在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
しろくま様
とてもとても情けない母の心を吐露させて戴く事お許し戴けますでしょうか?
いつも、皆様としろくま様とのお話を読ませて頂き感心するばかりです。
慣れぬパソコンに格闘するのやこんな相談は場違いかな・・と悩みましたが思い切って。
新5年生の息子が居ります。 心の優しい子です。
私の誘導で進学塾に低学年から通い、 先生にも恵まれ成績については塾に お任せしております。
けれど、息子は家でゆっくりするのが一番好きな様で学年毎にきつくなる生活に疲れも見えております。
そんな息子を見ていて きっと(絶対に・・)私に気を遣って塾に行ってるのだと思い4年になる時に塾を続けるかどうか話し合いました。
本人は辛いけど、難しい問題を解けた時は塾は楽しいし 友達も居るからもう
少し頑張ると。 主人は 辞めたくなったらママが反対してもすぐに辞めさせるから やってみろと。
受験を選択したのは 転勤族で幼稚園小学校を幾度と変わり得るものもありましたが可哀想な思いもさせて来ました。 だから中学校からは入学から卒業ま で 一貫した学校生活を送らせて一生の財産となる友人を築かせたい。
また、学校の勉強より塾の勉強を楽しいと思っているなら、そんな学校が見つけられたら行かせて上げたいと すべて私の思いだけです。
先日の休日に久しぶりに幼児期のビデオを息子と見ました。
息子は「あくび!」言いましたが涙でした。
その夜 息子は堪え切れず泣き出して・・
あの頃みたいに毎日ママに抱っこされて一緒にいたい。
なんで大きくなっちゃたんだろう、もうママに重くなったから沢山抱っこして貰えないし 忙しくって一緒に居る時間もちょっとになった。なんで大きくなっちゃったんだろう・・
私も泣いてしまいました。もう塾は辞めよう、もっと楽しい時間を増やそうと言ってしまいました。
今朝 息子は「ママまで弱気になっちゃ駄目だよ!」と言い登校しました。
しろくまさま 息子は私に気を遣って我慢してますよね・・
ごめんなさい、こんな情けない話で・・
けれど 思い切って書かせて戴く事で自分の独りよがりな受験だと見えた気がしました。
主人に息子の話しを聞いて貰う様にお願いします。
長々とすみませんでした。
「こぐまの不安」さま
よい感じじゃないですか~ 心配ないですよ~ あの5原則は、ある程度塾に通いはじめて、その上で国語の模試などで点数がとれない場合の「判定方法」です。今の状況は、延長線上に「国語ができる子」が待っています。
ただ、「国語ができる子」と「国語のテストで得点できる子」は一致しません。何度もこの点は強調しますが、テストで点をとるためには、問題演習など技術的な訓練の加味が必要ですから。
さて、低学年の方で国語の学習準備、その一つの方便としての「読書」習慣をつけたい、という方のためにいくつかの話をしておきます。
まず、「こぐまの不安」さまのようなケースで、いくつかの確認事項があります。
① 「読み聞かせ」の方法
② 「本」と、「本箱」「本棚」の関係
③ 自発的読書への誘導
①についてですが、「読み聞かせ」は実は「聞かせ」ではだめなのです。お母さんが音読している、でも子どもは、聞いているだけではなく、本の文を目で追っていっしょに「見ている」かどうかが重要なのです。
こういう読み聞かせはできていますか?
そうでないと、本の朗読CDを流して聞かせているのと何もかわりません。
ついでに言えば、読みながら、この字、何て読めるか知っている? この意味、何かわかる? と時々、立ち止まって聞いてやる必要もあります。
②についてですが、子どもは本棚の本の「背表紙」を見て育ちます。背表紙には「題名」が書かれていますが、意外と、子どもの記憶に残っているのです。
こんな言い方は失礼ですが、お母さんやお父さんの本棚の本は、潜在的に子どもに影響をあたえているのですよ~ しょーもない本、本棚に並んでいませんか?
歴史が好きな男の子の家の本棚には、ずらっと司馬遼太郎の作品が並んでいる、なんていう話もあるのですよ。
読む読まないに関係なく、子どもの周囲に、とくに目の届く範囲に本棚・本箱があるのはたいへんよいことなのです。
③についてですが、①・②をふまえて、どうやって「読み聞かせ」から脱出して自分で「本を手に取る」ようになるのか。
お母さんは、まず、並んでいる本棚から、本を取り出す作業から始めて、その過程を子どもに見せていなくてはなりません。
子どもは、あ、あの本か、と思うわけです。
で、①のように読み聞かせて、続きは明日。むろん子どもが寝る場合もあるでしょうが、終われば、今度は、はいっ 本棚のあそこへしまってきてね、と子どもにその作業をさせます。で、また明日、同じ作業です。むろん、本棚から持ってこさせてもかまいません。で、読み聞かせ、今日はここまで続きは明日… で、また本をもとのところにしまってきてね…
どうぞこれを繰り返してください。
本棚の背表紙は、いわば「本の看板」「我が家の読書館の目次」なのです。
そのうちに、お母さんが次の本を決めずに、今度はどの本が良い? と子どもにそこから選ばせる、ということをします。
子どもの興味は、読書のペースを上回るようになります。やがて、あれ読みたい、続きが早く読みたい、となると、自分で本を取り出すようになります。
で、ちょっと読んでみるかな、となるわけです。
むろん、少しの演技も加味してください。
よい場面で、はい次明日、今日はちょっと用があって読めないから、また明日ね、みたいな、「じらす」わけではありませんが、そんな作戦もときには必要です。
地味で気長な作戦ですが、小1・2から小3への違った読書へのステップを促す方法としては有効です。
低学年の方には、こういう方法で、読書機会を作っていく、というのもおもしろいと思いますよ。
ただ、「こぐまの不安」さまの場合は、もう一つ、こんな言い方は失礼ですが、少し自分自身が、子どもといっしょに本を読むことにも楽しみと幸せを感じておられませんか? たいへんよいことですが、急に子どもが自分で読むっ とか言い出すとさびしくなりますよ~
小4からの塾での国語のお勉強のご心配ですが、それも今から悩まなくてもだいじょうぶです!
始まってから出てくる色々な問題に対処療法的に対応すればよいのです。
今はまず、読書を通じて語彙を増やして「読むこと」に慣れさせる。基本的にはうまくレールにのっておられますからご安心を。
「弱気な母」さま
「物語のある中学入試は成功する」と前に申しました。
まさにこういう、さまざまな思い、他人から見たら、そこまでしなくても、あるいはそんなふうには考えなくても、と思うことで苦しみ、悲しみ、そして喜ぶ、というのが中学受験を志す親子の様子です。
中学受験は
「親の思い=子の思い」
「親の思い>子の思い」
「親の思い<子の思い」
「親の思い⇔子の思い」
の4つの構造が織りなす「物語」です。
言ってしまうと「弱気な母」さまの場合、中学受験が「子の受験」になっておらず、「親の受験」になっている典型的な例です。
それを愚かとお思いですか? はっきり言うと、「今は」愚かでしょう。
でも、同時にそれは、「親子の受験」となりえる可能性の扉の前に立っている、ということです。
お母さま、苦しんでおられます、そしてまた、お子さんも苦しんでおられました、そしてお子さんは、泣いてつらい思いを吐露して、そしてそれにお母さまは衝撃を受けられました、しかし、お子さんが、お母さん弱気ににならないでっ
とおっしゃったのでしょう?
ひょっとしたらヤセがまんかも知れません。親としてはその子どものお母さんを思う優しい心を斟酌して、もういいよ、と言うべきかも知れません。
でもね、子どもは、たとえ幼くても、一個の人格としてしっかりと受け止めてやらなくてはならないときがあります。
彼は、自分で言うたのです。
今、自分の思いはこうだ、しかし、こうだ! と。
眠いから寝る、おなかが減ったから食べる、嫌だからしない、楽しいからする… これは人格の無い、欲望と他者に依存する子どもの姿です。
AでAだ、は人格の非確立です。AだがBだこそ人格の萌芽です。
つらいけど、がんばる!
息子さんは人格の確立に一歩踏み出しました。
ダサい言い方ですが、このとき、息子さんは男になったのですよ。お父さまのお話しで、受験をするにせよ、やめるにせよ、母のためにそう言えた子どもの成長をほめてやってください。
「弱気な母」さまへ追加
ただ… 家族と楽しい思いもし、勉強もして、そして中学受験する、ということも、できない話ではないと思うのです。
どうして「中学受験」と「家族の楽しいひととき」が対立項とお考えなのでしょうか… 両立できる道もさがしてみませんか? できますよ、そんな受験。
可能性とは「選択肢」と「未熟」の存在である、と前に申しました。
であるならば、可能性をつぶす、ということは「選択肢を減らす」ことと
「未熟を責める」ということに他ありません。
多様な価値観の同時存在こそ、民主社会の精髄です。
いろいろなお子さんの選択肢と未来の図があるじゃないですか。
これしかない、ここしかないんだ、と思う必要はありません。
できないは、できるの前提条件です。
親子でできる受験、探してみませんか?
しろくま様、頂いたお返事を何度も読み涙が止まらず・・
おっしゃる通りですね。 また少しお聞き下さいますか?
学校から帰るなり「ママ、夜は心配掛けっちゃってごめん。」と・・
どうして泣いたかを話してくれました。ビデオを見ていたらいつも優しいママに、自分の時間が宿題で潰れるからって嫌な顔したり朝から機嫌悪くって沢山嫌な思いさせてるって思って悲しくなった。赤ちゃんなら笑ってるだけでママに喜んで貰えるなあ~なんて何でか思って余計勝手に泣きたくなったと。
私も何故一緒に泣いたかを話しました。しろくま様のおっしゃる通り親の受験だと思っている事、今だって子供の笑顔が一番の宝物だし、どんな時だってそのままで大好きだからママの為に無理しなくて良いから何でも言ってと。
息子は出来る事なら時間を増やして欲しい。24時間を30時間になったら良いけどママには出来ないでしょ?塾は辛いけど今は6年まで辞めないって思ってる。
ママには悪いけど先生を信じているから勉強と先生と決めている事は口を出さないで欲しい。ただ、今のママの優しいママで居てくれたら大丈夫。
そう言い「でも本当に辛くなったら言うから。多分大丈夫・・こう見えても塾では頑張ってるから。」と笑っていました。
しろくま様、本当は私がいつも頑張る我が子を見て居るのが辛く可哀想で本人の人格が育って行くのも気が着かず抱きしめていたいだけの愚かな母なのですね。
こんな母ですが《親子でできる受験》探して見ます。
本当に本当に、有難うございました。また もう一度読み返して学ばせて頂きます。
アドバイス有り難うございました。
一定のリズムで睡眠サイクルをキープする方がいいのですね。
愚かな母は「寝だめ」作戦で、週末くらいたくさん眠らせてあげたいなどと考えてしまっていました。
今日も眠そうに目をこすりながら塾に行きました。
不憫です。
弱気な母さまが書いておられたように、塾通いで親子の楽しいひと時を犠牲にしているという現実に疑問を感じる事が多いです。
長女の受験の際も、本人が塾に行ってる間にお買い物をしていると、仲のいい母娘連れを見かけたりすると、自分のやっている事が間違っているのではないか?と不安に陥る時が多かったので・・・。
親子の時間、睡眠時間・・・ともに子供にとってはとても大切なものなのに。
切ないです。
塾の勉強は正直言って本人のキャパも能力も超えていると思います。
意味があるかないかもわからなくなっています。
親が迷ったりぶれたりしてはいけないのでしょうね・・・。
しろくまさま、的確なアドバイスをありがとうございました。
読書に関する3項目もとても参考になりました。
まさに目からうろこ、でした。
読み聞かせに関しては、我が家は仰るとおりただの「聞かせ」でした。
絵本だった頃は息子はむざぼる様に絵を見ながら話を聞いておりました。
今は単行本サイズの字の小さい本になってしまったので、息子は隣でゴロンと
布団に転がりながら目をつぶって聞いています。本人曰く、その方が場面
を想像しやすいそうで・・・
でも大人は本を読みながら(字を追いながら)想像して楽しみますよね。
今後は本当の「読み+聞かせ」になるよう誘導していきたいと思います。
本棚も早速リビング近くに移動したいと思います。
しろくまさまのアドバイスで心が温まり、他の方へのレスを拝見して涙し・・・
こんな素敵なスレをたてて頂いたスレ主さまに感謝したい気持ちで一杯です。
もちろん、しろくまさまにも・・これからもよろしくお願い致します。




































