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受験する学校選び2

【7825568】
スレッド作成者: 学び (ID:TcaSKVsMgpE)
2026年 07月 23日 23:56

 以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を選ぶご家庭が顕著になっています。

 探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容やイベントが多く楽しそうな学校等の教育環境で選ぶご家庭が増えています。

 社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共感しませんか。

【7827698】 投稿者: Mǡrgạux   (ID:FkiPsVh5zIE)
投稿日時:2026年 07月 31日 07:17

相変わらずですね。
まず、AIが知的労働を代替することと、人間の知性が不要になることは全く別の話です。

AIは計算、検索、要約、生成は得意になります。しかし、その結果を評価し、責任を負い、目的そのものを設定する主体は依然として人間です。

実際、AIが普及すればするほど、AIを使いこなし、その出力を批判的に評価できる人材の価値はむしろ高まっています。

次に、人類は知力より武力の世界に戻るという点ですが、歴史認識もかなり単純化されています。

古代ギリシャ、中国、イスラム世界、近世ヨーロッパを見ても、国家の興亡を左右したのは武力だけではありません。

兵站、数学、法律、航海術、医学、金融、行政、外交。強い国家ほど、知を制度化してきました。
武力だけで繁栄した文明など存在しません。

さらに、ブルーカラーだけが残るという予測も疑問です。そもそももうブルー、ホワイトという単純なカテゴライズ自体が昭和で過去というのは置いておくとしても。

現在AIの導入が急速に進んでいるのは、いわゆるホワイトカラーだけではありません。

建設では自動施工、物流では自動搬送、工場では協働ロボット、農業では自動収穫、介護でも支援ロボットが実用化されています。

身体労働も例外ではなく、人手不足が深刻な分野ほど自動化投資は加速しています。

つまり、AIは知的労働だけを置き換えるのではなく、人間の仕事全体を再設計している最中なのです。

その結果、残るのは知的労働か肉体労働かという区分ではなく、AIと協働できる仕事と、人間にしか価値を生み出せない仕事でしょう。

だから、東大より国士舘という結論にも論理がありません。まあいつもの東大と名乗って東大ディスはマストで入れないといけないみたいですね。

もし本当にフィジカルだけが価値になるなら、国士舘ではなく、自衛隊やトップアスリート養成機関が最高峰になるはずです。

しかし現実には、防衛もスポーツも、AI、データサイエンス、シミュレーション、医学、工学への依存を急速に強めています。

結局、知力と体力を対立概念として捉えていること自体が、少し前の時代の発想なのだと思います。

AI時代に価値を持つのは、知力か体力かではありません。

知力、体力、創造性、倫理観、コミュニケーション能力、そしてAIを道具として使いこなす能力を組み合わせられる人です。

AIが知性を不要にするのではなく、人間に求められる知性の中身そのものを変えていく。

私は、そちらの方が現実に近い未来像だと思います。

【7827715】 投稿者: 今後人間に求められる知性とは   (ID:Hn7T7iHRqoI)
投稿日時:2026年 07月 31日 08:36

AIが進化し、人間に求められる知性とは何か、それが人間に求められるのであれば、教育はその能力を培う必要がある。

東大等の一般選抜入試の枠がなくなっていくのは、そうした時代を見据えたもの。総合型選抜入試や学校推薦はそうした能力が必要だと判断した大学経営層の集積。

総合型選抜入試は学力検査だけでなく面接が必須となったが、それ以外は自由。論文でも書類審査でもその他の方式でも可能。

しかし、最も必要なことは総合型選抜入試にするにしても、今後人間に求められる知性とは何かを考え、そういう能力を有する人材を選抜していくことが当たり前になっていく。

【7827768】 投稿者: 保護者による子どもの動機づけ   (ID:CfIFlRIlm0I)
投稿日時:2026年 07月 31日 12:48

サピックスや鉄緑に通塾しても、チラシにのるような第一志望校に合格できる人材は限られている。

たとえ難関校に通学できたとしても、大学受験で第一志望校に合格できるのは限られている。

この違いはどこにあるのだろうか。同じ教育を受けても学力格差はひらく。

まずは自立的に学ぶ習慣を身につけることが大切だといわれるが、なぜ自立的に学ぶ子どもと、言われないと学ばない子どもと、言ってもなかなか学ばない子どもでわかれるのだろうか。

戦記ではないが難関校にいく子どもの家庭には、そもそもテレビがない、スマホがない、タブレットがない、等の子どもが学びより熱中するモノがない等の家庭環境の違いだろうか。

それとも家庭で親子のルールを守る素直な子どもとそうでない子どもの差だろうか。

【7827803】 投稿者: Mǡrgạux   (ID:rYKTXl92bYU)
投稿日時:2026年 07月 31日 13:25

ご指摘の通りだと思います。

AI時代に人間に求められる知性とは何か。その問いを考え、それを育てられる人材を選抜する方向へ大学が向かうこと自体は自然な流れでしょう。

ただ、そこで終わってはいけないと思います。

では、その知性とは具体的に何なのか。

創造性なのか、課題発見力なのか、倫理観なのか、他者との協働なのか、それとも異分野をつなぐ構想力なのか。

ここが曖昧なまま「総合型選抜なら測れる」という話になると、評価の客観性や再現性が課題になります。

AI時代だからこそ、知識は不要ではありません。

むしろ、AIの出力を批判的に評価し、誤りを見抜き、何を問いとして設定するかには、確かな基礎学力や専門知識が前提になります。

私は一般選抜と総合型選抜を対立させる必要はないと思っています。

知識や論理的思考力を測る仕組みと、創造性や主体性を評価する仕組みは、本来補完関係にあるはずです。

AI時代に必要なのは、どちらか一方ではなく、その両方をどう組み合わせて評価するかではないでしょうか。

【7827805】 投稿者: Mǡrgạux   (ID:rYKTXl92bYU)
投稿日時:2026年 07月 31日 13:29

とても興味深いテーマですね。

ただ、私は一つの要因で説明できるものではないと思っています。

テレビがないから、スマホがないから、あるいは読書をしているから難関校へ行けるのであれば、教育はもっと簡単です。

現実には、同じ家庭環境、同じ塾、同じ学校でも結果は大きく分かれます。

以前も書きましたが、私は本の虫でした。一方、兄は私ほど読書をしませんでした。

それでも第一志望だった理Ⅲに現役で合格したのは兄で、私は届きませんでした。

この経験だけでも、読書量だけで学力は説明できないことが分かります。

では何が違うのか。

認知特性、ワーキングメモリ、処理速度、興味関心、自己効力感、家庭環境。。。は一緒か 笑、運、出会った先生……様々な要素が複雑に絡み合っているのでしょう。

自立的に学ぶ力が重要なのは私も同意します。

ただ、それを「親が作れる」と言い切るのも少し違う気がします。

親が環境を整えたり、きっかけを与えたりすることはできます。

しかし、最終的に内発的な動機づけが育つかどうかは、本人の資質や認知特性との相互作用が非常に大きい。

教育学や心理学でも、一つの要因だけで学力差を説明できるという結論にはなっていません。

だからこそ教育は難しく、そして面白いのだと思います。

【7827893】 投稿者: 総合型選抜入試とは   (ID:c6S24RG0/ok)
投稿日時:2026年 07月 31日 22:05

知識や論理的思考力を問う能力と主体性や創造性などの能力は補完関係であるのはそのとおり。

しかし、知識や論理的思考力に加えて、主体性や創造性等も評価するのが総合型選抜入試のこと。

総合型選抜入試は主体性や創造性だけでなく、知識や論理的思考力などの学力検査も含む概念。

まずはそのような基本的理解が不可欠。

【7827895】 投稿者: 今後人間に求められる知性とは   (ID:c6S24RG0/ok)
投稿日時:2026年 07月 31日 22:15

総合型選抜入試は各大学のアドミッションポリシーに基づく学生像に適するかどうかで選抜する入試。

各大学によってアドミッションポリシーは異なる。多くのケースでは自ら問いを見出す能力、その課題を解決する能力、他者と協働して学ぶ能力、主体性等を評価することがアドミッションポリシーに基づく学生像に明記されている。

結局、各大学が定めるアドミッションポリシーに応じた能力が必要となり、今後人間に求められる能力と各大学のアドミッションポリシーたる評価基準が同じ方向性であることが重要。

【7827917】 投稿者: 保護者による子どもの動機づけ   (ID:c6S24RG0/ok)
投稿日時:2026年 07月 31日 22:35

この話をすると多くの場合、地頭、遺伝等で話が終わる。特に兄弟姉妹のいる家庭は同じ塾、同じ学校、同じ家庭で育ったのに大きく違うと、結局遺伝だ、地頭だと言って終わる。

それでは自立して学ぶことができない子どもの保護者たちの参考にはならない。

結局、勉強には子どもの関心をひくことができないことが最も大きな要因。多くの子どもがゲームやYouTubeやSNS等に関心をもち、熱中するのは、それが楽しいからだ。本来学びは好奇心や関心に基づく主体的な学びであるべきなのに、子どもにとって関心もない与えられた課題たる勉強を強いるのだから関心がないのも無理はない。

個人の関心、好奇心、探究心に基づく主体的な学び伝統校あれば、教育や学びはもっと肯定的な者となったはずだ。

今の日本の教育には大きな欠陥があるのは明らか。子どもが関心をもって自立的に学ぶようなきっかけや環境等を提供することが必要だ。

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