先生が感じた女子美生の印象
受験する学校選び2
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を選ぶご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容やイベントが多く楽しそうな学校等の教育環境で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共感しませんか。
いや、政策の妥当性を議論することと、その政策が今の政治過程で実現するかは別でしょう。
国民の支持が得られるか、財源があるか、官僚機構が動くか、与党内で合意できるか、国会を通るか。これは政策を実装する段階の問題です。
その前段階には、そもそも何を目指すのが望ましいのか、どの政策が有効なのかという政策評価がある。
手続きを考えない政策論が無意味なら、現行政策への批判も、新しい政策の提案も、全部無意味になってしまう。
17分野についても同じです。
17分野を掲げること自体が悪いのではなく、限られた資源をどう配分するのか、各分野にどの程度投入するのか、成果をどう測るのかが問題になる。
そして、政府が今そうしているから、それ以外の考えを論じても無意味という結論にはならない。
寧ろ政策論とは、現在の選択が本当に最適なのかを比較するためにある。
現実の政治過程を理解することと、現状を前提に思考停止することは全く違います。
決定論と自由意思論の話でも言ったように、程度論がある。
100mの世界記録の突破を目指してトレーニングするという話と、100mを5秒で走るトレーニングをするのでは意味が違う。
世界記録でも十分空想だが、トレーニングのモデルに沿ってやる意味はある。5秒だと人間の骨格上無理だろうから、目標数値として意味がない。
いや、そこは5秒という目標ですらない、という指摘が一番重要でしょう。
100mを5秒で走るなら、少なくとも測定可能な目標であり、人間の生理学的限界という反証もできる。
速いランナーみたいに走れ、では目標も測定基準も達成条件もない。
だから、空想か現実かという問題以前に、政策として評価可能な形になっているかが問題になる。
ただ、ここで逆に重要なのは、理想を語ること自体が無意味なのではないということ。
世界記録を超えるという目標は現時点では困難でも、そこから必要な技術、訓練、環境を逆算できる。
政策も同じでしょう。
スタンフォードのように、研究、人材、起業、資本が循環する環境を作りたい、というのは方向性としては意味がある。
問題は、その理念を日本で何に置き換えるのか。
大学の制度をどう変えるのか、研究資金をどう配分するのか、企業との接続をどう作るのか、何を成果指標にするのか。
そこまで落とせば政策になる。
逆に、速いランナーみたいに走れ、で終われば何も検証できない。
だから批判すべきなのは、理想を語ったことではなく、理想から現実への変換設計があるのかどうかでしょう。
空想と戦略の境界は、壮大さではなく、検証可能な中間段階を設計できるかどうかです。
このスレで政策論をいくら語っても何も実現できるわけではない。
重要なのは保護者一人一人の子どもへの教育に対する意識や考え方だ。保護者たちや子どもたちの意識や考え方によって中高の教育や大学の教育が大きく変わっていくということ。
実際に従来の教育を続けてきた中高一貫校が探究学習やグローバル教育など外部人材を活用して、教育内容や教育環境等を変革していくケースが多くなっている。それは社会の変化に伴う保護者たちや子どもたちのニーズがあるからでもある。
結局、中高の教育や大学の教育等を変えるのは、保護者たちや子どもたち一人一人の意識や考え方次第だということ。
例えば、保護者たちや子どもたちがスタンフォード大学など世界のトップ大学を目指す人が多数出てくれば、世界トップ大学に多数合格者数を輩出する中高に人気が集中する。
今まで東大や医学部の合格実績の高い中高が人気があったが、世界トップ大学を目指せる中高が人気となっていく。
東大なども世界トップ大学を目指せる学生たちをとりたいと考え、国際標準に近い選抜方式にしたり、学部から英語授業にしたり、世界トップ大学のような教育内容等に変革したりしていく。
つまり、世界と競争することで、教育内容や教育環境等をより社会の変化を見据えた方向に大学や中高みずから変革していくということ。
現実として国際系私学の台頭や学部から英語授業、AO入試をもとにした総合型選抜入試への移行等が生じている。
適当な言葉を踊らせるのではなく、ミクロ経済理論に基づいて、理論的に考えないとならない。
自分の頭を使うこと。
完全競争市場の理論と言って、参入退出の自由のある完全競争市場では超過利潤はゼロになる。つまり、儲からん。
それは主体的な学びとか、スタンフォードとかは理論的に何の関係もなく、完全競争市場では儲からない。
単純な話で、参入退出が自由な外食とか小売とか、そういう場所では限界収益が限界費用を超える限り新規参入が止まらないからだ。バイトの時給みたいにこんな安いと働いても食っていけないレベルまで下がる。
逆に超過利潤があるのはどんな市場かと言うと、参入退出の自由がない。つまり、特許とか独占寡占の城壁のあるところ。
だから、子供の夢とか関係ないし、やることは受験勉強やっていい大学、いい会社、資格を取ること。芸術やスポーツはダメ。
これ、スレ立ててやったけど、誰も反論できなかったぞ。






























