充実した教育環境の日大付属高校
この学校の創立時はどんな?
エデュで、四谷の偏差値すら数値が出ていない学校が
勧誘のバナーなど出しているのを見ると、生徒集めも大変
だなぁと思うのですが、渋幕はわりと初期から県千葉に次ぐ
進学校の立ち位置を確立し、あれよあれよという間に県内
髄一の進学校となってしまいました。
生徒集めに四苦八苦している他校を見ていると、一体どう
やって黎明期から優秀な生徒を集める事に成功したのか、
とても不思議です。
この学校の創立時はどんな触れ込みで生徒集めが行われたのでしょう?
何も実績の無いところからどうやって信頼を得たのか知りたいです。
昭和63年に千葉東の滑り止めで受験し合格しました。
願書には他の受験校、模試の平均偏差値、を記入しました。
当時の偏差値は確か東邦、市川、渋幕の順で、東邦と市川は男子校でしたね。
一般入試がずいぶん厳しくなり、東邦に受かっても落とされた人が複数出て衝撃でしたが、推薦(第一志望)を受けた人はどんなに偏差値が低くても合格していて、とても同じ学校に進学する人の偏差値とは思えないと話したものです。
当時から英語は重視しているようでした。
当時の地元検見川を卒業した方を知っていますが優秀です。今思えば当時ですからあえて遠方まで行かなかったのでしょう。
当時はその下に県立の幕張4校と私立2校が出来たばかりでした。
40年間に入れ替わった、昔を知らない人には受け入れられないでしょう。
・今の私立一貫校の良さを体感しているからこそ昔話が出来た次第です。
恐らく当時の受験生は前年(昭和62年)の進学実績を参考にされたと思いますので。
市川 東大7 京大3 他帝21 一橋1 東工6 早稲田112 慶應28
東邦 東大0 京大2 他帝10 一橋0 東工2 早稲田23 慶應12
明らかに市川>東邦ですね。
ここ東邦の話題を語る場所ではないんですが、
東邦大東邦は元々は別学、昭和45年から共学。
ソースは公式サイトhttps://www.tohojh.toho-u.ac.jp/school/history/index.html
昭和末期に男子校だったのは完全なデマです。
市川の共学化は2003年、平成15年からです。
渋幕には関係のない話でした。
返信ありがとうございます。
千葉の田舎でしたが渋幕は高校設立当初から話題になっていました。初めて聞いたときは学校と言うだけで教育機関なのに、校名に教育と入ってるなんてどれだけ勉強させるつもりなんだと思ってましたが知らない間に県内トップ進学校になっていました。





























