充実した教育環境の日大付属高校
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
東大付属中高は抽選だと聞いたのですが。 特別な研究やっている学校で進学校ではないと聞きました。 結構面白い人材出しているそうですね。
学芸付属中の凋落も激しいらしく世田谷も昔日の勢いはないとのこと。自動的に高校進学できず内部生の6割が出されるという制度がネックですね。まあ、昔はそこから都立トップ校に進んだ人が多く地方県立名門校と同じ構造だったようです。
小石川などの中高一貫ができては学芸付属中はもうダメでしょう。学芸付属高校も不祥事もあり神奈川の中学生が横浜翠嵐、湘南を第一志望にするようになっては東大30人を切るのも時間の問題でしょう。
都立名門校復活はもう誰にも止められません。
どちらかと言えば分散・多極化してるんじゃないでしょうかね?
神奈川で言えば、南高附属、相模原、サイフロ等もありますから、湘南・翠蘭だけが受け皿では無く、入試の年齢が低年齢化して、それぞれが望ましいと思われるルートを選んでいるだけの様に思います。また、もちろん通学される学生は神奈川在住者に限りませんが、最優秀層で経済的にも進学を許す場合、栄光や聖光を志望するお子さんも多いでしょう。
公立復活と言えば聞こえが良いですが、都立で言えば学校群ならびに神奈川で言えばア・テストの頃とは選択肢も豊富になってきていますから、進学先が多極化することはあっても、従前の様な公立の黄金時代が復活するとは到底思えません。
こうした構図は都内も同様でしょうね。
ところで動機さんは、都立の栄枯盛衰から復活劇までに異常とも言える執着心をおもちの様ですが、私は都立復活前に大学受験を致しまして、たとえば、今はどうもぱっとしない立川、駒場、もう区立になってしまった九段、最近よく話題になる小石川、あとはまあ国立とか、、、出身者にも知己が多数います(多くは大学進学後に仲良くなりました)。日比谷の東大合格実績に限って言えば、大幅減からのテコ入れで持ち直しているのは事実ですが、この時代の大学受験、各校の上位層に関して言えばそう悪くは無くて、各校から、東京一工や旧帝、国医(そもそも国医は現在程難関化していませんが)への進学者が出ていますね。これに比べると、特定校を重点化したことは、日比谷+ほんの数校への一極化繋がっていて、個性的な伝統校が切磋琢磨する様なイメージはあまり感じられません。
これも、受験年齢が低年齢化して、私立中高の志願者が多くなったことが一因とは思うのですが、重点高以外はどうもぱっとしない進学実績であるという点に関しては、往事を知るもの(しかも、ある種の活気があり、少し羨ましいなと思ったこともあります)としては如何なものかなとは感じています。
この辺は、そこまで深く存じ上げている訳ではありませんが、神奈川とは全く様子が異なる様には思います。両者に共通するのは、内申制度の影響や3年という短期で学生をある水準まで学力面で引っ張り上げるという点にありますから、私立の一貫校は一定度の指示を集めると思いますし、筑附や附高が高倍率なことも、当日点優先で内申のウェイトが低いが故のことと思います。
スレチですので、スルーして頂いて結構ですが、進路の選択肢が多いことこそ首都圏在住者のメリットであり、経済的なバックボーンが進路選択の自由に影響を及ぼさない程度には、公立の必要性は認めうるものの、単に日比谷の実績をもって、公立復活等というのは、時代錯誤的ではないかとも感じます。
まあ、つらつらタイプしたので、誤字が多く編集ミスも多いですが、概ね文意は伝わる事と思いますのでお察し、、、
国立附属校に関して検討されていることは、首都圏だけではなく日本全体での話なので、都立復活云々はスレチではないかとは思いますよ。
まあ、中学受験を考えるこうしたサイトの読者層は、私立が存する大都市圏、特に、首都圏および京阪神に集中しているものと思いますので、そうした環境から見えることに関心が偏重しがちなことは十分承知していますが、私自身は、我が子は行けるところに突っ込めばそれでお役御免と考えていて、むしろ、首都圏私立大学の定員を総量規制し、地方への転出を促す様な施策も議論されていることや、人口減少地で果たして今後公教育の質が維持出来るのか?とか、そういう関心でこのスレッドを眺めています。
日比谷に関しては、かなりあからさまに難関進学実績を謳っていますが、3年という短期間で民間のノウハウも吸収しながら学力を引き上げるという方法論自体は、日比谷だから出来るのであって、果たして都立全体の底上げに繋がる方策なのか否かに関してはやや醒めた目で眺めています(もちろん、日比谷に進んだ諸君が学業に励み、個々に達成感のある形で大学受験を終えることができるのであれば、それは一個人にとっても、経済的な事情で都立に進まざるをえないご家庭にとっても良い事だとも十分承知しています)。
スレチなので、本件はどこか他所に誘導してくだされば、そちらの進めた方が良いかなとも思います。
さてと、今日はれーにんくんを撃退して、スレッドの話題が脇にそれたので、スレッド本来の主旨に戻る様、すこし頑張って書きましたが、仕事も忙しいのでしばらく黙ります。我が子が卒業してしまえば、国立がどうなろうと喫緊我が家には影響ない訳ですが、結構インパクト大きそうな改革なので、引き続き注視していきたいとは思います。では!!
国立残念だった、または、受験すら断念したご家庭の皆様、我々が溜飲を下げる時はまさに今!!!
有識者は言ってくれてるぞ!
国立なんて抽選!廃止!潰れてしまえ!いい気味だ!
税金泥棒め!
我が母校頑張れ!我が子の学校万歳!
過去に範をとるとしたら何年ごろが理想に近いと考えているんでしょうね。
1930年ごろか?1955年ごろか?1965年ごろか?1980年ごろなのか?
見識は当然あるのでしょうから、素直なところをうかがってみたいとは思いますね。
他人を「爺さん」「終活しろ」等々罵倒した輩が、今度は長々と牛のよだれの如く論旨不明の駄文を弄している。
ところで、都立高校出身の拙宅・家内はその学校群世代。
三校グループで他律的に入学先が決められてしまったことに、さして不満もなさそうだ。
だが、いかなる基準で以てそれぞれの「配属」が決められたのであろうか。
たしかに、それ以前には改善すべき点はあったのだろう。
たとえば「日比谷」には地方選出国会議員らの子女が、地元中学校卒業後に上京。父親と議員会館に同居して―住民登録も異動ー通学する例も少なくなかったという。「九段高校」出身の元東大教授氏は、自ら越境入学だったと語っていた。
しかし、その処方箋であった学校群制度は弊害多いものであったように思われる。たとえ「合格」しても志望校に進めるとは限らない不合理。
選べる自由やその可能性が先進国の証拠であるならば、やはり批判的総括は免れまい。
本件「(国立)小学校」改革においても、その原則だけは厳守してもらいたいと願う。





























