アートの才能を伸ばす女子教育
国立大附属は「誰でも入れる学校に」有識者会議
文部科学省で、「国立教員養成大学・学部、大学院、附属学校の改革に関する有識者会議」が開催されています。
国立大附属については、筑駒、学芸大附属、筑波大付属を念頭に、「特定の層しか入れない学校」と批判され、共働き家庭なども含めて、だれもが入れる学校にしなければならないとの提言がありました。
現状の国立大附属は「受験校」であるとして、本来の国立大附属の役割とは異なることから、改革が進みそうです。
進学校としての役割は、私立学校や都立学校が担うことになり、国立大附属は、進学校というイメージは消えていくかもしれませんね。
成果を還元するための連携や情報共有制度をもう少し掘り下げていこう、また成果を共有はしてきているのだけれど、実際にそれが現場で生かされているかどうかを追跡して掘り下げようという議論だったと思います。
それには公立校側、地域の教育委員会の協力も不可欠ですね。
余談ですが、東京の学芸大附属高と神奈川の横浜翠嵐高、何かと進学実績で最近比べられたりしていますが、この春某塾の広報誌に出ていた翠嵐の学校長のインタビューで紹介されていた同校の職業教育プログラムを読むと、手法などが一部ですが学大附属で何年も前からやっていたプログラムにそっくりだと思いました。
国立附属校での取り組みは、上の筑駒の先生の言のように、偏差値教育と違う部分に重点を置いているところが多いので、個々のプログラム単位であってもこういう形で一般に広まっていくというのはとてもいいことだと思います。
国の研究に必要なのでしょうか?
高大接続がありますが、外部募集の枠が少なかったり、全く募集がないような中高一貫の国立附属学校だと、よほどレベルが高くなければ国立大学に実験的には入れてもついて行くのが大変な気もします。
高校で必要な研究は、国や国立大学が指定する公立でいいと思うのですが。
〉〉高校で必要な研究は、国や国立大学が指定する公立でいいと思うのですが。
入学時には聞いてもいない大量の実習生の受け入れや、行事や組織運営、校外施設、等、指定になるたびその学校は自校の独立性を犠牲にして言いなりになる義務が発生すると言うことですか?
































