女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
前に紹介した「技術講座」④で、号泣少年が持ってきた『赤蛙』の問題なのですが…
物語文の問いは、「事実を問われた気持ちで答える」「気持ちを問われたら事実で答える」というのが基本、といいました。
なぜ「私」は「数えることもやめてしまったのか」という問いなのですが、「やめてしまった」という事実の理由ですから、「○○○○と思ったから」とか「△△△△と感じたから」と「何らかの気持ちを示す言葉」で締めればよい、ということになります。
「のだ」で浮かび上がらせると
● 赤蛙は何もかにも知ってやっている「のだ」
● そこには執念深くさえもある意志が働いている「のだ」
● 彼にとって力に余るものにいどみ、戦って征服しようとしている「のだ」
という3つが浮かび上がります。
「私」の「赤蛙」を見たときの心情が浮かび上がっています。
号泣少年は、これらを拙い彼の言葉でつなぎました。
正確にはおぼえていませんが、この3文を含んだ文章をつくって「~と思ったから」と閉じてくれました。
「執念深くさえもある意志で赤蛙が何もかも知っていて、力に余るものにいどんで戦って征服しているように思ったから」みたいな感じでした。
もう「彼の今までに比べれば」格段の進歩だ! と思いました…
いや、ひょっとしたらこれで「正解」をくれるかも知れない、とも思ったのですが、やはりもう一押し必要だと思いました。赤蛙がいぜんとして同じことを繰り返している理由としては完全な正解ですが、それを見て、「私」がどう感じたかの言葉でしめくくってほしい! 「××と思った」「××と感じた」ではなく、「私」の気持ちを示す言葉が…
「これでよいよ! 今まで白紙やってんけど、それらしい答えになってきたやろ? で、さ、こうなんて言うかな~ 何もかも知っていて、自分よりすごい力のやつに、戦いをいどんでいる蛙を見て私はどう思うかやけど、そのときのピッタリした言葉は無いか?」
A→B
↑
C
で、A「面白がって数えていた」、C「赤蛙の行動」、これから何か言葉は思いつかないか??
なかなか出ない… これが彼の「壁」でした。語彙がないのでしょう。わかりそうだが言葉が見つからない…
二人の問答を見ていたまわりに集まってきたヤツらに、「何かおまえらもそこの紙に書いてみぃ」というと、国語が苦手な子たちもそれなりに答えを出し始めました。
「Aが面白いという気持ちやからBはそんなんではない気持ちやな」
やがて「圧倒された」「気持ちに負けた」「心うたれた」などの言葉が次々出てきました。
おそらく、「のだ」で解明した3つの部分を合成し、「~という姿に心うたれたから」と結べば正解でしょう。
まわりの国語の苦手な子たちも「この文章難しくてわけわからんかったけど、何か意味わかったわ」というヤツもボチボチ出始めたのですが…
号泣少年はやはり「最後の」抽象化の壁にぶつかっているのです。
そういう状況や心情を自分の言葉にする、という仕上げができていない…
部分点があるなら部分点がもらえそうなところまでは来ているのです。
実はこの話は、かなり後の話です。この段階では、彼はわりと「説明的文章」は読めるようになっていたのです。
「指示語」を抜き出し、その指示内容を抜き出し、「しかし」の後ろの言葉を書き抜く… あらすじ・要約は書けるようになっていて、なんと本文中の言葉だけを使った解答ならある程度できつつあったのですが…
「自分の言葉」で作り出せないのです。いや、正確には登場人物、ここでは「私」の思ったであろう「言葉」を作れないのです…
さらに私と号泣少年のつきあいは続きます。(次回に続く)
しろくま様
ご指摘いただいた三角形のバランスでいうと、「ひっぱる」「競争する」はあるのですが、「ほめる」はちょっと・・・。
なにせ周りが優秀すぎるので、算数でほめられることはまずなく、国語はできたとしても先生の目にとまることはなく、理科社会は苦手なので、なかなか先生からおほめの言葉をいただく機会はありません。
なので、たま~に先生が宿題ノートに一言「よくがんばりました。」とノートに書いてくれただけで、「ママ、見て見て。ほめられた~」と喜んでいます。(いつもは宿題をさぼっているので、「しっかりがんばりましょう。」と書かれている。)
しろくま様のアドバイスをあたためながら、気長に娘の成長を見守っていきたいと思います。
心のこもった的確なアドバイス、本当にありがとうございました!
しろくま様、ありがとうございました!
良いアドバイスを頂き、心が落ち着きました。板書用ノートが汚いのは、しばらく様子をみることにいたします。
宿題プリントとは、枠だけの白地の用紙で演習用の提出プリントです。
このプリントで、その日に習った事の復習は完璧です。
間違い直しはルーズリーフのノートの表に問題、裏に解答を貼ったものを用意して、単元別に管理しています。いつも塾に数枚持たせ、時間があったらするようにしています。計算ノートも別にしています。ただ、板書を家でもう一度まとめ直す時間はありません。卒塾した上の子も男子ですが、次男の汚いノートには
さすがに心配でした。しばらくは、目をつぶります。
因みにノートの線などは、全く無視です。。。
しろくま様
久しぶりにパソコンを立ち上げ、月曜日からのしろくま様や
みなさまのたくさんのコメントをためて読ませて頂き、こんなに
親身になって国語の悩みに寄り添って頂き、本当にありがとうございます。
赤蛙の問題、うちの子供にも解かせてみました。
しろくま様が号泣き少年君に教えたように「のだ」に注意してね。
と一言だけ言って。
う〜んとうなりながら、たぶん最初は蛙に興味があって見てた
だけやけど、見ているうちに小さいくせにこの場所を征服
してやろうとがんばって戦っているのがすごい!って思ったから
数えるのやめたんちゃう?。
なんて言ってました。語彙力の無い答え方ではありましたが。
うちは論説文より物語文が苦手です。主人公の心の変化に注意して
4年ぐらいの物語文をいっしょに読んで楽しもうと思います。
何かつかんでくれればと祈りつつ、彼の日々の成長を待ちたいと
思います。
それから理科ですが、最難関校で出題されているような難しい
理科は秋以降過去問などをどんどんやっていくしかないので
しょうか?うちの上の子、模試の成績など見て理科は得意だと思って
いたのですが、入試ではできなかったのです。
これからも、しろくま様の国語講座を楽しみに頑張っていこうと
思います。
それから、しろくま様大好き様、このような有意義なスレを
立てて頂き本当にありがとうございます。
お互い、国語をがんばって克服してほしいですね。
はじめまして。
新6年の男児を持つ母親です。
しろくま様をはじめ、皆様のコメントをいつも感慨深く拝読させていただいております。
我が子は国語の偏差値が比較的良く、算数がトホホ...な子なのですが、
(某大手塾で国語55、算数は48平均といった感じです。)
決して精神年齢が高いわけではなく、3歳下の弟とたいして変わらない言動なので、読書好きが高じてるだけだと思います。
その証拠に...物語文の記述での正答率は悪いのです。
特に「今日の模試で読んだ物語は面白かったから、続き読みたい!」と言った時ほど結果は悪くなります。
当然、本人は「あれぇ~?何でかなぁ~?バッチリ読んだし、時間もあったのに...」と理解できない様子です。
「ひょっとして、テスト中に物語を味わってない?」と聞くと
「えっ?うん。面白なってきたのに、もう終わりかいっ!って思う。」との答えが...
なので、テスト中は「堪能禁止令」を出したのですが、やはりそこは癖ですから、どうしても「それは、キミの感想文やろ~...」みたいな記述になるんです。
今回の「赤蛙」の問題は、そんな我が子にはピッタリの問題であり、またその解説もピッタリでした。
当初「何度も何度もいどみ、戦って征服しようとしている赤蛙の姿を見てかわいそうと感じたから。」などという、部分点さえももらえんやろ~!という解答をしていた子ですが、
★「のだ」で浮かび上がらせる
この方法を説明し、
● 赤蛙は何もかにも知ってやっているのだ
● そこには執念深くさえもある意志が働いているのだ
● 彼にとって力に余るものにいどみ、戦って征服しようとしているのだ
というセンテンスの後ろに必ず「としか思えない。」がくっついているのを発見すると、
「あっ!何かわかったわ!」と号泣少年の解答と同様の答えを出しました。
それだけでも進歩ですが、さらに驚いたのは
「あっ!待って。しゃーから、最後に『・・・しょうとする赤蛙の姿に感動したから』ってすればいいのんか?」と続いたのです。
大躍進です!!! ← 親バカ満載ですが...
しろくまさんのアドバイスは本当に的確で素晴しいと再確認いたしました。
どうしても、一言お礼を伝えたくて書き込みさせていただきましたが、
長々と駄文を重ねましたことをお詫び申し上げます。
つきましては、厚かましいリクエストではございますが、
ぜひ「算数講座」も頻度を増やしていただけますと幸いです。
しろくま様
昨日のお話も、本当にありがたい限りのものでした。
私も娘に伝えました。
「のだ」は、脱ママ塾様同様、私自身も気づかなかった事で、なるほど~。このように考えれば良いのか!!と目から鱗。
しろくま様のご指導を読んでいると、国語が得意だった私は物語文を自宅学習する際、漠然とした指導しか家の子にしてやれていなかったんだな、不得意というよりも、私の指導が漠然としすぎていたのかも。。と、しろくま様の書き込みを読むたびに、反省となるほど!の連続です。
号泣少年君の成長、その後がとても楽しみです。
塾のエピソードの中には先生達の子供達に対する愛情があふれていて本当に心が温まります。
しろくま様、そしてスレ主様、いつも本当にありがとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いいたします。
~しろくまの「低学年のための国語入試準備講座」~①
以前に低学年からできる何かはないのか? というご指摘を受けながらしばらく放置していて申し訳ありませんでした。つい小6の方々やそれに関連する質問を優先していたもので。
以前、ご批判を受けたときに「子どものころの遊びや小4のころが大切だ、というのは前世の祟りのせいにしているみたいで、国語で結果が出なかったときの予防線を張っているだけだ」、あるいは「未来への淡い期待をいだかせるものだ」と指摘されました。
前世の祟りならどうしようもありませんが、自身の小4にはもどれます。今の自分のレベルに合っていない国語の問題を繰り返しても、子どもは苦痛なだけなのです。別に今からでもおそくないのです。自分のできる問題に立ち返ればよいわけですから。
低学年から下手に本格的なことをさせて国語を嫌いにさせる必要はありません。まずは気楽に、でも、入試問題に近づけるように取り組んでいく、いわば準備という運動前のラジオ体操的なものがあってもよいでしょう。
先に「予防線を張って」おきますが、キャッチボールを何回やってもキャッチボールがうまくなるだけ、いくらラジオ体操をしっかりやっても、それはラジオ体操がうまくなるだけで、その後の競技がうまくなるのではありません。
あくまでも、「準備」の肩ならし… 気楽にやってくださいね。
さて、第1回目のお話しは、いきなり「遊び」です。
わたしは高低の学年にかかわらず、語句単元の講義の「まくら」はきまっていました。
「みんな国語の辞書って『読んだ』ことある? 辞書って調べるとつまらないけど『読む』とおもしろいで」
と始めます。
「ときどき、授業がおもしろくないとき、国語の辞書をパラパラめくって読んだことない? けっこうおもろいこと書いてあるで」
と水を向けると、「そうそう、あるある」とか言い出すヤツおるのです。
「とくに私は『岩波国語辞典』が好きなんよ~ あの辞書おもしろいで~ あのさ、『男』って引くと『女でない』って書いてあって、『女』って引くと『男でない』って書いてあるねん~」
というともう爆笑。なんやそりゃ! うそやん~ と大盛り上がり。
なかには『岩波国語辞典』を持っているやつがいて、すぐに調べて「あ、ほんまやぁ~ なんやこりゃ」となると、そこに生徒が集まってやや混乱気味。
わたしのいた塾は教室の様子はモニターされていて、「これは後で教務に喧噪授業だって怒られるやろなぁ」と思いつつも、さらに追いうちをかけて
「『あぶらぜみ』を引いてみ、これがこの辞書のイケてるところや、声に出して読んでみ」
「え~と 『あぶらぜみ もっとも普通の大型のセミ。ジージーと鳴く』。」
もう教室中大爆笑。もっとも普通の大型って説明になってないやんっ 鳴き声もジージーって、とツッコミまくり。
「ほかにもおもろい説明があってな、まぁ、また調べてみ」と、言うて講義を始めるのですが、あきらかに講義中、コッソリ辞書を「読んでいる」ヤツがいる。そのときは、それでもよい、と見て見ぬフリをしました。
ちなみに現在の岩波は第何版か知りませんが2版か3版の古いものを調べてもらえればここに書いてあることがウソでないのがわかります。
さて、辞書を「読む」ときは、やはり興味付け、小刻みな目標設定をしてやるとおもしろいです。なんでもよいから「読め」では苦痛。
実際に私が辞書に興味を持った子に「やってみ」と私的な宿題と出したのが次のようなものでした。
「『安心』って二字熟語は『あんしん』って読むやんな、これって『ん』が2つ入っているやろ? 同じように『○ん○ん』と読む熟語、ア行からワ行まで、それぞれ抜き出して知らない言葉があれば意味も読んでおき」
といいました。
さっそくその場で考えるヤツが続出。「アンパンはどうや?」「アホっ パンは漢字ちゃうわ」「え、アで始まるん他にあるか?」「行灯! あんどんやろ」とか、もう正答珍答続出。
さて、みなさんも一度やってみてください。保護者の方もいっしょに親子で辞書を読んで探してみてください。
ついでにもう1問出しておきますから同じようにお楽しみください。
「やっぱり」という言葉は「○っ○○」と、小さい「つ」が2文字目に入った言葉です。同じような表現となるものを辞書を「読んで」ア行からみつけていってください。
ただし、その言葉を使ってかならず「短文」をつくらせる。書かなくてもよいから口で例文を言わせてみてもOKです。
今回の課題はこの2つですが、こういう調子で何か保護者も問題を作って辞書を読ませてください。電子辞書は、調べるのは早いですが、やっぱり私の世代にしてみたらつまらない… 辞書も「本」なのにねぇ…
~しろくまの「国語が苦手な子を持つ保護者のための技術講座」~⑤
「脱ママ塾」さまのお子さんは、けっこう見込みがあります。安心してください。問題文を楽しめるのに正解にいきつけない、というのは「読書が好きだからといって国語が得意とはかぎらない」、という例といえば例ですが、あとは問題演習を通じて「国語の問題を解く力」を養えば、何も心配ありません。
さて、物語文の解法として「心情変化」「『のだ』への留意」というのは、ある意味物語文へのリクツの上からの接近です。
すべての物語に通用するとき限らない、いわば苦手な子の、白紙で出すのを回避するための緊急対策的な意味合いも強い…
正攻法とは言わないまでも、もう少し「文」そのものにせまる技術があってもよいとも思います。できるだけ多くの「やり方」を提案しますので、苦手な子に色々な角度からアプローチしてやってください。
今回紹介するのは「お刺身」の読解です。
むか~し、ひょっとしたら教育学部や教育大学ご出身で、小学校課程や初等教育で国語かなんかをお勉強された方なら、よく似た方法をやったことがある、と思われるかも知れません。しろくまはそれを入試向けに改造しました。リクツよりも感覚で本を読む子には適しているかも知れません。
物語文を読むときに
「骨」「身」「尾ひれ」
と3つに分けてさばいていく、という方法です。
とくに客観型の、少年少女が主人公の、悪く言えば精神年齢の高い子がバカにしそうな物語文には有効です。
「骨」とは、登場人物・いつ・どこで、ということを示した部分・語句です。
「尾ひれ」とは、擬態語・擬声語・比喩など、誇張・強調を含む部分・語句です。
「身」とは、消去法的には「骨」「尾ひれ」などを取り去った残り、とくに心情・気持ちが表れた言葉・行動です。
理由や心情説明に、「骨」「尾ひれ」はヒントになることはありますが、使うことは実はあまりありません。漢字の書き取りや比喩が直喩か暗喩かを問う問題はむろんありますが、いわば理由・心情・主題の記述の「核」は「骨」「尾ひれ」にはあまりありません。
苦手な子は、実はそういう部分にこだわるのです。得意な子も、かえって「尾ひれ」に何かあるのでは、と深読みしてしまってコケるときがあります。
思い切ってバッサリ切り分ける、と意外と簡単に答えが浮かぶときもあります。
すごく大ざっぱな説明ですが、子どもによっては、こういう分け方をして読んでごらん、というだけで腑に落ちる子もいます。
お母さんやお父さんとは、まっったく違う「読み方」「見方」「感じ方」を子どもはしているので、案外、「骨」「身」「尾ひれ」にきれいにわけて「お刺身」にして食べてごらん、みたいな感覚的な説明でわかってくれる子もいるので、今回は少し違う切り口も紹介しました。
気持ちが表れた言葉・行動だけをグっと見つめる、ギュッと読む。「一読後」問題を考えるときに読む読み方は、こうでないといけません。
(例)
それから草原の中に仰向けに寝ころがり、小山のような夏の雲を眺めた。眺めながら、一方の目を閉じ、遠近の違いがわからぬようにして、※①その雲を、指を差しのべれば撫でることができそうなぐらい、低いところまでひきずり下ろした。そして微風が雲を押し動かすのを、手伝ってやった。手を貸してやると雲の動きは一段と早くなるように思えた。むくむくと肥え太ったひとつの白い雲を、ずっと山の頂にまで手伝って持って行ってやり、そこでぐっとひと押しすると、雲は頂の向こうに見えなくなった。見えなくなってしまってから、ジョーディは、いったいあの雲は山の向こうで何を見ているのかしらと思った。偉大な山々の連なりをいっそうよく見るために体を起こした。山また山と打ち重なったその連山は、遠くに行くにしたがい、いよいよ黒く、いよいよ凄まじく、最後に鋸(のこぎり)の歯に似た峰がひとつ、西方に空高くそびえ立っている。好奇心を起こさないではいられない、神秘に満ちた山々の連なり… ジョーディは、この連山について、自分がほとんど何も知らないことを、改めて考えた。
「あの山の向こうに何があるの?」彼はかつて父にたずねてみたことがある。
「また別の山があるのさ。なざそんなことを聞くのだね」
「その山の向こうは?」
「また山さ。なぜだね?」
「どこまで行っても山なの?」
「いいや、そうじゃない。しまいには海になるのだ」
「山の中には何があるの?」
「崖(がけ)だとか藪(やぶ)だとか岩だとかがあるだけで、水はちっともないんだ」
「お父さん、そこへ行ったことある?」
「いいや」
「誰か行った人ある?」
「少しはあるだろうな。何しろ崖が険しかったりなんだりして、とても危ないんだ。そうそう、このモントレーの山の地方にはまだ誰も行ったことがない場所が、合衆国じゅうのほかのどこよりもたくさんあるって、何かで読んだことがある」そう言う父親はそのことが得意らしかった。
「しまいには海になるんだね」
「しまいには海になるのさ」
「だけど」ジョーディはしつこかった。「だけど、そこまでのあいだに何があるの? 誰も知らないの?」
「いいや知っている人だって少しはあるだろうさ。だが山の中にはろくなものはないのだ。それに水があんまりないしな。あるのは、岩と崖とアカザの茂みだけなのさ。なぜだね?」
「行ってみたらおもしろいだろうなぁ」
「どうしてだね? 何もありゃしないんだよ」
だが、※②ジョーディは、何かがあることを知っていた。未知であればこそ、何かすばらしいもの、神秘に満ちた不思議なものがあることを知っていた。そうであるに違いないことを、本能的に感ずることができた。
問1 ※①の文から後、ジョーディが「雲」を自由に操っているような描写が続くが、その雲のことでジョーディがどうしてもわからないことがある。次の形式にあてはまる形で、本文中から十五字以内でそのまま抜き出せ。
「ジョーディには、雲が○○○○○○○○○○○○○○○がわからない」
問2 ※②以下の文において、そんなジョーディの気持ちが、父親に対してとった態度によく表れている部分がある。本文中から六字で抜き出して答えよ。
問3 ジョーディと父の二人の気持ちには大きな違いがある。その違いを生み出すジョーディの心理を、最も簡潔に表現できる言葉を一つ、本文から抜き出して答えよ。
問4 この文章の主題として最も適当なものを次から選べ。
ア 雲と連山
イ 連山の偉大さ
ウ 父と子
エ 未知の世界へのあこがれ
オ 神秘に満ちた夢の世界
さて、みなさん、この問題に挑戦してみてください。
何度もいいます。「書いていることしか書いていない。書いていないことは答えなさい」が大原則。そして「お刺身読解」です。「骨」と「尾ひれ」は切りま捨てて、主人公の気持ちを表す言葉と行動のみをグッと見つめて切りさばく!!
国語苦手少女、物語嫌い少女、そして逆に読書が好きだが点数とれない少年は、わりとこれで答えに近づきます。




































