アートの才能を伸ばす女子教育
結局、英語教育に強みのある共学校が一番よいのでは?(渋渋、渋幕、広尾学園、都立小石川等)
2024中受組の保護者です。学校選びに正解はないというのは理解しつつも、調べていくうちに以下のような考えに至り、男女問わず、英語教育に強みのある共学校の渋渋、渋幕、広尾学園、都立小石川あたりが中受のベストチョイスに思えてなりません。
[英語教育]
言語習得力がまだ高く時間的余裕もある中学生の間に、耳と口をしっかり鍛えてくれる学校の方が、将来使える英語が身に付き、成績も後で伸びやすく大学受験でワンランク上の大学に受かりやすいのでは。
渋渋や渋幕は話す書くを重視した英語教育に定評があり、広尾は英語授業の半分がネイティブ教員、都立小石川は2回の海外研修やオンライン英会話実施。
[英語以外の教科]
総論として、上記の学校は、低偏差値の状況から教育内容やカリキュラムの優位性を受験生や在校生(評判に影響)に認められ、人気校に登り詰めてきている。加えて、外部利用も渋渋は鉄緑会に至近で、広尾は学校に塾講師を呼んで東大対策講座実施。都立小石川はSSHの取り組みあり。
[人間教育]
一般論として、どこの学校でも学校生活や友人関係を通じて子供は勝手に成長するものでは。さらに、自調、自立、立志といったものが上記の学校の教育理念に含まれており、いずれもグローバル教育やキャリア教育といったものに積極的。
[異性との関わり]
男子校や女子校で思春期に異性と触れ合わないのはリスクでは。将来こじらせるリスクをあえて取るより、自然な共学環境の方がよいと思えてならない。
[自己肯定感・世間体]
一昔前と違い、上記の学校は高偏差値の人気校になってきており、本人も胸を張れるのでは。
親としても開成や桜蔭(否定するつもりはありません)ではなく敢えて新しい教育を選んだということでむしろ悪くない。
皆様のご意見を伺いたく。
異論反論、大歓迎です。(ただし学校批判はほどほどにお願いします。)
東大上位層がすごい、他の層とは隔絶している、とはよく言います。しかしながら東大ですごい成績のいい人たちでも英語をマスターする能力みたいなものは相対的に弱く、オールイングリッシュみたいな環境だと私大卒や成績中下位帰国東大生などのライバルが強くなって有意に評価を落とすと思いますよ。
根拠のひとつとして英語教育は需要の高い分野で若年人材も東大卒塾講師のようなルートで毎年供給があるわりに超大物というのは思い当たらないというものがあります。上位層含めた東大生全体の相対的弱さに引っ張られて大物が出にくくなるんでしょう。伊藤和夫とかは昔過ぎますし業績が四技能に対応していません。
また東大上位層はやはり男子校卒が多めですがスレタイ校が英語教育力を武器に伸びていくと将来の上位層たる男子校生本人は一見大丈夫でも高校の同級生が全体的に受験が辛くなるので完全に無傷とは考えられません。
以上より英語は不要、東大上位層には関係ない、といった議論は東大卒上位層が不利になるから論点にして欲しくない、という裏の意図による可能性が極めて高いですね。
東大寺から京大、国一経由で国研の研究者をしています。私自身はTOFELiBT100点ほど、同業者の中では英語能力は高めだと思います。海外経験もあります。
まず、日本の研究者にとって、英語能力の重要性はものすごく低下しています。
DeepL、Grammerlyの存在は偉大です。
もともと、リーディングは差別化要因ではありません。我々世代が受けてきた、いわゆる旧式教育でもみっちりやってきたので、問題にはなることはあまりありませんでしたし、むしろ、最近の会話中心の教育を受けてきた若い研究者の中には、自動翻訳に頼りすぎて、紙の文献を読むのが遅い子がいるくらいですが、それも大して問題になりません。紙で読む必然性がほとんどないからです。大量のpdfをdeepLで日本語化して読めますし、誤訳は頻度も低い上に、容易に判別可能です。科学論文は平易な英語で書かれているからです。
また英作文にしてもはるか古来より数万〜十数万で校閲会社を利用する文化がありますし、研究者のうち、校閲会社を利用しないレベルの英語能力のものは10%もいないでしょう。
スピーキングも、多くの研究者は日本人風味の英語を話しますが、恥をかくことはまずありません。なぜなら、英語を共通言語として使ってはいても、非ネイティブの方が多いからです。
リスニングも、多くの場合問題になりません。聞く必要があるのは、雑多なニュースのさまざまな話題に関する話ではなく、自分が慣れ親しむテクニカルタームだからです。まあ、4技能の中では1番苦労があるかもしれませんが、狭い分野の話なので、慣れます。
いま、テニュアポジションを得る上では、CVに大きな差がない場合、高い英語能力よりも、統計解析、PythonかR言語によるコーディング能力の方がはっきり価値が高いです。もともと、うまく行かない時期を乗り越える根気や、研究費を得るために、自分の好きな研究にもっともらしい説得力のあるイントロを書く能力の高さの方が重要なのは間違いありません。
成田悠輔氏が、英語をしっかりやる必要がある人と、それほどではない人にわかれていく、と言っていましたが、同意です。日本の研究職は、後者です。
海外で教鞭をとるような場合においてさえ、そうだと思います。中国やドイツなど出身の一流の研究者の英語も、訛りまくっていますし、リスニング能力も日本人研究者と大差ありません。






























