在籍生徒の9割が東京と神奈川の学校
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
「ガーネット」さまへ
「コツ」をつかむ、ということは「すてきな出会い」といっしょで、こちらが積極的にそれを求めているときにはなかなか掴めず、願いもしなかったときに急に訪れたりします。
しかも、「すてきな出会い」ならば、そのときのことは思い出となって永遠に残るのですが、「コツ」って不思議なもので、コツをつかむと、つかんでいなかったときの状態には戻れない、忘れてしまう、というシロモノです。
スキーがなかなかうまく滑られない、でも、ふとしたことで滑られるようになった、するともう滑られなかったときの自分がわからない…
水泳で息継ぎがなかなかできない、でも、ふとしたことでできるようになると、息継ぎができない、ということにはもう戻らない…
コツをめぐる子どもと親の対立は、ここに原因があるのでしょうね…
だから、「やる」ことは大切です。コツをつかむ機会は残しておく。でも「やり続けて」いると「続ける」ことに子どもが飽きてしまう… このへんの加減に、よい正解は提供できません… すいません。
前置きが長すぎました。算数の問題、とくに低学年は「コツ」の壁の連続です。ガーネットさまのお子さんも、そういう部分でのひっかかりでしょう。いずれわかるが、もう一つ、コツがつかめていない…
あの~ お話しの中でとりあげておられていた6400と10の話ですが…
6400
10
と「位」をそろえてこんなふうに書いてもう示されましたよね。
昔、私の裏で算数を教えていた女性講師が、新小3の準備講座で塾外生対象だったためかめっちゃかんたんな算数やってたんですよ。
それが、ちょうどこれと同じ話で、こんなふうに黒板に数字書いて
「さぁ、みんなみて、よ~く見るのよ~ 問題が照れるまでじっとみつめるのよ~」とか言うてました。
位をそろえてちゃんと数字を並べる、というのは基礎の基礎らしいです。
この「問題が照れるまでじっとみつめる」という言葉がなかなかよい表現だったのでよくおぼえています。
で、手で「0」を隠す作業をそいつはしていました。10円は1枚よね、と0を手でかくして、50円は、5枚よね、とまた0を手でかくして…
すいません、あとは記憶になくて… でも「位」をそろえて数字を書く、ということは低学年で徹底させる、みたいな話をしていました。
参考になったかわかりませんが、コツをつかむための試行錯誤の一つかと思ったので書かせてもらいました。
しろくまさん
ありがとうございました。
”算数の問題、とくに低学年は「コツ」の壁の連続です。”
今まで”???”だったものがコツをつかんで”!!!”になるのですよね。
長い目で見ようと思います。
”位をそろえてちゃんと数字を並べる、というのは基礎の基礎”
あ~・・恥ずかしながら、これをちゃんとやっていませんでした・・・。
数字の具体化に重きを置いてしまい・・・。
次回から取り入れてやってみますね。ありがとうございました。
ちょっと昔の終了組様
こちらにいらしている皆さんは
参考意見として耳を傾け、自分で咀嚼する余裕を持ち合わせていると思いますよ。
アドバイスはあくまでもアドバイスです。
それをどう取り入れるかは、もちろん親の判断です。
なによりもしろくまさんご自身も、前からそのようにおっしゃっていますよ。
そんなにお心を痛めなくても・・・大丈夫ですよ(^ー^)
「ガーネット」さまの文章を読んで、はっ、と思い出したことがあるので。
塾の講師をしていた時代、友人の算数科の講師が新人の算数講師に、「怒っていた」ことを思い出したので付け加えておきます。
「あのさぁ、算数は、なんでもええから、たとえを出してわかりやすくしたらええっちゅうもんでもないねんで。ぐちゃぐちゃ抜きで、数字をバシっと見せて、真っ正面から問題に取り組む、考えさせる、ことを忘れたらアカン。楽しい、と、わかったは違う、わかりやすい、とわかったは違うねんっ」
これは横で聞いていて、ドキっとしました…
王道というか正攻法って、大切なんですよ。
そこをちゃんとやった上で、「できない」「わからない」ってときに色々工夫すればよいのですよ。
どうでしょう? 算数苦手、国語苦手というみなさん、「正攻法」のほうをほんとうにまずちゃんとやっていますか?
孫子は
戦いは「正」を以て合し、「奇」を以て勝つ
と述べています。
まずは「正」をしっかりと。工夫や別解やエスケープルートはその後で…
入試もそうですよ。その学校独自のものは3割くらい、どこの学校でも通用する問題は7割ほど… 志望校への動機付けにその3割を利用するのはよいですが、7割の部分をおろそかにしていては入試そのものを迎えられません。
あらためて「正」の部分を再点検してください。
しろくまさんは喜怒哀楽などの感情を実感できていないような子(いわゆる軽度
発達障害なのかも知れませんが・・・)の国語指導をした事がありますか?
新小6年の息子は、決して虐待して育てたわけでもないのに(稀に虐待児に見
られるという)失感情症の呈を様しています。自己主張もしません。
感情(特に負の怒りとか悔しい等)を実感することなく言葉で覚えてしまって
いるかんじです。それ故かどうしても物語文は苦手で説明文はまぁ大丈夫です。
いわゆる典型的な理系頭の子供の様にも思えるのですが、こういう子でも国語力
は伸びますか? 最終的には他教科でカバーする策になるのでしょうか?
わたしは、一番最初に申し上げたように「国語力」と「国語の得点力」は一致するとはかぎらない、と思っています。
それらを含めた「受験に際する国語の力」は、私は低学年からピラミッド状に色々なことを積み上げていくなかで形成され、その頂点部分で入試にのぞむのが理想、という考え方をしています。
なので低学年ほど、勉強意外の色々なことを経験させ、しだいに入試に直結するようなこと(問題演習や語句の暗記など)にしぼりこんでいって… というイメージです。
ところが、国語が苦手で足を引っ張る、と強く認識できるのは、小5から小6にかけての時期で、今更、そういう迂遠なことはできぬ、小6から読書なぞ言われても間に合わぬ、という場合がほとんどなのです。
で、私のリクツはわりと簡単で、「できない」という前提に立ち、
① 読書は大切だが、それは「問題演習」を通じても読書していることになるの で問題演習をしていく
② 苦手な分野・文章は小4レベルの文章に立ち返る
という作戦でいきましょう、と提案しています。
入試は国語力というよりも解答力があるかないかです。いろいろな経験、読書はあるにこしたことはありませんが、それが得点に必ず直結しているものでもないのです。
理系の思考は、物語文を解くときにも使えます。文章を味わうのに、あるいは深く理解するのに、役に立たないのかも知れませんが、問題を解くときには、誰であれ、論理的な思考を必要とします。ですから、お子さんが理系頭であるとするならば、国語の問題を解ける前提があるのですから、何も絶望的な話ではありません。
むしろ説明文が得意で物語文が苦手、というのは中学受験をめざす男の子の常態です。
苦手だと問題演習が減ってきている可能性もあります。
模範解答から逆に、なぜ、こういう模範解答になっていると思う? という逆問解答をしていくのも有効です。これは推理力ですから、理系的な、大人的な頭を使う作業になります。
それを繰り返すうちに、こういう問いの答えは、こういうところから選ぶのか、となっていけますよ。
ちなみに、中学受験をめざす子は、ほんとうに色々いました。誰一人同じ性格ではないのに、悩むところは時をこえてよく似ている…
授業中、まったく能面のような無表情、一回こいつを笑わしてやろう、とその子だけを意識して授業しましたが、けっきょく笑わず… ほんとにわかっているんだろうか、と思ったら、小テストや模試はそこそこ、いやむしろケッコウできている…
4年生から知っていたのに、夏休みの自習室の質問受けのときにようやく話せて、昨日の話、おもしろかったよ、とこれまた無表情にポツリという。
次の話が出るかと思えば、またそのままで木石をながめるような顔でこちらをじっと見ている…
でも、私はわかりました。表情が無いから感情がない、のではなく、単に表面化していないだけです。その子はたのしいことはたのしい、悲しいことは悲しい、とわかっていたのです。それで国語で不利、とか入試で不利、とかは関係がないのですよ。
つまり、失感情症に「見える」子も、バタバタ落ち着かない子も、国語ができる子もいればできない子もいるのです。
国語が苦手な原因を、そういうところに求めすぎると、かえって弱点・本当の原因に気がつかなくなるかもしれません。
さて、6年生になり、夏休みに近づくようになると、おっしゃられるように、「戦略」も当然必要となるでしょう。
かんたんに言うと、その一つは、おっしゃるように他の教科によって不利を補う、という作戦です。
むろんそれもアリですが、そういう姿勢は、国語をおろそかにし、問題演習に向き合う姿勢も弱くなります。つまり問題を考える粘りがなくなる…
まぁできなくてもおれは算数で、まぁ少々得点できなくても理科で…
は、入試では危険な思想です。
小6の、入試までの時間が少なくなってきたときでも、できるできないに関わらず、淡々としっかりとやらせて、「国語で落ちない程度」の点数にまとめあげる、という作戦でいきましょう。
入試は不得意教科で失敗する場合よりも得意なハズの教科で失点して不合格になる場合が多いのです。これは何度も強調しておきます。
他教科への「過信」が成長しないように注意したいところです。
「北極星」さま
教科バランスがくずれている子にとって、一つ極端に悪い教科があるためにクラスが下がる、ということは不安だし、またそれがそういう仕組みになっていることに対する少なからぬ不満もあることでしょう。
少し質問があるのですが、「確認テストで点数がとれなくなってきた」とあるのですが
①「学習計画表」のような進度表があり、
②「単元」ごとに通しのナンバーリングがされ
③そのナンバーに該当する前回の講義内容に対する「確認テスト」がある
という理解でよいでしょうか?
もし、そうであるならば、
A とれなくなってきている単元は何なのか
B その単元は、過去もやはりそうなのか、あくまでも現在なのか
という部分をお知らせいただけませんか?
さらに、再確認ですが
a 講義はわかるが確認テストがとれない
b 講義もわからないし確認テストもとれない
のでしょうか? ご本人自身の感想も知りたいところです。
テストは、質的難化・量的増加の2つの要因で、あたりまえですが、得点自体は低くなります。
親から見て、質的難化なのか、量的増加なのか、わかる範囲でお知らせ願えませんか?
しつこい質問をしてしまって申し訳ありません。
ふつう、そういう確認テストの点が高くなってから模試が高くなる、その間にタイムラグが生じる、という場合が通常なのです。
模試で得点とれはじめているのに、確認テストが下がる、という場合は、その単元自体に特別な理由があるような気がしたからです。
いま少し情報提供していただければ幸いです。
しろくまさん・・・
私の不躾で拙い文面から、私の悩みを読み取ってアドバイス頂けた事感謝いた
します。私自身、コミュニケーション能力に欠ける息子の現実の悩みと、中学
入試突破のためにネックとなる国語の問題がごちゃごちゃになっていた事にも
気付かせていただきました。「なぜ、~をしたの?」「~されて、どういう気
持ちなの?」と自身の事に対して問われても、答えられない息子です。
でも、しろくまさんのいわれる国語の得点力はある様に思えてきました。
私は息子に、国語力に近いもの(人間味や共感力?)を求めていたようです。
ここで気付けてよかったです。ありがとうございました。
しろくま様ありがとうございます!
息子の塾では おっしゃるように
①学習計画表がある
②単元ごとの通しのナンバリングがある
③そのナンバーに該当する 前回の講義内容のテストがある
です。
またクラスにより確認テストの内容も違います。
不得意の国語ですが
小六になりましてから苦手な書き取り・文法問題の割合が多く占め
これをこなす宿題もかなり時間が取られています。
ですから 国語は点数ダウンしておりまして これは予想内です。
得意な理科においては
親が予想した点数よりも低い点数でして、
話を本人に聞きますと4問は書く場所を間違えた
と申しており
いかに試験の時にあわてているかが伺えました。
(もともとおっとりしているので 今まではこういうミスはありませんでした。)
また一番不可解なのは算数です。
家では すいすいと問題をこなし(親は干渉はせず、しかしきちんとしているかは見ております。)
前日ももう一度問題に取り組み
万全で塾に向かっています。
翌週返ってきた答案をもう一度私の目の前で解くと
すらすらと解けているので
理解はしているようです。
クラスがあがり周囲の雰囲気がやはり前とは違う 「戦うモード」になっていて
本人がそれに適応していないのか?と思うのですが
それを克服するには どうすればいいのかなあと思う次第です。
叱る・怒る・びびらすやり方は 全く逆効果であると第一子の時に悟りましたので
本人には いたって点数にこだわらない 内容にこだわるやり方で
向き合ってきたつもりです。
今回も
「大丈夫だよ、揺れている波ではお船もすいすい進まないでしょう。
波がおだやかだと船も揺れずにスムーズに進むよ。
気分を落ち着けるのは難しいけれど
おだやかな波を思い浮かべて試験に取り組んでね。」
と本人には申しました。
6年生になりましてから本人も講師の先生に積極的に質問もしているようで
意欲は十分にあるようです。
どうぞよろしくお願いいたします。




































