在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
はじめまして。しろくま様。
このような事をご相談してもいいものかと悩みましたが、小5の息子の事について是非アドバイスを頂けたらと思い
書き込みさせて頂きます。
息子はH学園に通っております。平常授業はそこそこの成績に治まっています。
最レ算数も今年の2月から受講しておりますが、復習テストでボロボロなのです。
最初の方は、ベストも取ったり悪くても平均あたりだったのですが、
途中から殆ど平均以下・・・下から数えた方が早い状態です。
私ものんびりしているので、「まあ、いいよいいよ」と構えていたのですが
毎週そんな状態が続き、本人も泣きべそをかくようになってきたのです。
宿題は、最後の13~16番あたりは悩んだりしていますが、
だいたいは自分の力で解いております。(リビングでしているので、解答を
見ているという事はないようです)
宿題の正答率は、だいたい8割程度です。
わからない問題で解答を見て解いた問題は、素直に×も付けています。
復習テストも帰宅後やり直しさせるのですが、解けるのです。
間違えた部分を見ると、計算ミスだったり「これするの抜けてた」とか
言いながら解きなおしているのです。
「本当に理解してる?」と聞くと「理解は出来るけど、テストになると
間違える。」と言います。
精神的な部分が弱いのか、本当の意味で理解できていないのか、
わからなくなっています。
ただ、最レを受講するようになってから、平常が楽になったので
最レは辞めたくないとも言います。
でも、最レのクラスは楽しくないとも。(成績悪いから馬鹿にされるそうです)
もっとおちゃらけて、「めっちゃ悪い点取ってもーたー!」って自分から皆に言ったらいいやん?って言いますが、
生真面目でマイナス思考の性格でして無理なようです。
平常クラスでは、真逆でとても楽しそうにしています。
このままだと他のテストにも影響が及びそうで、どうしたものかと
悩んでいます。
「塾講師そのものの資質が再評価される時代」さま
そうですよね。これだけ受験の幅が広がるようになった昨今、やや不謹慎ですが、おいしいお店が紹介される雑誌があるくらいですから、塾の講師そのもののよさ、が大きくとりあげられることがあってもよいはずですが、どうしてもハコ、すなわち塾の評価に偏重されますよね。
武田信玄ではないですが「人は城、人は石垣、人は堀」。講師そのものが塾、といってもよいと思うのです。
塾の歴史をふりかえると、講師個人の技量→システムの充実という流れがありました。「この人でなければ」から「この人でなくとも」の時代ですよね。でも、「この人でなくても」の時代の次は必ず「だからこの人」の時代になる気がします。システムはどこも同じ、だからこそ人の価値が再び上がる…
覆面調査員による「ミシュラン塾講師版」なんかがあればよいのですが残念ながら「第三者機関」としては存在しません… しろくまがもっと元気ならば、いろいろな塾を潜入取材して「星三つですぅ~」とか発表したいところです。
また客観評価が難しいのが塾と講師ですよね… その子に合うか合わないか、というのは保護者と何よりお子さんによってそれぞれまったく違うのですから…
戦術・戦略・兵站の三要素、というのがあります。
戦術、いうまでもなく授業のうまさ、わかりやすさ。
戦略、いうまでもなく受験情報の豊富さ、入試までの計画立案能力。
兵站、これは心のケアや悩みの相談とその解決。
講師の採点はこの三つの要素でみるべきですが三拍子そろう人などは1割いるかいないか… 出会えたらつかんで離さないっ しか、よい方法はありません。
授業見学ができない塾はほとんどありませんが、自分の目でみて子どももいっしょに見て… という方法しかなかなか無理なのでしょうね。
蛇足ながらアラカルト時代もくるかもしれません。算数はここ、国語はここ、理科はここ、社会はここ、みたいな「自由選択」の時代が… 大学入試はわりとこういう方法も選択肢としてフツーにありますがそういう方法が適している子と適さない子もいて、なかなか難しい…
でも、塾選びに、講師選びの視点が無ければいけないことは確かです。
しろくま様
丁寧で親身なアドバイスありがとうございます。子どもとも、よく話し合ってみたいと思います。6年間の中高一貫に行くのですから、じっくり考えなければいけませんね。
>「はなび」さまのお子さんは、わりと、「中学では背中を押してくれる学校で高校からは本人の自律にウェイトを置いてくれる学校」が適しているというか…
第二志望の共学校が、中高では生徒の管理姿勢が違うのかどうか、説明会等で聞いてみようと思います。
息子の最大の特徴は、興味を持ったことにマニアックにのめり込む所で、そこを伸ばしてやりたいと思って受験を考えていたことを、ちょっと失念していました。最近受験勉強で忙しく、あまり趣味にのめり込んでる姿を見かけなかったもので…。その興味対象が、漢字であったり、歴史であったり勉強的なものが多いので、勉強が好きと書いたのですが、興味のないことには、取り組みたがらないタイプではあります。(当たり前かな)
>偏差値7差で「50またぎ」ならば、かなりの差だと思っていただいてよいでしょう。
偏差値は、H学園の公開模試を受けていて、そこでいただいたものを参考にさせていただいてます。まさに「50またぎ」です。
9月からは、YTの合不合を受けようかと考えていますが、そこでは、双方50を超えているように思います。
どちらで判断したらよいですか?
偏差値は、ばらつきがあってどこを信用していいのか、正直迷います。
考えてばかりいても仕方ないので、共学校の赤本でも買って、研究しようと思います。男子校とは、かなり出題傾向とか形式違っているので、親がまず勉強しなければなりませんね。
せめて、それくらいは頑張らないと。
本当にありがとうございます。
アドバイスありましたら、またよろしくお願いします。
「金星」さま
まずは、それはよくあるお話し。たぶん、最レの雰囲気に最初に呑まれてしまったからだと思いますよ。
わりと、腕におぼえがあって、いっちょうやったろかっ みたいな男の子たちが最レにいて、え、こんなレベルが高いのか… と、場に呑まれたところからスタートしちゃうとそうなる場合があります。
理解を深めるところに気がむいているより、点数をとりたい、ということに気がむいてしまい、ついついミスをしてしまったりまちがえちゃあいけないっ と思ってしまったりしているのでしょう。
ここは一度、本格的に時間を割いて、「いいよいいよ」「できなくてもだいじょうぶ」という路線をやめて、「よしっ お母さんも協力するからちゃんとやってみよかっ」と母強気路線に変更してみてはどうでしょうか。「いいよいいよ」というのは場合によります。むしろ平常の失敗のほうをそういう「いいよいいよ」路線で、難関講座ほど強気にモチベーションをあげてのぞむ路線、がベターです。ついつい逆にしてしまうのですが、難しいからこそガンガンいくっ という心構えを持たせてから難関講座の受講に持ち込むのです。甘くないで、ちゃんとできるか、かしこいやついっぱいおるでぇ~ と、さんざんおどして持ち込む、というのが最レ受講前の心得です。
「確かにこの点数じゃあ、最レ受けている値打ちないからね」とギクリとさせておいてぇ
次の二つを仕込みます。
「テストの点は低くてもいいから徹底的に復習していこか。わからない問題はゼロにしていく」
そして
「二ヶ月後に結果を出せるようにしよう」
と、結論を中・長期的な設定にしておくのです。
「結果を出せるように」というぼやかし方も大切です。あまり順位や数字を固定化すると到達しなかったときの落胆があります。ぼやかしておけば、前は四割やったけど五割こえたやんっ と、大げさにほめることも可能になりますからね。
ちょい芝居かかった方法ですが、ようするに難問は「復習主義」に徹していくのですよ。またダメ、まだダメ、やっぱりダメ、でも、しっかり見直し復習に徹していく…
むろん最レを「きる」のも一つの方法ですが、「何もしないで切る」のと「何かしてから切る」のでは、軽量化の後の心理状態が違います。
切る場合は、やるだけのことはやったが撤退、という印象を持たせてやってください。
何か追加質問があればどうぞ。
仰る通り、私は全てしろくま様の言われた「逆」にしていました。
>>最レのレベルの高さに自信消失が続いているのですね。理解を深めるところに気がむいているより、点数をとりたい、ということに気がむいてしまい、ついついミスをしてしまったりまちがえちゃあいけないっ と思ってしまったりしているのでしょう。
その通りだと思いました。
復習テストも1度したきり、もしくは軽く見直し程度で終わっています。
わからない問題を全部無くす程、こなしていたかも見逃していました。
きっとあやふやな部分もあったと思います。
記憶を頼りになんとなく出来た・・のかもしれません。
結論を中・長期的な設定にしておく事、目からうろこです。
目先の点数に気を取られすぎていました。
路線変更して頑張ってみます。いい結果が出たときには報告させて頂きますね!
本当に有難うございました。
「はなび」さま
お通いの塾の模試で「50またぎの差」とご理解されたほうがよいかもしれません。具体的な学校名がわからないので何ともそのへんは申し上げにくいところですが…
赤本の確認についてですが、わかりきったポイントを念のために確認しておきますと制限時間と問題数をよく見ておいてやってくださいい。
とくに国語の場合は長文2題と3題では、かなり違います。同じ制限時間なのに一方は2題、もう一方が3題、という場合もあります。
また漢字の書き取りの形式もチェックです。文章題の中の書き取りならば小5の模試の復習を念入りに、独立して大問1題ならば、ちょっと難しいめのものをしておく、というのが素人でも見てわかる目安です。
それから韻文の出題の有無も重要です。あるかないか、はっきりしていてある場合はうまく勉強すると得点源にしやすい出題です。
また男子校の場合、灘以外は、意外と物語文が好きです。しかも長いものが… いろいろ確認してみてくださいね。
しろくま様
こちらの掲示板を覗いて,なんと熱心な親御さん達の多いことかと感心すると同時に,自分にはちょっとできそうにないなと情けなく思ったりするこのごろです。
しろくま様にお聞きしたいのですが,親のフォローがないと,中学受験は不利だと言われていますが(自分で何でもできるずば抜けて優秀なしっかりしたお子さんは別として),大学受験になると,親の格差?は関係ないのでしょうか?
親は,勉強に関しては一切ノータッチ,というか教えたくても学がないのでさっぱり,しかも塾も予備校もなく,地方の公立から独力で大学進学を目指す(大学に行かせてもらえるだけでもありがたい)という環境で育ったので,どうしてここまで親がお金も労力もかけてやらないといけないのか,正直違和感があるのです。
ならば,中学受験をしなければいいだけかもしれませんが,内申の苦労(ちなみに田舎は選択肢が非常に少ないので,内申の心配はありません。)や,カリキュラムの手薄さ,ライバル不在などを考えると,やはり私立?と揺れています。
小6の今頃,のんきにこんなことをいっている場合ではないのですが,しろくま様に一度ご意見いただきたく投稿させていただきました。
まとまりがなく,要領を得ない文章で申し訳有りません。よろしくお願いいたします。
「祇園祭」さま
受験というのは、真剣に考えるべきものではありますが深刻に考える必要はありません。
まず、親の「フォロー」は様々ですよ。お金をつぎこむ、というと何かえぐい表現ですが、生きていくのに何を選んでもけっきょくお金はかかるもの。お金の「かけ方」も人、さまざまでよいではないですか。
それから親が勉強を教えることも「フォロー」の一つですが、むろんそれがすべてではない… できる人がやっているだけでできない人は、健康管理をしてやって、お弁当をつくってあげて、塾へのお出迎えやお見送りをしっかりする… これも立派な親の「フォロー」。
もっとわたしが、もっと○○が… と、「タラレバ」を嘆く方も多いですが、親が黙って見守っていてくれて心強かった、と、述懐する子たちも多かったですよ。
昔は関西では奈良の入試が1月半ばにあり、2月頭にもあり、そして3月1日が統一入試でした。1月半ばの入試で、誰もが合格すると思っていた子が不合格になりました。お母さんはおろおろ… 本人はその日は激しく落ち込みましたが、翌日すぐに立ち直りました。
なぜ立ち直れたのか… 本人が後に語ってくれました。お父さんが、いつもと何も変わらず、テストの話もまっったく触れず、食事後、毎日一局将棋をする習慣をその日も続けてくれたそうだからです。何事もなく、いつもと変わらず… な~んもしない、な~んも変わらないという安心感があったのでしょう。あ、べつに何てことはないんだ、と思えたそうです。
これってすばらしいフォローですよね。
「祇園祭」さんも、学校行かせてもらっただけでありがたい、と思われたわけでしょう。しかも、塾もなく予備校もない地方の公立から大学入試をされた…
わたしはそういう方々の入試を「原野入試」と呼んでいます。
原野に投げ出され、自分で土地を切り開き、耕し、水をひき、雑草を手で抜き、害虫をつまみとる… 難問が出ようが形式が変わろうがびくともしない… それにひきかえ都会の塾の子たち… 整地された土地をあたえられ、農具も用意され、ビニルハウスも建ててもらい、肥料も農薬も渡されて、はい、どうぞ… 能率良く快適に勉強していくが、ちょっと難問が出たら、そんなん習ってないっ プリントに書いてないことが出たっ と、まぁ何と見苦しい文句を並べること…
東大でも京大でも、地方の公立やら私立やらの、非能率努力突破型の野太い勉強で合格してくる強者たち、た~くさんいますやん。
そういう経験がおありになる保護者は、むしろ、都会の受験親とは違う角度から、受験をめざすお子さんにアドバイスができますよね。
みんながしているから同じようにする、というのも「受験のかたち」ですが、みんながしていることとは違うことをする、というのも立派な「受験のかたち」です。
また、親がこうだったから子もこうだ、も一つの形ですし、親はこうだったが子どもはこう、も一つの形です。うまく使い分けられればよいのですよ。
親として他人にできて自分にできないことを嘆く必要もありません。
親として自分にできることなのにしてやれないことを一つでも減らしてやってください。




































