今年入学した高1生が語る青春リアル
東大が英語授業の新学部2つを設立予定、英語に強い学校のニーズはさらに高まる?
東京大学
1. AIや宇宙のほか、半導体やロボット、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」(仮称)
2. コンピューター科学を専門とする「コンピューティング学部」(仮称)
2031年度に進路として選択できる予定。
定員は計約400人で、講義は英語で行う。
中高で英語に強い学校だと、授業の理解度も早そうだね。
> 日本人では気づかない問を留学生なら気づくからだ。日本人は視野が狭すぎる人が多い。
理系の学部で学ぶのはほとんどが既に確立した理論なんだけど、留学生は確立した理論を覆すような問題点を指摘できるってこと?そんなハイレベルな留学生なら歓迎だけど、日本人学生はもちろんのこと、教員もほとんとついてこれないと思うよ。
> 自分で課題を設定し、解決に向けた取組や議論等を通じたPJな学びになるのでは。
それをやるのが卒論だよ。そもそも基本的な知識が備わっていなければ、いくら課題を設定し、解決に向けた取組や議論をしても、表層的なものにしかならない。
だからね。
自分の回りを見て、あれ?と思うこと。
そしてそれを解決するには基礎知識を勉強すること。そして解決策が見えたらそれを実現するために必要な事を学ぶこと。
ただ座って聞いてるだけじゃテキストに載っていることの実感、意味がわからないし、テキストのように綺麗に割りきれることばかりでも無いことが学べないから。
それにね、1つやってみると次々に疑問をもったり出来るようにもなるし、テキストを読んでも脳内で自分の身の回りに置き換えて想像することが出来るようになるので学びは多いと思いますよ。
ただテキストを暗記して大学卒業を目指す人には面倒くさい作業になるとは思いますが。
あー、多分テキストを読んでいるだけでは表層的、頭でっかち。理解が実践に落ちてこないというこれまで何十年もの反省があるんじゃない?
卒論に相応しい内容になっていない、とかね。だから先ずは皆とやる。そしてそれを踏まえて卒論に取り組む、という事なのでは?
探究を卒論の前段階と呼ぶ時点で、発想が止まっています。学びは順序ではなく構造です。知識を揃えてから探究に入るという考え方こそ、学問を形骸化させてきた原因です。
知識がないままでは表層的になる、という言葉は便利な逃げ道です。実際は逆です。知らないことにぶつかった瞬間にしか、本当の学びは始まりません。欠けを感じて、そこに自分で手を伸ばす。その衝動が思考を動かすのです。
体験を重ねることが学びだとする風潮も浅いです。体験は材料にすぎません。そこから何を抽出し、どう概念に変えていくか。その過程を経て初めて知になります。
学びとは行動の数ではなく、思考の深さで測るものです。探究とは活動ではなく、世界を問い直す姿勢そのものです。順序や方法を語るうちは、学びの入り口にも立っていません。




































