附属学校が入学者選考を画一的に多様な子供を受け入れる仕組みにするかどうかは,これまでの実績から,また,これから求められる役割から判断しなくてはならないと考えます。現状のままの仕組みを維持することが国益であり,一般の理解も得ることができると思われる附属学校が実際にあるからです。
 その余地を残す意味で,12ページの3番,課題に対する対応策のポイントの8つ目,下から2つ目にございます,附属学校は,多様な子供たちが入学できる選考方法に改める云々とあるところを,例えば原則として,多様な子供たちが入学できる選考方法に改めるとか,そう改めることが望ましいとか,そういった表現にした方がよろしいのではないかと考えます。
 さらに言えば,こういった表記の方が,23ページの対応策の多様な選考方法のところにあります「当該附属学校に求められる教育・研究課題を踏まえた選考方法を実施すべきである」とか,「各学校の特色に応じつつ,多様性の確保に配慮した工夫も検討されるべきである」とか,その下の存在意義,成果の活用先・活用方法の明確化の最後のところにあります,教育・研究の成果を最も効果的に実現する観点からの選考方法云々との表現との整合性も取れるのではないかと考えているところであります。

【4686473】 投稿者: パズル   (ID:LeJpHUO5bSs)
投稿日時:2017年 08月 30日 12:15

現状のままの仕組みを維持することが国益で、一般の理解も得ることができると思われる附属学校って、どこなんでしょうね。
気になる。

【4686523】 投稿者: 論点   (ID:LmzN59KbRUY)
投稿日時:2017年 08月 30日 13:23

そもそも、エリート校化というのは大学進学実績だけであり、高校は17校でエリート校なんて筑駒しかなく、重箱の隅みたいなもの、残りの幼小中(支援除く)230校をどうするかだよ。マスコミの印象操作に惑わされないように。

【4686543】 投稿者: 鏡よ鏡   (ID:M1szVw2sdIE)
投稿日時:2017年 08月 30日 13:41

>現状のままの仕組みを維持することが国益であり,一般の理解も得ることができると思われる附属学校が実際にあるからです。

ここで言う「国益」とは具体的にどのようなことなのでしょうね?
優秀な官僚の養成学校になっている、みたいな感じですかね?
でも、パズルさんでさえ、どこの学校?と迷われるのであれば、現状「一般の理解を得ている」とも思えませんよね。
それで、現状のままの仕組みというのは、「特定の層しか入れない」という話であって「多様な子供たちが入学できる選考方法に改めることはしない」ということなのですかね?(そもそも「多様な子供たち」というのがどんな子たちのことを言うのかハッキリしませんが)
なんか言い訳がましいなぁって感じですね。

ただ、私は、今の国立大附属がエリート養成校であったとしても、それはそれでよいと思ったりしています。
それよりも、公立校のレベルを底上げして、親が教育に関心のない子供や、経済的な理由などで塾に通いたくても通えないような子供たちが勉強に親しめる環境を整えてあげる方が、長い目でみればずっと国益に適うのではないかと考えているから。

今年、実施された学力テストでは地域差が縮まってきたということですし、成績上位の県が開催する学力向上に関するフォーラムに他県の多くの教員が参加しているとか、県をまたいだ教員の人事交流も盛んになってきているなどの記事も読みました。
国としては、こういう状況をもっと後押しすべきなんじゃないかと思います(教員の労働環境等の改善も含めて)。

「多様な子供たち」は、全国に存在するのです。
国は、そのことをきちんと理解して教育政策を考えるべきだと思います。

対話する相手を考えて参加すればいいかな、、、なんて、言い訳です。
すみませんm(__)m

【4686591】 投稿者: パズル   (ID:LeJpHUO5bSs)
投稿日時:2017年 08月 30日 14:52

鏡よ鏡さん、書き込みして下さって嬉しいです!
普通に考えると国益という表現からは、筑駒とか筑附のような進学校を思い浮かべますけど、そうなると国がエリート養成校の存在をはっきり認めることになるわけで、そんな答申するかなぁとも思います。
日本って、スポーツや音楽などの芸術系はエリート養成しても苦情が出にくいでしょうが、勉学のエリート養成には反感がありそうですし。
多様というのも分かりにくいですよね。
何を持って多様であると判断するのか。
私も国立のエリート養成校があってもいいと考えていますが、鏡よ鏡さんのおっしゃる全体の底上げも重要だし、より効果的でしょうね。
大学の入試改革も結構だけど、その前の小中高はどうするのって思います。
幾つかの学校で合同授業をするとか、別の学校でも授業が受けられるようにするとか、複数の学校で大きな合同プロジェクトに取り組むとか、クラス編成や教科書の採択、カリキュラムなんかももっと自由にするとか、地域のボランティアの活用とか、飛び級とか、スピーチやディベートのコンテスト(ディベート甲子園みたいな)、やってみたら面白そうなことがたくさんありそうです。
国は前例がないから出来ないとか言わずに、思い切って踏み出してみたらどうかと思うんですけどね。
公立だから横並びでいいというのではなく、各々の学校が個性を競い合うとかになると活性化しそうな気がするんですが。
素人の浅はかな意見ですみません。

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