アートの才能を伸ばす女子教育
この学校の創立時はどんな?
エデュで、四谷の偏差値すら数値が出ていない学校が
勧誘のバナーなど出しているのを見ると、生徒集めも大変
だなぁと思うのですが、渋幕はわりと初期から県千葉に次ぐ
進学校の立ち位置を確立し、あれよあれよという間に県内
髄一の進学校となってしまいました。
生徒集めに四苦八苦している他校を見ていると、一体どう
やって黎明期から優秀な生徒を集める事に成功したのか、
とても不思議です。
この学校の創立時はどんな触れ込みで生徒集めが行われたのでしょう?
何も実績の無いところからどうやって信頼を得たのか知りたいです。
当時千葉県内での進学、公立を第一志望としていました。
記憶が確かかわかりませんが…
私立は当時の偏差値で渋幕70、日習68、専松66、秀英は専松より下ぐらいだったかと思います。
渋幕は県千葉や東葛と同等の偏差値だったと思います。
市川は男子校で千葉の開成と言うイメージでしたが、渋幕が追いつき同レベルだった記憶です。
当時の渋幕は校舎も綺麗でグローバルで最先端で制服も素敵。ワクワクした日々が待っていそうというイメージがありました。
入試の際に、英語のリスニングを試験導入するとのことで、点数は入試には反映されないと放送があった事を覚えています。
事前の連絡は無かったと思うので当日驚いて、テストの採点に影響するのかもと緊張した事を覚えています。
翌年からリスニングが導入されたのでしょうか。
渋幕はもちろんですが、千葉県内の私立は躍進してるなと思いました。
なるほど、平成のはじめ、そんな制度を設けていたのですね。
昔から、この千葉市は、千葉大学医学部や教育学部を有しており、知的レベルの高いご家庭、ご子息が集まっている地域でした。
昭和の時代は、そのようなご家庭のエリートコースといえば、千葉大教育学部附属の幼稚園→小学校→中学校→千葉高のコースで、たまたま千葉高落ちした子は、東邦か市川に流れるパターンでした。
当時の千葉高の東大進学率が全国上位だったのは、もとを辿れば、千葉大附属小にかなり優秀な子を集めていたのと、附属小の先生の良さが大きく貢献していたと思います。
昭和の後半、40年前に県千葉と同じく千葉市にできた渋幕は、この、隣の千葉高に集まる生徒をなんとか獲得したかったわけです。
田村先生が創立当時のことを書かれた著書には、設立にあたり、千葉県教育委員会からイジワルされたとか、千葉高より立派な講堂を建ててイヤミを言われたとか、県立王国だった千葉県をかなり意識していたことが伺えます。
現在、渋幕が唱えはじめたかのようにいわれる有名な「自調自考」の校風は、もともと千葉県の進学校では当たり前のものであり、県千葉、船高、東葛高、私立の東邦も、全て共学で生徒主体の自由な学校です。
それを、渋幕がキャッチーなワードとして発信し、今まで男女別学が主流だった東京に、逆輸入されていったということです。
また、40年前、幕張の地が、一流企業を誘致し、近隣に多く集まってきた有能な帰国子女の受け皿にいち早くなったのも、急成長の一因かも知れません。県千葉はこの変化にうまく追いつけなかったのかも知れません。
その後、打倒渋幕を掲げて?千葉県肝入りで作られたのが、県立千葉中高です。(まだまだ、県千葉も東大20人くらいは出していて、優秀であることはかわりませんが。)
私立名門であった、東邦や市川もかなり煽りをくっています。渋幕に引き抜かれた先生もいましたしね。
まあ、ひとことで言って、田村先生の経営手腕には、舌を巻くばかりです。
貴方は東邦の方でしょうか?
いつの時代のことを言っているのかは定かではありませんが、渋幕設立以前の話をすれば、男子で県千葉の滑り止めに市川を併願していた人はたくさんいました(と言うかほとんどがこのパターン)が、東邦なんて聞いたこともありませんでした。
年度により多少の違いはあったかもしれませんが、ほとんど変化はなかったように思います。
当時の東邦は進学校という認識はまったくされていませんでしたよ。
ただ校則や規律が非常に厳しい学校というのは知られていましたね。
渋幕が設立されたのは1983年(昭和58年)。
この頃、千葉の私立では市川と東邦が2トップで、ほぼ互角だけど市川の方が若干上かも、という状況だったと思います。
おそらく、あなたが言っているのは昭和50年以前で、経営者さんが言っているのは昭和50年代以降なのでは。
設立間もない昭和の終わり頃の私立は今のようなことは無く、当時も偏差値は出ていたが高校も中学もどんぐりの背比べでした。残っていれば当時の偏差値を資料としてが示すべきなのだが。
県内の私立の立ち位置は田村先生の牽引力によって確立出来たと言える。田村先生が幕張に学校を設立しなかったら優秀層は今でも都内に流れていたはず。そうした意義は公立に対してはきょういとなった。その認識が県内全般まで浸透されたら教育底上げにつながるのでは無いか?
今でも中学に置いても高校に置いても、両方合格して合格偏差値の低い県立を選択する方のいる事実は有る。現状に満足せずに進学実績を積み重ねて行くしか無い。
コロナが静まり部活動も平常化した今年の進学実績が楽しみ。
本スレの過去投稿にちょうど渋幕設立前年である1987年(昭和62年)の進学実績が出ていましたよ。
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市川 東大7 京大3 他帝21 一橋1 東工6 早稲田112 慶應28
東邦 東大0 京大2 他帝10 一橋0 東工2 早稲田23 慶應12





























