女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
「のぞみ」さま
入試の小道具。わりと大切ですよね。
お子さんの気持ち、わかりますよ。時刻があと何分か、というのをアナログ時計の短針と長針の間の「面積」の広がりや縮み具合、目標「分数」までの扇形の面積の縮まりで時間を意識できる子もいれば、ほんとに計画的にあと何分、あと何秒とカウントダウンするほうがよい子… さまざまです。
結論から言うと、お子さんのやりやすいほうでよいのですよ。時計の問題がなかなか苦手な子もいて、みれば便利ですが、とくにそれに不便を感じなければよいのです。
ちょっと脇道にそれますが、実は昔、算数で、空間図形・立体が苦手なやつがいましてね、なんかええ手がないか、とわたしと、「裏」の算・理の3人の講師が知恵をしぼったんですが、理科のヤツが
「こんな作戦はどうや!」
と編み出したのが、消しゴムの立方体カットと球体箱入り消しゴム作戦です。
私は気が小さいもんですから
「え、でも… それ、ええの?」
とか言うてたんですが
「なんでやねんっ 消しゴムやんけ いけるいける」
と消しゴムを立方体になるようにカットしてそいつ特製の消しゴムをつくってやりました。さらに調子にのった理科講師は、大学が工学部だったものですから、なんか工作機械で消しゴムを円柱に切り出して円柱消しゴムまで作成しました。
保護者の方ならむか~し、ユニというちょっとお値段高いめの鉛筆1ダース買ったら、立方体の箱に入った球形の消しゴムがおまけについてきたのをおぼえておられませんか? それもそいつに持たせました。
実際の入試では、球体消しゴムは箱から出されたみたいですが、立方体の消しゴムも球体の消しゴムも円柱の消しゴムもおとがめはありませんでした(笑)。
で、本番に役立ったかというと、立体は出たには出たのですが、えらい簡単なもんで、ぜんぜん必要なかった、とそいつは笑って会場から出てきました。
けっきょく入試なんてそんなもんで、時計もアナログ式のものでなければ、とは思わなくてもよいかも知れません。
さて、いつかお話ししようとしたのですが、私は国語にも「計算用紙」がほししい、と思っている派なんです。
いずれ「技術講座」で対比型の論説文の解法をやりますが、対比型の論説文の場合、表をつくって整理する、という方法がけっこう有効なんです。ほんとに計算用紙、国語にもほしいです。
算数でも「面積図」やつるかめ算の「表」で解く、みたいなのがあるでしょ。
あんな感じで整理した読解の方法があるんですよ。
で、今回の「下書き」の話ですが、それはおすすめできる方法です。とくに字数が多いものはあらかじめ書いておいてから答案に書く、というのがよいと思います。何回も何回も書き直して真っ黒になったり破れたり… 模試の監督なんかしていたときにもよく見かけました。
問題用紙が二枚あれば一枚は「裏返しの半折り」で下書き用、というのは是非やっていただきたいところです。
ただ、実際の入試は学校にもよりますが、「冊子」つまり本のようになっている場合が多く、冊子の裏の空白がわりと狭い場合もあるので… 問題文の空白にちょこちょこ書く、みたいなことになってしまうかもしれません。
たしかに保護者は模試中の解答しているお子さんの様子をご存じありませんよね~ ほんとに色々ですよ~ 見ていておもしろいぐらい「個性的」です。
ただ、すべて下書きすると実は時間が足りなくなる場合も多いのですよ。
時間が足りない、となってしまう女の子の2割くらいは、まじめに下書きしとるヤツが多いのも確かです。
低学年の国語講座で私が強調する「書く力」の大切さがこのあたりに出てくるのです。得意なヤツって、下書きを頭の中でできるんですよね~
会社の事務員さんなんかでも、手紙にあいさつ文書くときに、下書きしてから書く人もいれば、ちょっと考えていきなりスラスラ書ける人、いますよね。
入試用の下書きとしては、部品となる単語だけを抜き出して、答案で組み立てる、というのがスピードもあってよいのですが… 実際どんなふうにお子さんがやっておられるか、本人によく聞いてみてください。
30字以上ならば、やはり下書きは有効かと思います。
「きじとら」さま
子どもはよく親のことを見ていますよ。ケンカもするし口ごたえもあるでしょうが、何のかんのと、親の言うことは聞いているのです。
いたいところをつかれると、大人は反省しますが子どもは反発するものです。
激しく反発し、引っ張るからこそ親と子の紐の結び目も固くなるもの。
でも、極端とのめりこみすぎにはご用心。愛が深い証でもありますが、フォーカスは絞れば絞るほど回りが見えなくなるものです。
私の祖母は、よく、「神様や仏様はこの世にはいらっしゃらないけれど、時々他人の口を借りて話かけてこられるんよ、だから自分にとって嫌な言葉も神様や仏様の言葉かも知れないからよく聞きなさい」と言うておりました。
周囲の不愉快な言葉も聞き入れて、子どもの様子もよく見てやってください。
関西在住でなかろうが、低学年だろうが、お声をおかけいただいた人、このスレを見られて何かご利用いただけたなら、と思っています。
私の話も、もちろん鵜呑みになさらずに、是々非々で、他人の意見もよくお聞きになってご利用くださいな。
しろくま様
こんばんは。のぞみ様へのレスを読ませて頂いていて、
日頃から気になっていたことを思い出し、
質問させていただくことにいたしました。
よく、入試を受けてきたあと、合格しているか、
子供の「手ごたえ」だけでは心もとないので、
帰宅してから答え合わせをして合否を推し量った、
などと耳にするのですが、
一般的に、試験を受けた際、解答用紙に答えを記入すると同時に、
問題用紙の方にも、答えを書いておくのが普通なのでしょうか?
我が子の通う塾は、月一回の公開テストの際、
問題用紙は持ち帰らせ、その日の夜、
解答をネットで公開する形式です。
答案は、成績処理のため、数日後に返却されるのですが、
我が子は、テスト日の夜、一応、ネットで解答を覗いています。
ところが、毎回なのですが、自分の答えをメモしてきていないので、
正解を確認しても、あんまり意味がないのです(苦笑)。
特に、算数と国語の記述!!
本人に「問題用紙にメモっておいでよ! その日のうちに
テスト直しができたら効率がいいから」と、毎回言うのですが、
書いてきたためしがありません・・・。
「そんなん書いてるヒマないし!!」だそうです。
皆さん、どうしておられるのでしょうか?
入試の時までに、きびしく言って、書かせるように
させておいたほうが良いのでしょうか?
それとも、解答をメモする時間があったら、
一問でもたくさん見直しをさせるほうが良いのでしょうか?
以前からモヤモヤしていたものの、私の中で結論が出ません。
よろしければ、アドバイスをいただきたく、
よろしくお願い申し上げます。
※数年前、灘中の学校説明会で、「立体図形を有利に解くために、
サイコロ型の消しゴムをたくさん持ち込んだケースなどがあり、
微妙な文房具は没収する場合があります。注意してください」
というような説明を聞いた記憶がうっすらあります。
うろ覚えなのですが・・・。どこの塾でも知恵を絞って
さまざまな対策を打っているのですね。空間図形苦手少年、
おとがめなくて、本当に良かった!!(ホッ!)
「月桂樹」さま みなさま
ありゃりゃ、立方体消しゴムや円柱消しゴム作って持って行くのはもう御法度なんですねっ 立方体消しゴムなんか切ったら簡単に作れたもんですから… これは私としてはたいへん有害な情報提供してしまいました。みなさま申し訳ありません。
なんせ20年も前のことで… 昔話だとお笑いください。無知でした。じゃあみなさんはそんな消しゴム禁止だったのはご存じなんですね~ 私は気が小さくてちょっとびくびくしたんですが、とくに消しゴムくらいでどうこうなかったもので… よい子はまねをしてはいけないのですね。ごめんなさい。
まぁ、みんなが持っていくようになったらそりゃあ変だって学校もなりますよね~ でも実際はあんまり役には立たないようで、たいてい使わなくてすんだっ て生徒たちは言うてましたから、当時も精神安定剤みたいなもんでしたが…
さて、テストの自分の解答を記して持って帰っておく… これは昔は、あるいは今もかもですが、塾をあげてこうしなさいっ という指示が出されていた記憶はありませんが、とりたててそうしておきなさい、と言わなくても多くの人はそうしていました。
奈良のT学園は、記号選択問題が当時は多く、問題に自分の解答をかんたんに○印で記録できましたから、時間が足りない、ということはまずありませんでした。現在のセンター試験では受験生はみな、記録して持ち帰りますが、それとて番号選択ですから平易です。
模試なんかも模範解答が今はそうしてすぐ確認できるのなら、記録して持ち帰るのにこしたことはありませんが…
ただ、いずれ返却されるものですし、どうしてもその日のうちに点数がわからなくてはならないものだとも思います。
つまり、模試の概念をみなさんはちょっとだけ変えてほしいのです。
① 模試の点数が高い低いで一喜一憂する必要はない
② 模試は不得意教科不得意分野を発見するものである
③ 模試は文字通り「模擬」で本番の疑似体験をするものである
④ 順位や偏差値にこだわるのは小6の夏休み以降でそれまでは得点そのものをよくみる
①について、点数が高いとそれでついついこの模試はできた、と思って放置してしまうのですよね… 90点でも10点の失点がとても大切な部分かも知れません。また、点数低いことに怒って子どもを追求してしまうと、見直しをする気力もなくなりますし苦手教科に対する苦手意識を深化させるだけです。せめて一喜一憂は返却時の5分以内で、もう後は、先月の模試はどうのこうの、とけっして親が引きずってはいけません。
②について、模試で合否が決まるものではありません。どこが得意でどこか不得意か、点数が低いときはそれが発見できたのですから貴重なデータです。その部分をじっくり丁寧に分析しなくてはお金を払った意味がありません。むしろ満点ならば、受けた意味がなかったともいえるのですよ。
③について、本番で緊張したり時間の配分をまちがえたりしないようにするための予行演習です。これでふだんの勉強とは違う時間の流れと空間を学んでいるのです。ケアレスミスやとんでもないハプニングをあぶりだしているのですから、そのことそれ自身を責めても意味はありません。どうすれば本人が力を発揮できるかのくふうを考えましょう。
④について、②とかかわることですが、その問題で何点とれているか、という視点は大切です。模試は前半は「素点」主義で、どの問題での失点があるかを判断し、みんなの志望校が決まりはじめて本格的に動きはじめたところで順位や偏差値を確認して志望校の判定に利用する、というのがよいと思います。
でも、まぁ、できれば、国語でも記号選択部分くらいは記録しておいて、あ、ここは間違えてしまった~ と、その日のうちに認識したほうが、次の誤りにはつながらない、と思うので、ぼちぼちでよいですから、記録できるようにもっていってほしいところですね。
すべて見直しが大切です。誤りは訂正するかぎり失敗ではありません。模試の点数が低いことに起こるのではなく、見直しや復習をきっちりしないことに怒ってほしいところです。
違う誤りなら100回やってもゆるしてやってください。それは試行錯誤です。
でも同じ誤りなら3回やったらしっかりご指導してください。それは学習していないのですから。
しろくま様、ありがとうございます。
やはり、答えをメモって来させた方が良いのですね。
今、計算用紙の使い方とか、
テストの受け方を少しずつ改良している最中なのです。
あれもこれも、一度には無理でしょうが
(なかなか頑固で、ハイハイと聞き流すタイプです。手を焼きます!)
選択式の問題だけでも、問題に書き込みながら解くように
仕向けていきたいと思います。
去年、一時的に子供の成績が落ち込んだ時期があり、
塾の先生からお電話を頂いたのですが、やはり
「現段階で、点数や偏差値にこだわりすぎない」と
おっしゃいました。
以来、学習態度その他はともかく
「成績では叱らない!」ことを心掛けているのですが、
・・・ストレスフルな毎日です(苦笑)。
公開テストの解答速報で答え合わせができると、
日曜の夜、受けた直後の記憶が新しい時点で
間違いが直せ、学習効果的にも、スケジュール的にも、
(水曜や木曜にテストが戻っても、直し時間が取れず、
結局、週末まで手がつけられない)
大変良いと思うのですが、なかなかうまくいきません。
一歩一歩、改良していきます(泣)。
私の言うことは、ニコニコと肯定しながら遮断している息子(怒!)も、
しろくま様スレッドは、フムフムと納得しつつ
読んでおりますので、
大いに助かっております。
ご好意に、大変感謝いたしております。
しろくま様は、きっと、子供好きでいらっしゃるのでしょうね。
子供を見守る目に、愛がありますものね。
お彼岸で、四天王寺さんにお参りに行きました。
何やらお子さん連れの集団がお寺のほうにたくさん向かうので、どうもお参りの方々と空気が違う、と思っていたら、今日は四天王寺中学で招集日か何かだったんですね。みなさん私服でしたから入学式ではなさそうで…
そういえば駅でもそういう親子連れさん見かけましたがこの数日に招集日があるんですよね。三月一日が入試日のときも、お彼岸あたりに招集日があったことを思い出しました。
終了組のみなさま、いよいよ入学が近づいておりますね。前にも言いましたが「極端」はだめですよ。合格したから、入試がすんだし、最初は好きなことさせてあげよう、と思うもんですが、勉強するときは勉強する、遊ぶときは遊ぶ、というケジメをしっかりつけないと、ほんとうに回復に時間がかかります。
招集日や入学式などの帰りに、塾に立ち寄ってくれる子どもたちがたくさんいました。塾の講師のところにも「報告」に来てくれた生徒たちがいたことを思い出しました。
自分にとって○○中学がサイコーだ、とめざしてがんばるわけです。でも、残念ながら第一志望には入学できなかった、という子もむろんいるのですよね。
自分が思っていた「最高の中学」と、自分にとって「最良の中学」は同じでなくてもいっこうにかまわないのです。
子どもは不思議なもので、その学校の制服に手をとおした瞬間、みるみる大人になってすっかり変わる… いつまでもいつまでも引きずっているのはその学校に通わない親のほう… という場合もありました。
その時点で合格したところが、その子にとっての「最良」の学校なんです。前にも違うスレでレスしたのですが、合格した学校が最適空間にきまっているんですよ。適した土地に適した栄養と適した水を与えれば、種はどんどん育って大きく育つ。何に育つかわかっているのは植物の種ですが、子どもという才能の種はどんなもんになるのかわからない… なのに○○中学行っていれば、××中学に入られていたら… の「たら」、「れば」の仮定形で説明してしまえば子どもの可能性を限定してしまっているのと同じです。
1段目のロケットは切り離されました。それはみなさんのお子さんをある高みにもちあげてくれたものです。切り離されて、はい、さよなら。次は2段目のロケットの推進力に力を注いで前に向かってください。
親は地上でロケットが飛び立っていくのをみているだけですよ。地上の管制室にいればよいのです。
~しろくまの「国語が苦手な子を持つ保護者のための技術講座」~⑩
(その3)の模範解答ですが
問1 ウ
問2 イ
でした。
問1は、イとエは「よく似た作品」と「同じような作品」、これに対してウは「まったく同じ作品」と説明しており、類似と対比がきわだっています。ウとエは「心をうばわれ」と「心をうたれ」で類似です。
さて、文章を読むと、まず最初の逆接語によって、作者の重要な視点が浮かんでいます。しかも形式段落の頭の逆接語ですから、そこがとくに重要な筆者の主張がありそうです。
●「ところが」あるとき私自身の作品を「うつしてきている」のがあった。
「うつしてきている」以上「まったく同じ作品」なのですから、これはウと考えるのが妥当です。
問2は、そもそもこの「私は要だ」と表現しているのは+(プラス)イメージな比喩なのか-(マイナス)イメージなのか…
これまた「要約語」の後ろにはっきりと記されています。
●「つまり」大きな海を見たときは、胸をひろげ、手をひろげ、それと一体になりたい、あやかりたい、という気持ちになる。
と、これまたハッキリ記されています。アの「大きな人間」とウの「小さいもの」は対比で、ウとエは-(マイナス)イメージの表現ですからイが正解と考えるべきなのです。
選択肢をよく読み、「対比・類似・+-の整理」をして、「逆接語」の後、とくに形式段落の頭の「逆接語」はその段落が大切、「要約語」の後、「のだ」「は」「とは」を浮き彫りにして文章をしっかり読解していく… 選択肢読解と本文読解の交点に模範解答が必ずあります。
では、こういう要領でさらに問題にチャレンジしてみてください。
(問題文)
自分の考えを述べるには、ほかの人は知らず、わたしの場合は、①まず「書いてみる」ことにしています。
「書く」ことで、考えの展開がうながされているということがあります。手に筆記具を持って「書く」という動作をすると、その手首と腕の筋肉の動きが一つの刺激となって脳にはたらきかけ、精神の活動をうながす、という話を何かで読んだことがあります。
とにかく書いてみることです。書くと、考えが次のステップへ進みます。
きみたち、よく自宅の電話で友人と長ばなしをしますね。あれは考えを伝えるというのではなしに、おしゃべりを楽しむというか、おたがいにことばや声で触れあっているわけで、それは話ことばの一つの効用であり、②必要なむだばなしと言えるでしょう。
しかし、それはあくまでも「あそびの会話」で、おたがいの感情や考えが、深いところで通じあい理解しあっているか、という点になると、わたしは首をかしげたくなります。
では、自分の気持ちや考えを、あまさずそっくり相手に伝えるのにはどうしたらいいか。それは前もって、箇条書きでもいいから文字にしてみる、言いかえれば自分の考えそのものを確認することです。頭のなかにもやもやした考えがあり、しゃべることでそれを組み立てていこうとすると、えてして出たとこ勝負の行き当たりばったりの話し方になり、ことばだけが先走ってしまって、自分が何をしゃべっているのかわからなくなることさえあります。書いた場合は、消したりことばを足したりすることができますが、いったん空中に飛び出したことばは消しゴムで消すことができません。
またことばはみんなの共有財産です。しかもどれだけたくさん持っていても、税金はかかりません。ことばはたくさん持っているほどよいのです。
子どもが、ときどき、びっくりするようなすばらしい詩を書くことがあります。それは世俗のちりや、救いようのない③常識の泥水に足をとられているということがないから、大人から見たらハッとするような、物事の本質を素手でつかむような表現になるからです。子どもは知っていることばの数が少ないから、持ちあわせのことばだけで表現するため、かえって新鮮な感じを大人にあたえる場合が多いのです。
しかし、きみたちは子どもではないのですから、舌足らずであっていいはずはないし、子どもには手の届かないいろんな言いまわしやことばをたくさん知っていなくてはと思うのです。そのためには、きみのことばの生活が「あそびの会話」のわく内にとどまらず、もっと広いことばの海へ漕ぎ出すことです。それもことばの音としての側面ばかりでなく、文字としてのことばに目を向けることです。
たくさんのことばを自分のものにしてください。「考えを伝える」ことは、そこからスタートします。
問1 ①「まず『書いてみる』ことにしています」とあるが、それはなぜですか。二つ選びなさい。
ア 書くと、それだけでとても楽しいから。
イ 書くと、自分の考えを確認できるから。
ウ 書くと、脳に働きかけることになるから。
エ 書くと、あとで自由に消すこともできるから。
オ 書くと、自分の考えが次のステップへ進むから。
カ 書くと、いつまでも残しておくことができるから。
問2 ②「必要なむだばなし」とあるがなぜ必要なのですか。次から一つ選びなさい。
ア むだばなしが深い考えを伝えることもあるから。
イ むだばなしが深い考えを生むこともあるから。
ウ むだばなしが人間関係を強めるから。
エ むだばなしが人間関係をなめらかにするから。
問3 ③「常識の泥水に足をとられている」とはどういう意味ですか。次から一つ選びなさい。
ア 世間の新しい考え方を学んで新しい見方にとらわれている。
イ 世間の新しい考え方を学んで新しい見方をしようとしている。
ウ 世間のありふれた考え方にとらわれて、新しい見方を嫌っている。
エ 世間のありふれた考え方にとらわれて、新しい見方ができないでいる。




































