女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
「somi」さま
塾の講師は、わりとそんな言い方してしまいますよね。
肩を持つつもりはないのですけれど、わたしも昔、そんな言い方してしまったときもあります。
基本的に「投げかけて」次の「リアクション」を待つ、というところかもしれません。ほんとうなら、お子さんが、じゃあどうしたらいいの? と言いにいかねばならぬところなのですが…
「くろくま」さんのご指摘のように、そういう話になったのは、何らかの話の「流れ」があったことだと思います。どういう機会に、またどうしてそういわれたのか、本人から話を聞いてほしいところです。
ただ、お子さんのキャラクターから、なかなか自分で言いにくい、という子もおられるのは確かです。
なかには、それぐらい言えなくてどうする! そういう積極性も中学入試をするための資質としては大切だっ と、おっしゃる方もおられますが、前から言うように、中学入試はお子さんの性格に合わせてよき方法を選択してやればよいと思うのです。
A 保護者がお子さんを連れてその講師に相談にいく
親がいちいち出る幕ではない、という意見もごもっともですが、具体的な技術的な部分の「つまずき」の話になるかもしれませんし、ご家庭の生活習慣や勉強の方法にまで話が広がる可能性もあります。講師の先生が本人に話してくださる内容を親も横で聞いておく、というのもときには必要です。
わりと子どもは「先生がこう言うてたっ!」と話すわりには、自分のつごうのよいところしか聞いてこない場合も多いのです。わざわざの機会を作らなくても、お弁当を持って行ったついでや、事務上の手続きにいったついでに講師に相談する時間を作ってもようと思います。
B お子さんにしばらく自分で分析をさせてみる
じゃあどうしたらよいと思う? 今の自分に足りないところは何だと思う? 先生はこうおっしゃっていたのだとしたら、どうしたらそうなれると思う? と本人に考えさせるのです。それは具体的な勉強法よりもむしろ「勉強時間」や「勉強の取り組み方」に問題があるからかもしれません。宿題の仕方が雑であったり、ちょっと手を抜いた勉強法していたり、自分自身でほんとうはわかっていること、でも、なかなか親には言えない、ということ、けっこう子どもは持っていたりするんです。
わからないわからない、というときほど、実はそうなる原因を本人は知っていて認めたくないとき、というのもあります。
塾の講師は授業や日々のテストなどを通じて親の知らない子どもの「情報」を持っている場合、けっこうあるのです。
私が講師のとき、「ほんまやったら上のクラスにいく力があるのになぁ」という場合は、家での勉強時間が足らない場合、授業での集中力が低い場合、宿題の手を抜いているときなどでした。
いちばんよいのは本人が聞きに行くことなのですが、Bのあと、A、という流れでもよいと思います。いわばボールを投げられたのですから、どう投げ返すか考えてやってください。
どちらにせよ、「見込みあり」と言われたのと同じ話なのですから、まずはBの「再点検」をしてみたうえで、A、という作戦ではどうでしょうか?
何かあればまた追加質問よろしくお願いします。
思ったことを、そのまま推敲もせずに投稿してしまい
申訳けありませんでした。そうですよね、息子が講師の方に言われた
状況が分からないことには、しろくま様がどのように答えれば
いいのか悩まれますよね。本当にごめんなさい。
「くろくま」様、ご指摘ありがとうございました。
以後気をつけます。
さて、その状況ですが、塾で宿題をしていて、解らない所を
教えてもらっているときに言われた、と申しております。
ですので、とても深刻に言われたのではないようです。
まさに、しろくま様のご指摘の通り、講師の方は息子の
「手抜き」の部分のことをおっしゃったのであろうと思います。
みなさまがおっしゃっておられますが、しろくま様
「算数号泣少年」をご存じですか?とお聞きしたいくらい、
「宿題の仕方が雑」「手を抜く勉強法」などばっちり息子に
あてはまることだらけです。
息子が少し進歩しました。講師の方に言われた時、
じゃあどうしたらいいのか、と聞こうと思ったらしいのです。
次の授業が始まるとかで、結局は聞けなかったそうですが、
今度会った時に聞くわ、と申しております。
息子が聞いてくるまでは、静観することにいたします。
しろくま様、いつも丁寧にお答えくださいましてありがとう
ございます。
「somi」さま
子どもは親が思う以上に幼稚である反面、またしっかりとしてくるものです。成長を見守ってやってくださいね。
どなたかのレスにもありましたが、わたしは別に「千里眼」でもなんでもありません。同じようなお子さん、同じような保護者の悩み、昔昔にいっぱいいっぱい知っています。お役に立てないときもありますが、ご質問をいただければわかる範囲で誠心誠意お答えしていきます。
わたしはただの「おせっかい」。
あ、べつに新しい塾をつくるための宣伝とか、新興宗教の勧誘でもありませんよ(笑)。もう塾の講師なんかやりませんしできません。何の「裏」もありません。霊能者でもありませんし、国語の成績があがる不思議な不思議な「しろくま像」、100万円です、とか売りつけたりしませんからご安心ください。
お気軽にしろくま、とお声かけください。持っているネタ、知っているコト、すべて提供いたします。
何度となく投稿させて頂き、さらにお返事まで頂いて感謝いたしております。
しろくまさまの「国語が苦手な子を持つ保護者のための技術講座」には、目からうろこ状態のわたしです。
毎回、あっ、そうなんだ~~と、今頃うなずきながらの勉強させて頂いております。
実は、私自身国語が小学生から一番下のレベル、算数一番上のレベルで、学校の先生に不思議がられて育ったものです。
きっと、出来ないと思い込み先生の言葉が聞こえてはいたけれど、理解してインプットまで行かなかったのだと思います。しろくまさまのような先生に出会いたかったと思わずには、いられません。
(でも、その時は聞こえてるだけだったかもしれませんが・・)
今、毎回楽しみに勉強させて頂いております。
なぜ、国語(特に現代文)がこんなにも出来ないのか?自分でも解らず、問題を見ても???で、生活して参りました。その問が、解けて理解できるのが、とても嬉しいです。
すごく遅すぎですが・・・子どもとともに頑張って参りたいと思っております。国語の勉強も楽しいと思えるようになれた自分にびっくりです。
子どもの学校では、文芸教育研究会(西郷竹彦先生)をもとにしている国語教育です。私自身も、その教育での読解をはじめとする作文指導など、奥深く理解するのに時間がかかりますが、子どもと共に頑張っております。
塾それぞれに、もとになっている国語教育というものがあるのでしょうか?
すみません、国語教育事態をあまり解らないので・・・変な質問になっているかも知れないですが・・・・
「sirokuma愛好者」さま 国語か苦手なお子さんをお持ちの保護者さま
塾で教える国語… まず、国語が苦手だ、と思っておられる方は、一度、今通っておられる塾の国語の講義を見学してほしいと思うのです。
国語の講師のスタイルは大きく2つに分けられます。
「を」型と「で」型です。
つまり、物語・説明的な文章などいろいろな作品の文章「を」教える講師と、作品の文章「で」教える講師の2種類です。
前者は、いわゆるオーソドックスな国語の授業です。板書に物語の流れ、説明文の構成を書いてまとめていく、というスタイルです。
個人的には、塾ではこのスタイルは、苦手な子にとってはちょっとつらいところがある、と思っています。つまり、自分でパターン認識をしなくてはならないからです。その文章「を」解説されても、他の文章「で」応用できなくては得点に結びつく国語にならないでしょう?
塾の国語のスタイルは、国語の学習としては悲しいですが、その文章や問題「で」、他の文章が読めるようになり、他の問題が解けるようになるものでなくてはならないと思うのですがどうでしょう?
「ほら、だから他の物語文でもここをおさえれば問題解けるでしょ?」「だから説明文を読むときはこうすればよいでしょ?」という「普遍化」が最後になければ個別の文章の解説で終わってしまいます。
得意な子は前者のスタイルでも、自分で意識・無意識に「普遍化」できているのです。上位クラスの講義ならばこれでもなんとかいけそうですが、苦手な子は、その「文章」で、他の文章の読み方を教える、その「問題」で、他の同様の問題が解けるようになる、という運び方でないと「入試の国語」の講義では無いと思うのです。
たとえば算数の問題で数値換えされたら解けない、なんて笑い話にもならないでしょう? 算数なんかは他の問題にも使える「公式」化がされているのですから、国語もある一定の「公式」化をはからないと苦手な子は前に進みにくいのです。いくら国語をやってもやってもできない、というのは普遍化された講義を受けていない、パターン認識ができていない、という根本的な原因がある場合が多いのです。
その点、「苦手な子を教えるのに適した塾の国語の先生」は、「を」型よりも「で」型の先生だと思います。
いや、塾の先生を批判しているのではありませんよ。「苦手な子」には、そういう自分でやらなくてはならない、自分でやってほしい部分にまで手をさしのべてやらないといけない、ということです。場合によっては保護者がその手をさしのべてやらないといけないのです。
これは繰り返し協調しますが「その文章」「を」読めても、入試には「その文章」がでない限り役に立たないのです。「その文章」「で」解き方を理解していれば、入試で「他の文章」が出ても対応できるのです。
家庭学習でも、その文章でやったことが他の文章にでも使える、そういう部分を問題演習を通じて「獲得」していく、というのが「点数をとることができる国語の学習」であると思います。
何やら回答になっていないようですいません。
しろくま様
いつもしろくま様から皆さまへのアドバイスを拝読させて頂いています。
小5の息子のことで、ご相談させて下さい。
現在、大手の塾と個別に通っています。国語、理科は、公開テストで偏差値60程度を前後しています。算数は、良いときと悪いときの差が激しく45~60と安定していません。3科総合で53~60前後です。
親の私の所見ですが、息子は、暗記力があり、「記憶」で問題を解いている様に感じます。反面、「思考」出来ていない為、国語の記述問題で空白を残してしまうことがあります。算数も過去に経験した問題であれば、難なく解答しますが、「問題を良く見て、深く考えて、解く」ということが出来ていないと感じます。
どの教科が得意、不得意というよりも、「考える」習慣が身についていないのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
まとまりのない文章で大変お恥ずかしいのですが、入試まであと1年を切り、このままの状態で、ただ見守るだけでは不安になって参りました。息子への声のかけ方等、ご指導頂けましたら幸いです。
どうぞよろしくお願い致します。
うちの息子は、ロールケーキさんと逆で暗記(インプット?)が弱くて、思考力
というよりもアウトプット能力?みたいなもので解答しているように思います。
全てそろえば最強な気はしますが、難しいですね。
国語の学習(講義)では、いくら「その文章」を深く掘り下げても入試では「他
の文章」がでるのに、その学習法に一体どれだけの意味があるのだろうと、私は
今までずっと疑問に思っていました。普遍化(パターン認識)する方法?を学ば
なければいけなかったのですね。この年で?初めて知りました。
案外息子の方が普遍化する法を身につけつつある気がしてきましたが、今後は
私も自信を持って子供に「国語の演習問題(復習)をしなさい!」と言えます。
本当にしろくま様のお話はわかり易いです。気付かせて頂き有難うございました。




































