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しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。

【1175545】
スレッド作成者: しろくまさん大好き (ID:IdLPhqkt1Aw)
2009年 02月 06日 17:38

6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。

元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。

国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。

【1201117】 投稿者: しろくま   (ID:imCA.K6KZDE)
投稿日時:2009年 02月 24日 09:06

「まりん」さま
 失礼いたしました。お子さんが女の子とは認識できず…
 でも、「しろくま基準」を見ていただいて、気がついたことがあると思うのです。それは判定の1つの、そして重要な「軸」に「算数」がある、ということを。
 やはり算数が大切なのです。
 塾の時代でも、判定会のとき、算数科からは「こいつはあと国語だけや、なんとかしたってくれ!」というプレッシャーがありますが、「この子は国語がめちゃくちゃできるけど算数がだめなんです、あと算数だから何とかしてください!」という話は、なかなか言い出しにくかった雰囲気がありました。
 コースの統括者や責任者は「算数」の先生が多く、とくに3科目校の最難関あたりになると、算数できまる確信、というか信仰があって…
 女子の受験世界は、ずいぶんと当時は男子の受験世界と違いました。
 別のスレでも紹介したのですが
A 「算:国:理:社=1:1:1:1」型
B 「算:国:理:社=3:3:2:2」型
C 「算:国:理:社=2:2:1:1」型
 と大きく分類できました。
 神女はAタイプですが、ちょっと微妙算数・国語の配点が高く、私の講師時代は男子校だった洛南は3:3:1:1らしいです(しろくまも他のスレのみなさんのおかけで勉強できました)。
 つまり前に述べた「しろくま基準」に「社会」が加味されます。
 白状しますとなぜ「しろくま基準」が3科によっているかといいますと、当時は、塾の講座が「算国理+社」で「社会」はオプション設定だったんです。たぶん多くの塾は今でもそうでしょう(関東をのぞく)。
 で、その上で、社会は何組だ? となって、Aタイプのところをめざしていて社会特訓の組が下位ならば、社会特訓のクラスを引き上げる、という勉強にシフトさせていくわけです。
 こんなことをいうと何なんですが、他の教科よりも社会はアメリカンドリームが起こりやすい教科です。当時最下位組は6組でしたが、夏休み前に6組で受験前には1組、という子、毎年いました。一人や二人ではありません。3~1組の範囲の変動などは日常茶飯事でした。
 なので、「しろくま基準」+社会は社会の教科配分で微調整したのです。
 一例をあげるとAタイプならば「2分の1理論」です。
 Aタイプの難関校をめざす子の「中間層」は
 a・b>c・d
 である場合が多いのです。
Ⅰ a・bが算国でcdが理社ならば直前まで引っ張るか、第2志望校を明確にして受験
Ⅱ a・bが算社でc・dが国理ならば、国語の成績を中心に考えて、10月をめどに志望校変更
Ⅲ a・bが算理でc・dが社国もⅡに準ずる
Ⅳ a・bが国社でc・dが算理ならば、理科が夏休みに改善されなければ志望校変更
Ⅴ a・bが国理でc・dが算社ならば、社会が12月までに改善されなければ志望校変更
 という話をしました。
 BCタイプのうち、Cは3科目の「しろくま基準」でほぼ判定可能、Bは一般化して説明しにくいところです。
 Aタイプの女子の学校は、たとえ最難関と呼ばれるところでも「底抜け」現象を起こします。
 最難関の割には、え? あの子合格したの? とみんなに驚かれる子が出現する頻度が高くなるのですが、実はそれは失礼な話で、国語と社会がちゃんとできているからなんですよ!
 ベーシックというか平常というか塾によって名称は違いますが、たいていこれは3教科で、しかも「算数信仰」が強い講師が多い… オプションの社会と国語の講師からみれば、かわいそうに奇跡や奇跡や言うたるなよ、小さい声で肩寄せ合ってひっそりと「だからあの子は通るって言うたやんなぁ…」とコッソリ言い合っていたりするんですよ。
 Aタイプをめざしているみなさん! 国語と社会が得意なら、けっこう勝負ができますよ! 理科も女子の学校は暗記分野もそれなりに多いハズ! 立体図形や速さや比の問題でめげなくても、前向きに取り組んでがんばりましょう!
 講師時代には大きな声で言えなかったことをちょっと言うてみました。

【1201170】 投稿者: しろくま   (ID:imCA.K6KZDE)
投稿日時:2009年 02月 24日 09:30

「まりん」さまへの追加
 「地頭」という言葉がいつから使われるようになったか知れませんが、いわゆる「先天的」要因と理解させてもらいます。
 「勉強できる子」「勉強する子」「勉強しない子」「勉強できない子」と安易に分けたくはありませんが、でも、仮に、「中学入試」という純粋に教科の得点の高低のみで合否を判定する世界の基準ならば、
 「勉強できる子」「勉強する子」
の2つが合格に近い子です。
 他のスレでもレスしましたが
 「おだてる」「ひっぱる」「競争する」(動機・強制・比較)
の3つがそろっている環境に子どもを置くと、「勉強しない子」も「合格に近い子」に含むことが可能になります。
 何度もいいますが、勉強はその子の「キャラクター」に合わせてするものですし、できれば志望校も、偏差値の高低ではなく(あるいはそれをふまえた上であったとしても)、お子さんの「キャラクター」に適合したものを優先して選択して欲しい、と私は心から思っています。
 わたしの高校時代の友人の下の娘さんが昨年、大阪の某有名私立女子中に合格されたのですが、その担任だったか先生だったかが
 「本校は勉強できる子がほしいわけではない、勉強する子がほしいのだ」
というような内容を話されたそうです。
 なるほど、と思いました。
 入試問題にも学校のメッセージが意識・無意識にこめられているなぁ、と思ったのです。
 たとえば灘の算数なんかをみる限り、そりゃあ「勉強する子」もほしいのだろうけど、そこの補助線をズバっと引ける子は「勉強できる子」やろ! とツッコミを入れたくなるような問題が満載です。
 たとえば甲陽の算数なんかをみる限り、難問・良問もあって「勉強できる子」もほしいのだな、というのはわかりますが、解き方がわかったあとのあの複雑な手続きを必要とする問題をみれば、ちゃんと勉強してきた「勉強する子」がほしいのだな、とナットクできるような問題が満載です。
 灘は「勉強する子もほしいが勉強できる子に傾斜した」学校で、甲陽は「勉強ができる子もほしいが勉強する子に傾斜した」学校だ、と私は判断しています。
その友人の娘さんの合格した学校の過去問をみたとき(私が塾の講師をしていたときはなんと2教科でしたが)、算国理社、時間内にできるのかいっ と思うような分量でした。これなど明らかに「勉強する子」がほしいのだな、と解釈せざるをえません。きっと中に入ってからも、課題とそのチェックが厳しい(うるさい)のだろうと推測できました。
 ですから、まず、「地頭」の良し悪し、というより、「勉強できる」「勉強する」というどちらに傾斜した子なのかを見極めて、勉強できる子に対抗するというより、勉強する子に適した学校選びも考えてやったほうがよいわけです。
 たとえば「勉強しない子」も、さきほどの「動機・強制・比較」をしっかりやったら「できる子」か「する子」かどちらかになるでしょう。
 あえて「する子」が「できる子」に対抗する方策をとるとするならば「ほめて、ひっぱって、競争させて」やることだと思います。 

【1201286】 投稿者: 四つ葉   (ID:IOlMvveJA4o)
投稿日時:2009年 02月 24日 10:39

しろくまさま


新6年の国高算低の娘を持つ母です。前2件の「まりん」様へのお返事を読ませていただき、少し前向きな気持ちになれました。
ですがウチの娘はまた違うような気がして、相談させていただきます。


娘は塾内偏差値で言いますと、国語70超、理社60~65、算数は55~60。中堅塾です。性格的には地道にコツコツ努力を重ねるのが苦にならない、典型的女の子タイプです。
考える力があることはあるのだと思います。ですが算数に関しては考え過ぎ?・・・とにかく遅いのです。他の3教科のおそらく3倍か4倍の時間がかかっています。
見ていると、どうも簡単な問題なのに難しく考えすぎているようで、ちょっとヒントを言えば「なぁんだ、そういうことだったのか!」と気がつくのですが、黙っているといつまでもボーっとして、考えてるんだか目を開けて寝てるんだか・・という状態です。


例えば昨日、「3000円で50円切手と80円切手を何枚かずつ買う組み合わせは何通り?」という問題でした。2・3日前に「表に整理して解いた」はずなのに、娘は 線分図を書き、それでは解けず面積図を書き、それでダメならとばかりにとにかく計算、と。30分後、出た答えには切手に消費税がつき、定価の何割増しかで売った郵便局は余分な利益を得、あげくに70円切手やら100円切手も登場し、「何通り」の言葉はどこかに吹っ飛び・・・「考え方間違えたみたい~」結局、解答を見て「なんだ、そういうことか」。

今まではそれでも良かったのですが、いよいよ6年になり、これからは笑い事では済みませんよね。
そうそう、迷子の喩えでいえば「Bタイプ」迷子です。
こんな娘は、今までどおり目の前の課題をこなしていく勉強方法で良いのでしょうか?また私は口出しせずに(ヒントみたいな事を言わずに)、見守っているだけのほうがいいのでしょうか?


娘は、「一緒にやろう」とか「教えて」とか言ってきて、今までは算・理は特につきっきりで一緒に勉強してきました。けれどあまり依存心が強くなっても困るかなぁ、とも思ったりします。

もしかしたら算数はしろくまさんの専門外かしら?とも思いますが、いつのまにか算数が脳内で物語心情問題に変化する娘なので、あえてご相談させていただきました。よろしくご教示くださいませ。

【1201294】 投稿者: しろくま   (ID:imCA.K6KZDE)
投稿日時:2009年 02月 24日 10:44

 さて、国語号泣少年に「ポイント③」を指示しましたが、前にも言いましたがこんな方法では根本解決にはなりません。
 本人にとって「意味不明な」(抽象化された)部分に気がつく、文を読んでいて「違和感」をもってもらう、ということのみに効果があるだけです。
 ここからはちょっと丁寧に対応してやらねばなりませんでした。
 で、前の
「私は朝食にカレーうどんを食べる」
「人間は食事する」
「動物は食物をとる」
「生物は栄養を摂取する」
 という「抽象化」の例文をあげて、
 「例をあげて意見にまとめるのが説明文なんや、ここの部分(抽象化された部分)が意見や主張と考えてよいんやで、他にもな…」
 と、模試や復習テストの具体的なところを示して、「ここがこっちでこうなっているんや」というのを数例あげていきました。
 あんまりしつこくやらず、むしろ、「何言うてるかわからない部分」の意味を私が細かく解説してやる、という方法を5回くらいやってやった気がします。
 やはり「抽象化された言葉」=彼にとって難しい言葉=知らない言葉の定着には時間がかかります。
 で、「長文の研究」の論説文で、「何言うてるかわからんとこ、全部線引いといてみ、あとでおれが解説したるわ」と言うて、ちょっと一息、と思ったら、すごくまじめで無口な(見たかぎり精神年齢高そうな)少年が[削除しました]らに立っていて「あの~ 復習テストの勉強ってどうしたらよいでしょう」と言うではないですか。
 彼の言い分は、こうです。
 「物語文や論説文の範囲は、長文の研究から一題と応用自在から一題出ています。これは同じものの切り貼りだから答えをおぼえていたら解けます。問題はこの見たことがない文なのですが、ここで得点あんまりできません。とくに物語文が嫌いです。出てくる主人公はハッキリ言ってアホだと思います。こんな子いません。」と語り出すではないですか。
 確かに「日々の復習テスト」の勉強の仕方は難しい。しかも前に言いました「精神年齢が高いがゆえに解けない問題」に彼はぶつかっていたわけです。
 そこで「編み出した」わけではないですが、前にお話しした「模範解答から逆に正解がどうしてそうなるかを問う」方法が生まれたのです。
 復習テストの文学的文章や論理的文章の単元の問題は、切り貼り部分があって、「暗記」しちゃって受ける傾向があります。それだと勉強の意味がなくなる。しかも家での勉強時間も限られている…
 ポイント④ 模範解答を先に教えて、なぜそうなっているかを考えさせる
 こういう作戦もアリなのです。
 私は「無口少年」にそれをやってやりました。物語文で、「このときの心情を説明しなさいの答えは○○××△△なのだが、なぜ、そういう答えになると思う? 文章中からそういう結論を出した部分を探してみ」というたのです。
 模範解答を教えたとき、彼はたいてい鼻で笑いました。そんなん別になんでもよいやん、これでもええし、こうとも言える、と自説の展開を必ずするのですが、「解答作成者はどうしてこういう答えにしたのか」という話にしてやると、俄然のってきて、それはおそらく、ここでこいつがこう言うとるからやな、ここでこんな思い出話をしているのがポイントや、これが実は伏線で、とあたかも自分が賢いことを見せびらかすように説明してくれるのです。
 復習テストのための短時間の勉強方法で、丸暗記で終わらないための作戦が、思わぬ効果があることがわかったのです。
 国語ができる(精神年齢が高い)子は、自分よりも精神年齢が低い子向けの文章は意外と苦戦するのですが、この方法だと、こう考えれば答えが出る、ということに気がつくようになるのです。少なくとも「無口少年」にはうまくいきました。
 「一読する、模範解答をみる、なぜそうなったかを考える、」は復習テストの処理速度を高めてしかも丸暗記に終わらせない自宅学習方法なのです。(次回に続く)
 

【1201323】 投稿者: 中高一貫校の英語   (ID:e2tFrI9RE/6)
投稿日時:2009年 02月 24日 10:59

しろくま様ありがとうございます。
いただいたアドバイスを踏まえ、昨夜息子と話をしました。
親が思っている以上に、子供は冷静に今の自分を分析しているようです。


①については、どうやら毎日英語の宿題があるようで、勉強はしているようです。
②について、「これは、きっとやってないはず・・・。」とタカをくくっておりました。
しかしなんと「毎日、次の授業にでる英単語ぐらいは、ちゃんと調べてるで。そうじゃないと困るから。」と答えが返ってきました。
驚きました。
さすがに文法事項までは、目を通してないらしく、息子に伝え、息子も納得しました。



知らぬ間に、子どもは成長しているのですね。
小学生の頃は、塾のカリキュラムにのっとり、先生の出してくださった課題をこなしていく勉強法。
中学生になってからは、試行錯誤しながら自分のやり方を見つけていっているようです。
英語は苦手だからこそ、危機感をもち何とかしようと今模索している途中のようです。
「結果はまだ出てないけど、何とかするから大丈夫。俺もこのままやったら嫌や。」と笑って答えてくれました。



しろくま様からアドバイスいただかなければ、目先のことだけで「部活に時間割かれるんだから、帰ったらゲームばかりしてないで、早く勉強しなさい。」
なんて、お小言ばかりで終わっていました。
もう子離れの時期が来ているのですね。
ちょっと淋しい気もしますが、昨夜はそんな我が子を頼もしく思えました。


親子で昨夜のような会話を持てたのも、この心あたたまるスレのおかげです。
スレヌシ様・皆様・そしてなんといいましてもしろくま様、本当にありがとうございました。

【1201553】 投稿者: しろくま   (ID:imCA.K6KZDE)
投稿日時:2009年 02月 24日 13:35

「四つ葉」さま
 今の延長線上に不合格が待っている、みたいな状況ではありませんよ。
 よくある、ほんとによくみかける女の子のタイプです。
 「手が止まる少女」はボ~っとしているわけではなく、一応考えているのですが、つい、立ち止まってしまうパターンです。
 まず、別の角度からの話を先にさせていただきますと…
 お子さんは、問題を第1問めから順番に解いていくタイプですか?
 つまり、難問に出くわすと、しばらくず~っと考えてしまう、ということになっていないか、ということです。
 「入試問題」を解くのに「遅い」「早い」はもちろんあり、「遅い」は2種類で、ほんとうに「手が遅い」タイプと、第1問目から「順番に」解いていって、いちいち立ち止まるタイプです。
 逆に「早い」も2種類あり、ほんとうに作業速度が速い子と、わからない問題は飛ばして後でしていくタイプです。
 「ハードル飛び越え型」の遅い子は、「障害物迂回型」に変えてほしいところです。是非、「できる問題からやっていきなさい」を一言加えてください。
 さて、ご懸念のことは、目下のところは心配ありません。
 今からのお話しがお子さんにどれだけ該当するかわかりませんが…
 「わかった」で終わる子と、「わかった」後に続ける子の2種類がいます。
 「わかった」で終わる子は、次に「わからない問題」に取り組んでいきます。これはある意味あたりまえです。「わかってんからそんでええやん」となるわけです。
 「わかっている」「できる」「解ける」問題は、「わかって終わり」「解けて終わり」ではなく、そこからが始まりです。
 「できる問題」は量的学習時間を増やさなくてはなりません。
 お話しのような問題の場合は、やはり類題の演習を続けておく必要があるのです。むしろ、さんざん考えて考えて解いた難問のほうが、その過程のケアレスミスもなく、苦労が印象に残ってよく覚えているものです。
 「前やったやん!」と言う言葉が出るのは、問題演習不足ともいえるのです。
前やった、ではなく、さっきも今もやっておいてよ、ということです。
 別に集中して何十問もしなくてもよいですから、分散して毎日、とまではいいませんが機会あるごとに反復してやってほしいところです。
 ただ、他にもやることも多いでしょうから他日に演習、もやりにくいでしょう。できれば、「わかった!」「できた!」という問題があったらその直後に類題を2・3やらせて「わかるわかる」「できるできる」の実感をその場で深めさせてやったほうがよいでしょう。
 いっしょにつきっきりだと依存型になる、自分で考えさせなさい、という場合がありますが、実はちょっと落とし穴があります。
 「四つ葉」さまは、たいへんかも知れませんが、もう6年ですから、つきっきり学習をしたらもう最後までそのスタイルで行かないと失敗します。
 うっかり一人でやらせよう、と思って距離を置くと、ガクっと成績が下がります。低学年ならそこから挽回させる時間的余裕がありますが、もはや一緒に入試までお走りください。
 ただ、使い分けは可能です。「できる問題」は、「いちいちおしゃべりしなくていいからどんどんやっていきなさい」というスタンスで、本人が「わからない問題」は今までのようなスタイルでいきましょう! ただし、最初には当然思考のための時間を一定に作りましょう。
 また、横についていても、自立的思考に促すことは可能で、それは「時間制限」をかならず普段の学習でも取り入れることです。
 はい、今からこの問題、10分間、だまって解いてみよう~お母さんは、あるいはお父さんは一言もいわないからねっ みたいなやり方です。
 緩急織り交ぜた方法がよいと思いますよ。
 前にも書きましたが、4教科均等配点の学校ならば国語と社会でも十分突破が可能です。ただ、算数の怖いところは一問の配点が大きい…
 一問を解くのに時間がかかりすぎると、最後のほうで、手つかずの問題が出てしまいます。
 女の子は思考の「迷路に入りやすい子」と「そもそも迷路に入らない子」の
2種類がいて、前者の場合は、横から声をかけたら、ハっと我にかえって、ここはどこ、わたしは誰? みたいな状態になるんですよね…
 変な言い方ですが、「さまよっていること」を楽しんでしまう子がいて、でもそんな子に限って国語は得点できたりするもんだから、なかなかやっかいです。 そういう子は、「問題を解く時間」の限界設定をしてやって、自分で我にかえってもらう必要があります。その意味でもふだんの学習に「ある一定の時間はお話しさせないで思考する」というクセをつけておいてほしいと思います。迷路でさまよう時間を減らしてやってください。 

【1201652】 投稿者: 新5年生*   (ID:5ivTrVYOAlo)
投稿日時:2009年 02月 24日 15:21

しろくまさま、いつも温かいアドバイスありがとうございます。我が家もとても参考にしています。

かなり具体的な質問なんですが、我が家の子供は国語の接続詞を入れる問題が苦手です。必ず間違えてしまいます。
接続詞のそれぞれの意味合いはわかってはいるようですが、いまいちちゃんと理解できてないようです。
接続詞だけを、しっかり勉強できる問題集とか、参考書など、学習方法ございましたら教えていただけませんか?
よろしくお願いします。

【1201717】 投稿者: しろくま   (ID:imCA.K6KZDE)
投稿日時:2009年 02月 24日 16:08

~しろくまの「国語が苦手な子を持つ保護者のための技術講座」~④
 文学的文章の理由説明題の解法(その2)です。
 物語文には「顔」があります。顔とは文体のことです。そして文体は内容の影響を受けます。
 「客観型」と「独白型」があり、前者の例は、「昔話」です。
 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
 おじいさんは山にしばかりに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
 語り手が「第三者」で、登場人物は並列的に、いわば解説されていくパターンです。低学年向けの「物語文」、外国文学の物語文に多い形式です。
 後者の例は、主人公あるいは特定の人物の独白(ひとりごと)の形式です。
 我が輩は猫である。
 名前はまだない。
 誰かが語りながら、あるいは登場人物の一人が話し手となって語っていくもので、日本の文学作品、高学年向けの物語に多い形式です。
 さて、文体とは、一言でいえば「文末表現」でもあります。
 「客観型」は過去形で閉じられる場合が多く、「独白型」は過去の出来事であっても現在形が使用されるときがあります。
 鐘の音がする。なんだろう、と私は歩いていった。
 という具合です。
 鐘の音がした。なんだろう、と彼は歩いていった。
 でも別に不都合はありませんが、独白型の場合、過去を表現するときに効果的に現在形を使用するときもあるのです。
 さてさて、「独白型」の場合に限ってのことなのですが、登場人物の心情や意思は、ある表現によって語られる場合が多いのです。
 一つ例文をあげます。
 変なニオイがする。父がオナラをしたのだ。
(またもや変な例文ですいません… なんせ子どもにウケる例文ばかり当時は考えていたもので…)
 文末の「のだ」に注目してほしいのです。「のだ」は実は安易な断定ではないのです。「のだ」は「事実の解明」、解き明かしの時に使用する文末表現です。
 つまり! 理由の説明は、これを用いると可能でしょ?
 なぜ、変なニオイがしたのですか? 父がオナラをしたから!
 というワケです。
(例文)
 秋の日はいつか日がかげりつつあった。山や森の陰の所は薄蒼くさえなってきていた。私は冷えが来ぬうちに帰らねばならなかった。しかし私は立ち去りかねていた。次第に私は不思議な思いにとらわれはじめていた。赤蛙は何もかにも知ってやっているのだとしか思えない。そこには執念深くさえもある意志が働いているのだとしか思えない。微妙な生活本能をそなえたこの小動物が、どこを渡れば容易であるか、あの小さな淵がそれであることなどを知らぬわけはない。彼にとって力の余るものにいどみ、戦ってこれを征服しようとしているのだとしか思えない。私はあの小さな淵の底には、その上を泳ぎ渡る赤蛙を人呑みにするような何かが住んでいるのかも知れない、あるいはまたあの柳の大木のかげには、上から人呑みするような蛇の類がひそんでいるのかも知れない、というようなことを考えてみた。しかしそのときの私には、そんなことを抜きにしてさきのように考えることの方が自然だった。その方が自分のその時の気持ちにぴったりとした。
 ※赤蛙は依然として同じことを繰り返している。初めのうちは「これで六回、これで七回」などと面白がって数えていた私は、そのうち数えることもやめてしまった。
 実はこれ、号泣少年が、まったくわからない、と持ってきた入試問題の文章でした。「げげげげっ 島木健作の『赤蛙』なんて、こんな子にはムリじゃろ!」と思いましたが入試問題だから仕方がない。
 ※印から下線が引かれていました。赤蛙が同じことを繰り返しているのを見て、「私」がそのうち数えることをやめてしまった理由を説明しなさい、という問題でした。
 これはもう「のだ」による「心の解明」以外ありません。私は号泣少年に先ほどの例文を示して、「のだ」で説明されているところを抜き出してみろ! と言うたのです。
 みなさんもやってみてください。きっと解答できますよ。少なくても、まったく書けなかった号泣少年は、拙いながらも「正しそうな答え」に至りました。
 独白型の物語(小説)の「のだ」は主人公の心の解明をしている場合がありますから留意して読んでみてください。理由や心情を説明するときには使用できる可能性が高いのです。 

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