充実した教育環境の日大付属高校
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
>「エリート志向の人は私立へ」という論を見ると、暗澹とした気持ちになります。わが子がエリートってわけじゃないし、天才でもありませんが、そこそこ伸ばしてやりたい、伸ばしてやれば人の役に立つこともあるんじゃないか、という線上にいる子、庶民でもそういうことを考える親もあるのに、と。
その役割は、今後は公立中高一貫校で充足できると思います。
国立附属高校は15しかありませんから、もっと別の役割を期待します。
公立中高一貫、かなり増えていますが(知人のお子さんが小石川に通われていてそれはそれで楽しそうですよ。授業も面白いそうです。英語のプリントは見せてもらって笑ったけど、、、(前置詞説明する奴))、もうちょっと時間が経たないと成否は分からないと思いますよ。
よくeduでは、小石川や相模原の例が出ますが、これはある種の人口ボーナスで、倍率も高く、やっぱり、よくお勉強したお子さんが入って来ると思うんですよね。また、小石川に関して言えば適性検査というのは名ばかりで、私立でも上位〜難関校並みの学力が無いと入れませんから、それ相応の準備も経ている訳で、出口の実績が良いのも当然かと思います。
結局、どのルートを選ぶにせよ、受験エリート(笑)しか勝ち残れない仕組みになっているとも思います。
学力も含め多様性こそが大切というなら、日比谷も東大も、希望者のくじ引きにすればいいが、しない。そんなことすれば、学校、大学の価値が一瞬で崩壊するから。
学校の集団授業の場合、能力の差がありすぎると、ターゲット設定が難しくなり、教える側も、教えられる側も効率が悪く、デメリットが大きくなる。
当たりまえだが、小学校1年と6年は同じ授業を受けない、能力が違うので、デメリットしかない。年齢で、輪切りにするのは、基本的には、能力差のデメリットの回避だ。
小学校6年が、1年生の理解をまっているのでは、先に進まない。
逆に、飛び級制度がある国もあるが、自分の実力にあった環境に行くということで、デメリットを解消する手段になる。
義務教育の小学校 中学校は、ターゲットは、それこそ平均であり、落ちこぼれが出さないレベルで調整されるし、だから簡単すぎると思う子のフォローはない。
国の教育の基本なのだから、それでいい。基本なんだから。それ以上は個人でするしかない。
ある程度能力別で授業を受けることは、本当は、出来ない子のメリットでもある。
能力差の「大きな」集団で、効率的、効果的授業方法なんてない。
集団を分割して、別の教え方をするしかないのだが、先生をそんなに投入できないという問題と、皆平等のハズなのに、「下」のクラスが存在するという問題で、主流にはならないのだろう。
学びたい子が、自分の実力にあった、教育を受けられる。
本当は、こちらが理想なわけだ。
学費に関しては、私学の学費が難しい場合、勉強したい子が、同じようなレベルの子たちと、勉強したいと思えば、公立の中高一貫や、国立の附属を選択する。
受験で能力差は調整されているからね。
東京では、本気の中学受験組しか難しいであろう筑駒ばかり、話題になり、が、他にも、国立の附属あるのだから、そこでいいだろう。
国立全部、地域の公立と同じ、能力差の大きな生徒の集団にしたら、その選択肢がなくなるのは目に見えている。
富裕層の比率ではなく、実際に、私学の学費が難しい層の受け皿になっている、学校を潰して、誰が得するのか?
山中伸弥だって、国立の附属に行ったから、ノーベル賞まで行けたのかもしれない。
選択肢がないことは、恐ろしいことでしょ。
もし、国立の附属の、学力レベルが、地域の子と同じレベルの子供で、単なる、くじ引きなら、行ってもそうならないだろう。
勉強ができない子は、落ちこぼれをつくらないことが命題の地域の公立学校という選択でいい。
私学は学費的に難しいて小学校から勉強ができる子から、選択肢になっていた国立の附属を剥奪するようなことはしなくていい。
教育は、多様なルートの確保が、重要。
公立からも、国立からも、私学からも、難関大学に行けるルートがあることが重要。
くじ引きなど、意味がない。
国立校や都立校。いずれも私学難関校の亜流になってしまっている。
公費丸抱えの学校が、(助成を受けているとはいえ)私学と同じ価値観の土俵でもって勝負しようとしているかのようだ。その現実をして、東京都私学協会・元会長の田村先生は「民業圧迫」と指摘したのではあるまいか。親方日の丸勢力に対しては、さしもの学校法人渋谷教育学園とて抗いようがないからだろう。
要は、公費で設置された国立や都立の学校であれば、私学が確立した「中高一貫教育」的システムを模倣するのではなく、新たな発想による学校像を模索してもらいたいものだ。それが公平というものではないか※。
現在の国や東京都のやり方は、他の肉食動物が苦労して得た獲物につき、ノコノコと後からやってきてはそれを強引に横取りする、あの雄ライオンのようにみえる。ジャングルでならともかく、わが国では困る。お役人さん方、プライドはないのかねー創造的能力はなさそうだがー。
※渋幕に負けた県立千葉高校。そこで、千葉県当局は姑息にも付属中学校を設立した。同様に、埼玉県も、栄東や開智に負けた県立浦和高校に付属中学を設けようと言い出すのではあるまいかー同校の全県学区化だけでは足らず、とー。
大学への進学実績が落ちた高校が、中学を作り、そこから進学実績を作る。
そうであるなら、公立の中高一貫校は、私学的価値観を入れているかもしれない。
個人的には、べつに構わないと思うが・・
しかし、
それこそ、国立の附属は、そういう発想ではない。
基本は、大学附属の実験校であり、受験に有利な授業が優先されるわけでもない。効果のない、意味不明の授業さえあるだろう。
すでに、進学実績と独特の校風によって評価されている「うまくいってる学校」を潰すことはない。
過剰な平等意識で潰すことはない。
>すでに、進学実績と独特の校風によって評価されている「うまくいってる学校」を潰すことはない。
過剰な平等意識で潰すことはない。
それは、他に果たすべき役割が無いならそうであろうし、
もっと他に果たすべき役割があるなら潰すこともやむを得ないだろう。リソースは有限なのだから。
どちらにしても、国立附属としての役割を果たしているかの再確認を求められているのだから、
現に十分に役割を果たしているなら、その理解を得られるだろうし、そうではないなら変化を求められるだろうし、自ら変化しようとする場合もあるだろう。
潰してしまえと言うつもりはないが、今のままで良いとの意見には同意しかねる。
定められた期限までに、どのような検討が成されるか興味深い。
>くじ引きは、、 (ID:ab7Iubc8Atg) 氏
>エリート校化の懸念 (ID:m2AIEcvbC9w)氏
上の両氏の書き込みは興味深い。
やっとこのようなレベルに至った。
それにしても、
>「うまくいってる学校」
とは何か。どのような状態を指しているのだろうか。
また、仮にそれが進学実績である場合、「公立の中高一貫校」ならびに「国立附属」らがそれを担わねばならないものであろうか。公が設置者である学校と私の学校法人がそれである学校とで、同じ土俵で競うことが果たして適切であろうか。
とりわけ、国立大学の教育学部系(あるいは教育大学)の附属学校の場合、それは本来の設置の趣旨に合致したものであろうか。また、公立の中高一貫校でなくとも、生徒らに対する経済的支援さえあれば、経済的弱者の子女らに対しても私立学校において対応可能なのではあるまいか。
国でも地公体でも、同じ。
公が設置者ならば「民間」とは異なった視点での教育や学校の価値観を造り、求めていただきたいものだ。現状は、私学が切り開き到達した「売り」に、「官」が後からfree-rideしているようなものである。





























