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受験する学校選び2

【7825568】
スレッド作成者: 学び (ID:TcaSKVsMgpE)
2026年 07月 23日 23:56

 以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を選ぶご家庭が顕著になっています。

 探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容やイベントが多く楽しそうな学校等の教育環境で選ぶご家庭が増えています。

 社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共感しませんか。

【7830155】 投稿者: 訂正   (ID:bFxOinbTivg)
投稿日時:2026年 08月 05日 22:46

便器→勉強

【7830158】 投稿者: Mậrgậux   (ID:u8oylk.jjOY)
投稿日時:2026年 08月 05日 23:16

そこなんです。

私は、いわゆる地頭という曖昧な概念を、それほど信じていません。

ただ、学力に影響する個人差として、明らかに存在すると思っているものがあります。

一つは、必要なときにスッと学習モードへ入れるスイッチ力。もう一つは、面倒でも一定期間努力を継続できる能力です。

この二つは、単なる精神論ではないと思っています。

興味があるから勉強する、親に言われたから勉強する、という話とは違う。遊ぶときは遊ぶ。しかし必要になれば切り替える。そして、面倒でも一定量を積み上げる。

このメリハリと努力の持続性には、子どもを見ているとかなり大きな個人差があります。

そして悲しいかな、私の実感では、これは教育や親の働きかけだけで自由に作れるものではなく、気質や実行機能、自己制御傾向など、生得的な要素がかなり強い。

もちろん環境や訓練の影響を否定するつもりはありません。

ただ、同じ環境を与えても、勝手にスイッチが入って努力を継続できる子と、なかなか入らない子がいる。

私はこの差を、地頭という一語で片付けるより、はるかに現実的な学力形成の要因だと考えています。

だから、成績上位者を単純に地頭がいいと説明することにも、逆に親の教育が良かったからと説明することにも違和感があります。

努力できること自体が、残酷ですが一種の才能なんですよ。

【7830178】 投稿者: オンオフ   (ID:MYQ1lgK1SCI)
投稿日時:2026年 08月 06日 00:01

生得的と言っている時点で地頭論と変わらない。

要は努力や保護者の働きかけではどうしようもないという意味で地頭論と変わらない。

オンオフの切り替えができる、できないが生得的であるならば、保護者は子どもの関心や好奇心を喚起する働きかけをした方が可能性があるということ。

【7830188】 投稿者: Mậrgậux   (ID:vyXgVnYzTy.)
投稿日時:2026年 08月 06日 00:34

いや、そこは全く違います。

生得的な要素があるという一点だけで、地頭論と同じにするのは雑すぎます。

私が言っているスイッチ力や努力の持続性は、何となく覚えが良い、何となく忘れにくい、といった曖昧な能力ではありません。

例えば、実質的に勉強時間を1日3時間確保できる。それを30日、60日、半年と継続できる。

これは行動として観察できますし、実質的な学習投入量としてかなり定量化できます。

さらに、遊びやスマホなどの誘惑がある状況でも、必要になれば学習に切り替えられる。切り替えた後に一定時間集中を維持できる。

これも行動として測定可能です。

地頭という言葉は、しばしば成績という結果から逆算して、理解力や処理能力などを一括りに説明するブラックボックスになりがちです。

私が言っているのはそれとは違う。

学習に投入できる時間を確保する能力、切り替える能力、それを一定期間持続する能力という、実際の学習行動に直結するスキルの話です。

もちろん環境や保護者の働きかけで変化する余地はあります。

しかし、そこに生得的な個人差があることと、地頭論が同じということにはなりません。

生得的な要素がある能力は世の中にいくらでもあります。

身長が生得的要素を持つから、身長と地頭は同じだ、とはならないでしょう。

先天性の有無ではなく、何を能力として捉えているのか、どう観察・測定できるのかが重要です。

私は、地頭という曖昧な説明変数より、こうした学習行動を規定する能力の方が、成績との関係を具体的に議論できると思っています。

【7830191】 投稿者: オンオフ   (ID:RrfJu/qwg/A)
投稿日時:2026年 08月 06日 00:44

オンオフの切り替えにつき、保護者の働きかけや環境整備ができないという点において同じ。

結局、保護者が子どもにできることは何なのか、に対する答がない点で同じだ。

子どもになぜ、どうしてと問うことで関心を喚起するとか、子どもとコミュニケーションを増やして動機づけを行うとか、そういうことが中学受験保護者は知りたいのでは。

やる気のないのり子どもにどう対応したら良いのか、それが多くの保護者の知りたいことなのではないか。

【7830195】 投稿者: Mậrgậux   (ID:p/Qwye3ZdwM)
投稿日時:2026年 08月 06日 00:53

そこも論点がずれています。

私は、保護者にできることがないとは一言も言っていません。

環境整備も、声掛けも、動機づけも、コミュニケーションも当然意味があります。

ただ、それをやれば誰でも同じようにオンオフを切り替えられ、同じように努力を継続できるわけではない、と言っているだけです。

寧ろ私が言っているスイッチ力は、保護者の働きかけとは別に観察できる行動特性です。

例えば、同じ環境、同じ教材、同じ声掛けを受けても、ある子は自分で切り替えて1日3時間勉強し、それを60日続ける。

別の子は最初の数日はできても、1週間で崩れる。

この差を、すべて保護者の関わり方の差として説明するのは無理があります。

そして、だから保護者にできることがない、という結論にもなりません。

保護者ができるのは、子どもがスイッチを入れやすい環境を作ること、誘惑を減らすこと、適切な目標を設定すること、声掛けや動機づけをすること、そして必要なら外部の支援を使うことです。

ただし、それをやった上でなお残る個人差がある。

私はそこを言っています。

中学受験の保護者が知りたいのは、もちろん具体的な働きかけでしょう。

でも、それと子どもの能力差をどう説明するかは別問題です。

やる気のない子にどう対応するかという実践論と、なぜ同じ働きかけをしても学習行動にこれほど個人差が出るのかという説明論を混同しない方がいいと思います。

保護者にできることがあることと、保護者の働きかけですべて決まることは、全く別です。

【7830209】 投稿者: 保護者   (ID:kAL0WHtmdBw)
投稿日時:2026年 08月 06日 06:33

>そして悲しいかな、私の実感では、これは教育や親の働きかけだけで自由に作れるものではなく、気質や実行機能、自己制御傾向など、生得的な要素がかなり強い。

この辺はかなり似た感覚を私も持っています。
だからこそ、親は良く分かるんですよ。遺伝も大きく関わってくる所だから。
親が自分を美化せずに謙虚に自分の小さかった頃を思い出せば
なんとなく、子どもの行動をみているだけで、「あぁ、こういう風にみているんだろうな」という
事が理解でき、
自分の小さかった頃も同じ事を思っていた、でもそれは違った。だから
それとなく矯正していった方がこの子は苦労をしないですむな、
と思えば「働きかけ、声かけ」をこまめにやって軌道修正をしていくんですよ。

親が自分の小さかった頃、自分の短所について考えが至らない場合は
子どももまた同じ轍を踏んでいくんでしょう。「性さがを超えられない」。

【7830227】 投稿者: 自立的な学び   (ID:Tv4OwE8wf0.)
投稿日時:2026年 08月 06日 08:45

声かけ、働きかけはするけど、子どもが勉強するまでの間、オンになるまでの間に時間がかかる子もいれば、すぐにトイレや食べ物飲み物等の休憩に入ってしまう子もいる。

共働きが当たり前になっている今日、子どもに声かけ、働きかけをするにしても、ある程度は自立的に学ぶことができないと厳しい。

個別、家庭教、親の伴走を続けていても、子どもはやらされ感から自立的に学ぶことは難しい。

結局、オンオフにしても、オンという自立的な学びを子どもみずからするか、親がいうか、の差が大きく多くの子どもは親の関与がないと学ばない。

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