今年入学した高1生が語る青春リアル
東大が英語授業の新学部2つを設立予定、英語に強い学校のニーズはさらに高まる?
東京大学
1. AIや宇宙のほか、半導体やロボット、量子科学などの幅広い先端分野を扱う「ディープテック学部」(仮称)
2. コンピューター科学を専門とする「コンピューティング学部」(仮称)
2031年度に進路として選択できる予定。
定員は計約400人で、講義は英語で行う。
中高で英語に強い学校だと、授業の理解度も早そうだね。
中国の大学受験は約1300万人が受験する。インドも約1000万人が受験する。
米国トップ大学の合格率は5%未満という世界最高水準の競争率となっている。
他方、日本の大学受験は約60万人。米中印のトップ校がいかに競争率が高いか。東大などが中国人にとっていかに楽勝かがわかる。
東大や東北大などが英語授業、留学生半数として、国際標準近い入試を導入していくだろう。
もはや競争力を高めるには、世界中から優秀な人材を受け入れるしか方策がない。可能な限り日本の大学は世界を魅了する教育内容や教育環境等に変革していく必要がある。
>本来、生徒個人が探究心や好奇心をもってみずから学習していくべきもの
ここだけ同意できました。しかし、現在の探求は、わざわざ科目・時間を設けて生徒に探究させる、いわばお膳立てされた探究であり、「みずから学習していくべきもの」に矛盾していると思いませんか。
学校は探究のきっかけをつくる場、探究する環境を提供する場、探究心を培う場にしていけばいい。
自分で探究したことを議論する、アイデアをもらう、検証する、実験する、そうした場にしていく。
スタンフォード大学などは学生たちが起業のアイデアやそれを実現するためにグループで白熱した議論している。
日本の大学の講義を聞いてサークルにいってバイトしてなどとはまったく違う。それは常に受け身の教育をして労働者として育てられる教育をしてきたから。
起業家や投資家、研究者などになる教育をしてきた米国トップ大学と金太郎飴のような労働者を量産してきた日本の教育。根本的に違う。
>日本の大学の講義を聞いてサークルにいってバイトしてなどとはまったく違う。それは常に受け身の教育をして労働者として育てられる教育をしてきたから。
私は日本の大学でよかったと思う。サブスク方式だから、語学・教養から専門まで、興味のままに履修したい放題。他学部の科目を多数履修したことがいまの仕事につながっている。米国だと、1科目ごとにお金がかかるので、履修科目は厳選せざるをえない。「受け身」なのは、本人の姿勢であって、教育の問題ではないと思う。私自身は、高校時代は受験勉強を優先して我慢していた探究(自己の探求ですが)を、大学に入って存分にすることができた。「探究」の機会をつくっても、受け身の人は受け身のままだ。日本の大学ほど、自由に探究できる場はないと思う(昔に比べると、自由度は小さくなっていますが)。




































