アートの才能を伸ばす女子教育
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわからない
英語が大切だということはわかります。しかし上位校であれば、どの学校でも英語はもの凄く勉強するし、子どもも卒業までには英語を長い時間をかけて勉強して覚えます。
英語が大切だということは誰も異論はないと思うのですが。
留学や行き過ぎた英語教育にどういったメリットがあるのか、さっぱりわかりません。
医学部や司法試験と同じで、医者や弁護士になる人は上位校(東大としても、早慶以上としても、何でもいいですが)の中でも少数派で、半分以上の人には関係のない話しです。
それと同じで、留学だ英語だと熱を上げている人は全体の中では(医者だ弁護士だと言っている人と同じ様に)実際には少数だ、ということでしょうか。
英語が大切でないとは思っていませんし、我が子も毎日の様に英語をよく勉強しています。英語が大切なのはわかりますが、言ってしまえば数学と同じ程度に大切だとは思います。
留学や行き過ぎた英語教育のメリットがよくわかりません。ごく一部の人たちが掲示板を賑わせている、ということでしょうか。
日本の大学院研究の場合、科研費に頼らざる得ない実情があるから
日本の研究が遅れている、という文の意味するところは2つ。
1 審査に通った研究では最先端にはならない。
2 大学院進学者の審査が不十分。
という事なんでしょうね。
科学分野でいえば創造性(優秀という意味でもあるけど;現状を踏まえて人の見えていない道が見える)があれば短年で逆転も可能なんだけど。
どの時代、国においてもガリレオかモノをいうのは難しいからね。日本人は理不尽に戦うより、長いものに巻かれる主義だからずっと天動説推進じゃないかな?
国民性かな?
組織に自分を埋没させて、その組織に特有の居場所を確立し、組織に必要な人材として生き残っていく、という戦略はもう古いし、今はよくても将来性はない。
いま産業社会は、インテグラル型からモジュラー型へと変遷していく途上にあります。
これはIT関連の産業に顕著な傾向ですが、ITが社会に敷衍されていく過程で産業社会全体がモジュラー型になっていくことは間違いない。
個人は一人一人が事業主になった意識をもって自分独自のモジュールの高度な完成を目指すべきなのです。
ある企業で3年ぐらい働いてそこで自分が身に着けられる技術を会得したら、より高度化された自分というモジュールを他の企業に提供して、その他のモジュールとの組み合わせによってその企業の利益に貢献する、という発想が必要です。そこでまた、自分というモジュールがより高度化されたら、次の企業へとステップアップするということです。理想的には、最後には起業ですね。
これが、モジュラー型産業社会での働き方です。
海外に出た方が、モジュールとしての高度化に都合がいいという考え方なのでしょう。





























