在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
「流星」さま
弟さんは、自ら公立中学へいき、公立高校へ行って、そして大学入試する、と語っているのですね!
それはたのもしい「決意」です。その言葉を大切に受け止めてあげてください。そういう子は、ちゃんと親や兄弟姉妹のようすをよ~く見ているのです。
「下の子」というのは、頑固でも空気が読める子多いのです、幼稚なのに、しっかりした行動や意志表明したりするのです。
そういう二律背反なところ、困るときはあるかもですが、けっしてデメリットではありませんよ!
親の愛に上の子も下の子も当然ありませんが、その子の求める形に変えることは可能ではないですか。
なんでも同じにしてやろう、というより、その子にあった勉強方法や、その子にあった環境を用意できればOKです。
上の子には上の「物語」、下の子には下の「物語」を描かせてやりましょう!
公立中学・公立高校、というのは、明確に学習タームが中学3年・高校3年、あたりまえですが先取り学習は、私立には及ぶべくもありません。
でも各3年のタームを活かして、スパイラル(繰り返して進化する)な学習の特徴をフル活用すれば、その子の特性に合致した勉強ができます。
今読んだ内容からだけならば弟さんの適正な勉強法は「復習中心」主義です。
テストは「検証装置」と割り切ってやりましょう。テストを受ける、点数が悪くてもよい、でも徹底的に見直し復習をする。
おそくても、何回テストを受けても、点数が低くても、それには怒らず、見直しと復習をしないことに怒っていく…
復習主義が徹底的に身についている子は、公立中・公立高の流れの中では力を発揮できます。目の前の、そのこと、そのときに徹するやり方は、牛歩でも確実な力をつけていける場合が多いからです。
またダメ、まだダメ、やっぱりダメ、かも知れませんが、復習に徹して黙々と前に進んでいく、という勉強だってアリなのです。
何度もいいますが、勉強はある一定の能力を必要とすることかもしれませんが、能力というよりキャラクターに合わせてやり切ったものが良き成果を得ています。得点を上げることだけが合格させる勉強とは限りません。
がんばってくださいね~
しろくまさん、本当にご親切にありがとうございます。
そして、遅ればせながらスレ主の”しろくまさん大好き”様
このようなスレをたてていただき、ありがとうございます。
さて、お言葉に甘えまして新3年の下の子供の算数なのですが・・・。
計算は出来るのです。ミス無く。
でも、例えば計算のいらない暗算でも出来そうな
1万より百小さい数は?とか
千は十がいくつ集まった数は?とか
聞くと的外れな答えが返ってきます。
じっくり考えず、適当に答えるから親もイラッとします。
主人曰く、多分「早くこの問題を解決したい」という気持ちが先にたち
ろくに考えもせず答えるのでは?といいます。
母である私も反省しなくてはいけないのです・・。
ただ、そこを差し引いてもしっかり理解は出来ていないので
おはじきを使いながら教えたりもするのですが、
(十の塊を作って教えたり、おはじき一枚を十として考えたり)
繰り返しが大事なのでしょうか?
問題として6400は10がいくつ集まった数?
に対して「わかりづらかったら、まず6千と4百に分けて考えてごらん。」
と言うと、もうだんだん嫌になってきてしまいます。
子供からするとそちらの方が難しいと思ってしまうのでしょうか?
数を分解して考えるということが定着していないのです。
算数は面白い教科なので、嫌いにさせたくありません。
アドバイスお願いいたします。
「はるるん」さま
国語はすべての教科に通じる… よくいわれることで、まったくそのとおりです。私もそう思ってきました。
ただ、細かいところに関しては、やや笑い話風な経験をお話しさせていただきたいと思います。
かつて塾で教えていたとき、算数の講師の友人から「おとがめ」を受けました。
「国語では、人物が出てきたら四角で囲む、とか言うてるんか?」
「え? あ、まぁ… それが何か?」
「算数の問題で、先生! 花子さんに四角を囲むんですか? とか質問されたぞ!」
「あ…」
その友人が言うには、低学年の場合、苦手な子は、文章題をコネコネチマチマ読まんでもええねんっ 数字すらちゃんと並べられないねんから…
と、ややお怒り…
でも、この話で、わたしは不思議なことを言うなぁ、と思ったのです。
苦手な子は、文章をちゃんと読んでいないからできない、式もつくれない、と思っていたら…
そんなん言うから、文章ちゃんと読むんやっ 必要なことだけ読んだらええねんっ 式もわからんかったら絵に描かせるんよっ
とか言うではないですか。
いよいよ不思議に思い、
「どんなふうにすんの?」と問うと
「たとえばな、使いそうなところ、抜き出そうね。花子さんの家がありました、これなんか要らんそうやろ、でもリンゴが60円、これは何か使えそうやんか、とゆーようにやっていくねん」
とか言うのです…
「式立てられなかったら、ほら、花子さん って絵書いて、おつりを30円もらいました ってまた絵にむかって矢印書いて…」
みたいな調子でいくらしいのです。むろん低学年の算数苦手な子の場合らしいのですが…
そうかぁ~ ちゃんと読んでるからわからんよーになってるヤツおるんや~
と、ちょっと驚いたことがありました。
ちゃんと読みなさいっ 式立てなさいっ て迫りすぎると、かえって算数からの距離が遠くなる、と話してくれました。
子どもの「ひっかかり」って、ちょっとこっちがビックリするような思いもつかないところにあるのですよ。
あれしろ、これしろ、なんでできないのっ て迫るよりも、ちょっとじっくり子どもの手の動きをみて、それはなんでそうしてるの? と聞いてみたほうが、何か解決の糸口がつかめる場合もあるようです。
ちゃんと読みなさいっ というより、ちゃんと読んでいるからわからなくなる、式を立てることに縛られている、ということが算数の文章題の「ひっかかり」である場合もあるそうです。
しろくま様ご無沙汰いたしております。
しばらくパソコンから離れておりましたので
このスレがこんなに人気になっているなんて!!
本当にありがとうございます。
さてまたアドバイスを頂戴したくて参りました。
息子は小6です。
算数・理科はいいのですが
国語に至ってはその半分近くの偏差値しかとれないときもあり(涙)
5年生の時は 下のレベルのクラスで過ごしました。
その基礎を徹底的にしていたのが功を奏したのか
徐々に成績があがり 6年生では一つ上のクラスになり
本人もとても張り切っております。
そのクラスで習熟することは 無理がなく 本人も理解できているようで
宿題もスムーズにいっております。
しかし 確認テストで点数をとれなくなってきました。
しろくま様のおっしゃるように 帰ってきたテストの間違ったところはノート左半分に張り すぐにもう一度トライさせるのですが
家でならスムーズに正解を導き出せるのです。
塾では本人は焦ってしまうのか?
どうしてこのような現象が起きるのか?
また 平常心でテストに向かわせるにはどうしたらいいのか悩んでいる最中です。
あまり本人を追い詰めては かえって逆効果と思い
本人には
「大丈夫 大丈夫 あなたは解けるから ゆったりとして解いてごらん」
といっていますが・・・
確認テストが悪いとまた下のクラスになると思うのです。
総合的にレベルが達していないようでしたらそれも致し方ないのですが
このように算数・理科が得意な子供が
ラスト一年 下のクラスで基礎の算数と理科を受けさせるのは
本人のためにならず・・・と思い
今まで温かく本人を見守ってきたのですが
ここで何か親が力になれるこつがあればどうぞ教えて下さいませ。
低学年の国語はやっぱり遊びから学ぶのが基本なのですね。
我が家でもさっそく遊びにルールを取り入れて実践したいと思います。
願いましては、低学年の国語力向上作戦第二弾がありましたら宜しくお願い致します。
北斗さんのお子さんは、第一志望に合格されていたはずです。
ご自身の経験と反省のもと、親として常に子どもの側に立って考える意見を述べられていると以前から感じていました。
しろくまさんは、元講師の立場から当然相談している親の側に立って優しく意見を述べられています。
だから、しろくまさんの意見は心地よく、北斗さんの意見は耳が痛い場合があるのかもしれません。
でも、勉強するのは子どもですし、どの意見も一つの参考意見として耳を傾け、自分で咀嚼する余裕を持つことも大事だと思います。
しろくまさんはとてもいい方だから、その影響力が大きすぎて、
アドバイスを試す多くの親の向こうに試される多くの子がいるかと思うと私は何だか苦しくなります。
子どもは1人1人違います。そのアドバイスがうまくいったらラッキーですが、
それがうまくいかなかったとき、前よりもっと深く悩み追い詰められる親の向こうに
親の様子を見て心を痛める子どもがいるかと思うと、胸が痛いです。
親が大好きであろう10歳前後の幼い子どもゆえに、中学受験は本当に罪深いものですね。
ごめんなさいね。どうかほどほどにと願わずを得ません。失礼いたしました。
「はるるん」さまへの追加
百マス計算の功罪、については、正直私はわからないのです。たいへんよい、という方もおられれば、否定も肯定もない、という方もおられたり…
子どもはときに自分のスタイルに固執します。
なんど言うても、「これでええねんっ!」となって一歩も動かない。
低学年のときは、ぐっとこらえて譲ってやる、というのが基本的にはよい場合が多いのです。
でも、「セカンドプラン」を提案するのをつねに忘れないことが肝要です。
じゃあ、それでいいよ、「でも」それがダメなときはこっちでやろうね。
こういう方法もある「けど」あなたの好きな方法でよいよ。
つまり、幼い子どもの「我」の萌芽による現象で、選択は自分でしたいのです。
だったら「選ばせる」努力を親がすると疲れるので、「選ぶ素材」を親が用意して、子どもがそれを「選ぶ」ようにしてやる方法でよいのです。選択肢を用意して「選ぶのはあなたよ」でよいのです。
ほら、お母さんの言うたとおりでしょ! とか勝ち誇ることは意味ありません。子どもに花をもたせましょうよ。誰もお母さんが負けたとは思いませんよ。
主導権の握り方の工夫が大切です。
こうしろ! そして こうさせた、が指導権を握ったことではありません。
用意をするのが親で、選んでそれをやるのが子ども、という主導権の握り方でいきましょう。
さて、改めて算数の低学年における文章題の取り組み方ですが、「読まない」
のがよい、という意味ではなく、「読み方」の工夫が大切、ということだと思うのです。国語では「人物」に四角を囲ませて算数の先生に怒られましたが…
① 出てくる数字には□を囲む。
② ××円、△△mなどの「円」「m」単位にも下線を引くなり○で囲むなりの 「作業」をさせる。
ということは、苦手な子にはさせておいてよいでしょう。
これは意識付けです。低学年の算数くらいならば、文章中で出てくる数字はまずまちがいなくすべて使うハズです。円とメートルは足し算できませんから、使う数字は単位が同じもの… もちろん将来、速度など異単位どうしの計算も登場しますが、それとて公式に当てはまるときに何をどうするかで必要です。
③ 「式」を立てられない子は、絵で描く、図を書く、などの「補助」を最初は 親がしてやってもよい。
花子さんの人の形、太郎くんの人の形、矢印書いて、はい、50円の××、おつりは20円、みたいなことでも最初はよいそうです。
最初のちょっとしたきっかけ、は別に誰がやってもよいわけです。
さあ、ちゃんと読みなさい、じっくり読んだ? じゃあ式立てて! とか言われても苦手な子は文章から目を離さない、式を立てられないのはちゃんと読んでないからだっ でも、わからない… 読むだけで式は浮かび上がらないわけです。そんな無用な苦しみから、なんとか抜け出させてやりたいところです。




































