女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
「トガリ山」さま
個性的、独特、いわゆるユニークなスタイル、というのを勉強において発揮する子は、わりと中学や高校に入ってから伸びていきます。中学に入られた以上は作為せず、子どものやりたいスタイルで勉強させてやればよいと思います。
孫子の「正を以って合し奇を以って勝つ」という言葉どおり、小学生のうちは正攻法、基本的な、誰にでも通用する勉強のスタイルをするものが成績を伸ばしますが、中・高、ましてや大学入試では「奇」が大切です。変なことをする、という意味ではないですよ。
「誰もがすることをしっかりする、誰でも点がとれるところでミスしない、そうして誰もがしないことをして合格する」
と入試用に「翻訳」すればそのようなところでしょうか。
「正」「奇」の使い分けができればうまく成績を伸ばしていけるわけですよね。ただまぁこれは玄人でも難しいことで、これを指導できるのが一流の「参謀」です。子どもにはなかなか無理で、それこそ保護者はもちろん塾の先生方にがんばってほしいところです。
前にもいいましたように、「残念組」という言葉は適切ではないと思っています。その段階の力で合格できたところがその子に適したところなのです。「適正合格組」と言うてほしいところです。適正合格した学校で「正」なる学習をし、自分のスタイルにあった学習したり学部によっては特定教科を伸ばす塾を選んだり、人とは違う自分にあった方法、「奇」なる学習で合格できます。
上のお子さんへのよいアドバイスになったかどうかはわかりませんが、まだ時間はあるでしょうし、ゆっくり練ってがんばらせてやってください。
「sirokuma愛好者」さま
ドイツ語で「知識」は「ヴィッセン」と「ケントニス」の二つの単語があります。教育学では、この言葉の意味はビミョ~に違えて使用するようです。大学生のころ、教育学の教授がしきりに「Wissenヴィッセン」を「Kenntnisケントニス」にしなければならない、とおっしゃっていました。
単なる知識、と、身についている知識、言葉として知っている、ということ、と、理解して知っている、ということの違い、とでも言うのでしょうか。
「経験」によって「ケントニス」となる、とおっしゃってもいました。
国語、とりわけ読書は「追体験」であったり「疑似体験」であったりの世界ですから、それを通じてその「言葉」の意味が「身についていく」という手助けとなるものです。
虫取りで、子たちがコオロギをとりにいく、みんな大小を競い合っていた、するとある子がスズムシをつかまえる、「あっ スズムシだっ」と子たちが叫んでそのつかまえた子のまわりにいっぱい集まる、みたいな物語の場面がありました。
コオロギよりもスズムシが「子どもの世界で値打ちがある昆虫」と「知っていなければ」この場面の意味があまり伝わらない。
単なる単語としてではなく、それについている付加価値もふくめて理解してはじめて「ヴィッセン」が「ケントニス」になっているわけです。
ことわざ・慣用句の授業でこんな問いをしたことがあります。
「『かえるの子はかえる』、というのがあるよね、どんな意味かな」
と、質問すると中学受験をめざす子で小6ともなればたいていの子は答えてくれます。
「同じような意味のことばはあるかな」
と、問うても、「うりのつるにはなすびはならない」など答えられたりします。
で、ちょっと変わった質問をしてやりました。
「あのさ、じゃあなんで、『犬の子は犬』『猫の子は猫』という表現ではないのかな? べつにそれでもええやん。数ある生き物の中から、わざわざ『かえる』になったのはなんででしょう?」
え~? そんなん、ことわざやねんから、いちいち理由はないんちゃうん、とか、わりと、みんな変な顔をする。中には
「お母さん言うてたけど、そんなんどうでもええからぐちゃぐちゃ言わないでおぼえたらええねんっ て」という子がいました。
これには爆笑しました。きっと子どもがいろいろ質問したら、お母さんはそんなことをおっしゃって早く次に進めようとされていたんでしょう。まぁ、それも大切なことでまちがいではない。
「あのさ、よく考えたらおもしろいよね。かえるの子はかえるとちゃうでしょ?」
「あ、おたまじゃくし、やね」
「そうなんよ。この表現には、子どものときは、親とは似ても似つかないから、いったい何になるのだろうか、と思っていたら、なんだやっぱり親といっしょになったやんか、みたいな『思い』がこめられていた表現なんよ。だから、これを使うときにはこんな思いがこめられている場面にしか本当は使ってはいけないんよ。医者の子が、医者になるためにいっしょうけんめいがんばって、医学部合格しました、おめでとうございます、というときに『かえるの子はかえる、ですね』とは言わないんよ。むしろ『うりのつるにはなすびはなりませんでしたな』、みたいに言わないと。おれは医者になんかならないぞっ と、親の反対おしきって、家出までしてぜんぜん違う道に進む勉強していたのに、あるとき突然医学の道を志し、気がついたら医者になってました~ 『いやぁ~ かえるの子はかえるでしたなぁ~』と言うのだよね」
という話をしてやりました。
ですから、低学年のうちは「語彙を増やす」よりも「語彙を深める」という勉強のほうがよいのではないでしょうか。横に広げるのも大切ですが、まず縦に深く掘って横に広げていく、みたいな感じのほうが言葉の学習には大切な気がします。
興味の芽を低学年のうちに摘み取ってしまうと、表面的に撫でていくような学習姿勢になってしまい、おぼえても忘れる、おぼえても忘れる、という体質になりがちです。一段深く掘り下げる、というクセをつけておくと暗記力がつくような気がします。暗記力ってたくさんおぼえる、というより深く知る、という力のような気がしてなりません。
五つのことわざをおぼえるより、一つのことわざに関連するいろいろな話をしてやったほうが、五つわすれても一つわすれない、というような「体質」になれると思いますよ。
「sirokuma愛好者」さまへの追加
すいません。かんじんの話を忘れていました。そのテキスト、というのはどんな感じのものなのでしょうか。
問題演習的なものなのか、ことわざ、慣用句や語句などの「解説」みたいなものでしょうか。
塾での学習との関わりで説明するなら、小テストの範囲の語句以上のことを改めて別にする必要は今の段階ではありませんよ。与えられたものを確実にする、しかも丸覚え、ではなく、何か子どもが興味をしめした語句などは、お母さん、お父さんもわからないから、ちょっといっしょに調べてみようか、へぇ~ こんな意味なのか、と、わかっていてもいっしょに驚いてやってください。場合によっては、ちょっとこれお母さんに教えてよ、お父さんにも説明してあげて、みたいな「いじり方」を是非してやってください。
しろくまさま お返事ありがとうございます。
読ませていただいて、とりあえず私の気持ちを落ち着けることができました。
そして、今するべきことがよく分かりました。
私自身が国語が苦手だったので、手詰まり感でいっぱいでした。
具体的にどうすればよいかを分かりやすくご教示していただき、心の晴れる思いです。
子どものこなしている課題を私自身がきっちりと把握・整理して、
子どもの国語に対する苦手意識を払拭できるようにそっと進めていきたいと思います。
他にも悩み(字が汚い、とか)はつきませんが、一つ一つ解決していけたら、と思っています。
今後もまたご相談させていただくこともあるかと思いますが、よろしくお願いいたします。
しろくま様、ご無沙汰しております。
前回ご相談させて頂いてから季節も変わり変化ある時には必ず立ち止まり足踏みしつつも心身ともに力の抜き方を上手に出来ない親子です。
新5年に塾で進級した時は今後を思うと、それだけで想像夢想で疲れ果てておりました。
しろくま様やこちらで皆様に諭され癒され励まされ春を乗り越えられました。 と、言うよりはジーと1日1日を過ごしてきました。
私は、心配しすぎて過干渉で1人で疲れて居りました。 息子はそんな母に影響され動揺させられていたのでしょうね。
しろくま様に教えて頂いた様な物語のある受験。少し解ってきました。もう5年になると自分の気持ち考えを言葉で表現出来るのですね。今まで主導しなければと思い込み「母の受験」でしたが、教えて頂いた様に心配な気持ちを抑えて見ると息子が対等に話が出来ている事に気が着きました。 正直、驚きよりも嬉しさ頼もしさを感じました。
私は今回のことで自分の親としての性格??を今更ながら解りました。
親として振舞う時に本来の自分より理想となれるように空回りしてた様です。 なかなか直せそうにありませんが、知ればコントロールは心かけて行けそうです。
(私事ですがウォーキングと運動を少しずつ始めました。何も考えない考えられない状況、かなり気に入ってます。)
息子に乗り移るように自分を重ねていた私を自力で剥がして面と向かって話してみると、なんと楽しい事でしょう。
本音で「ここだけの話!!」としてみると話も弾むし 息子も楽しそう。 いつの間にか世間話から勉強の話になり 息子が自己分析を語り自分での試行錯誤の葛藤を聞いているだけで・・・十分。
しろくま様のお陰で少しだけ変われた事をお伝えしたく長々と失礼致しました。勿論 しろくま様のレスは日々見させて頂きお世話になっております。
是非今後とも 宜しくお願い致します。
しろくまさま
お答えいただきありがとうございました。
まずは今の塾を最大限活用するということですね。
肝に銘じて、もっと積極的に塾を活用していきたいと思います。
厚かましいのですが、もう一つ質問させていただけますでしょうか?
よく受験の成否に、成績が上昇傾向で受験できれば合格しやすく、下降線の状況で受験してしまうと失敗しやすいと聞きます。
そこで質問なのですが、残りの期間どのようなペース配分で取り組ませたらよろしいのでしょうか?
因みに、当方では、いまから全力モードでは、途中で息切れするのではないかと思い、現在は8割くらいの出力(家庭学習時間、集中度合いなど)で取り組ませています。(あくまでも親の主観ですが)
「弱気な母」さま
よかったですね。子どもの成長というのは、身体的なことにとどまらず、精神的な面でも、ほんとうに「急速に」伸びていき、一年くらいでがらっと変わってしまうときがあります。
一見幼稚そうでも、女の子の「感性」はおどろくほどそれなりに鋭くなってくる。
一見幼稚そうでも、男の子の「論理」はおどろくほどそれなりに完成していく。
母の日だから、というわけでもないのですが、「弱気な母」さまへのレスを借りてちょっと思い出した話を。
子どもって、時々、こちらが、えっ と驚くような一言を見事に発しますよね~
何の話でそうなったのか忘れたのですが「だいたい母親は男の子には甘いというか何というか、女の子に対する接し方と違うなぁ」という話をしてしまったことがあります。たしか授業で取り上げられていた文章が「母性と父性の違い」みたいな説明文だったからだと。
「塾の受付で、お母さんがお弁当を届けにこられるのをよく見るんやけど、まぁ、お願いします、と受付のカウンターに置いておく場合もあるし、チャイムが鳴って休み時間になって子どもがとりにくるのを待っている場合もある。たとえば女の子のお母さんは、子どもが弁当をとりにくると、まぁニッコリ笑って、はい、お弁当、がんばってね、と一声かえて、じゃあ帰るわね、となる。ところが男の子のお母さんは違うなぁ~ はい、お弁当、と言いながら、ちゃんと聞いてる? ノートはとっているか? ぼ~っとしてたらあかん、などなど、いろいろ話してシャツが出ているだの、ズボンをあげなさい、だの、あっちこっちいじりまわして、さぁ、がんばってらっしゃいっ と送り出す。姉と弟がおる場合などその差がよくわかっておもしろいんよ。でも、きまってそういうお母さんは、お姉ちゃんとちがって下の子はどうたらこうたら、と言うけれど、そんなに上と下で差はないよ。同じくらいマヌケでも、やっぱり男の子のほうが気になるみたいやね~」というような話をしました。すると一人の女の子が
「ほんまそれ~! うちのママは、私には賢い母やけどお兄ちゃんにはアホな女やわ」とポツリ。
「え…」と思わず、しろくまは止まってしまいました。女の子ってこわいなぁ~ と思いましたよ。
まぁ、みなさんお子さんへの愛情の量に差はないかもですが質にはじゃっかん差があるかもです。子どもはいろいろ見ているなぁ~ と思いました。
男の子は、とにかく小五くらいでも、独自のリクツと思想を持ちはじめる場合が多く、うまくいろいろ話を聞いてやって、「思想を語らせて」やってみてください。意外とそれなりにツジツマがあったことを言うてるのですよ。頭から否定してやらないで、勉強の仕方なども、なぜ、あなたはそんなふうなやり方をしているのかな、と同じ目線で聞いてやってみてください。無理に正すよりも、長期的な視線でなぜこっちのほうがよいか丁寧に説明してやれば、「よい理論」を選択する思考がボツボツできはじめているので、あまり心配はいりません。
まずはじっくり子どもの論理に耳をかたむけてみてやってください。
「迷い母」さま
たしかに私も塾の講師時代、そういう話はしました。
ベクトルが上向きな受験がよい、成績は下でも、だんだん伸びてきている流れで受験できればよい、と言うた記憶があります。
ただ、それは大きな、一般的な話で、細かい部分や個人で「差」はあります。もっというと「教科」によって違いもありますよね。
暗記物は「追い上げが効く」と一般に言われがちですが、ちょっと誤解が生まれやすい。何のことかと申しますと、「追い上げ」が「効いているように見えやすい」ものが暗記物だからです。短期でやれば模試の点数は上がりますが、「身についた知識」になっているかというと、ちょっとあやしい場合があり、秋くらいから成績上がっているようにみえて、おぼえ終わった部分の「忘れ」も同時進行していて、やっぱり本番でコケてしまいました、となる場合も少なくない…
社会は直前学習に持ち込んでしまうと、「同時進行で忘れていく」部分を測定しにくい、というリスクがあります。これは理科の暗記分野においてもそうです。
受験勉強は、スポーツにたとえられる部分と、たとえられない部分があって、それを取り違えるとちょっと失敗しますよね。
マラソンの場合は、ペースやら誰の後ろにつけておく、などの「戦略」がありますが、受験勉強は1教科だけではなく、それぞれ質の違う教科の同時進行ですから、直線的な思考で対応すると失敗します。
たとえば「ペース」は「速さと量」の関係です。たとえばふだん一日三時間している子が、夏休みまで三時間、夏休みから十月まで四時間、入試まで五時間、と「量」を増やしていく、というのもペースを上げる、と表現できますし、ずっと四時間しているけれど、「速さ」を早めて単位時間あたりの勉強量を増やしていく、というのもペースを上げる、と表現できます。
前者は、暗記物の教科のペースの上げ方かも知れません。とくに社会などは入試に近い時期の勉強「量」の増加が効果的かも知れません。
後者は、算数や物理・化学系の問題でしょう。最初はきめられた時間の中でじっくり思考しておく必要がありますが、入試に近づくにつれて処理速度を速めて単位時間内の問題演習量を増やしていく…
簡単に「3→4→5」という増加量を示しましたが、これはある意味適した目安かも知れません。夏休み前を3という時間あるいは量とするならば入試前までは、その倍にはいかないぐらいの時間と量にふくれあがらせていく、というイメージでどうでしょう?
勉強にも「疎密」があってもよいのは確かです。一日で休憩もあれば食事もあるのは当然です。ただ、期間的には「疎」と「密」の波が出ないようにするのがコツかも知れません。
どういうことかと申しますと、夏休みは「密」になりますよね。おそらく講習もあるし自習室もあるでしょう。すると夏休みが開けてしまうと突然「疎」となってしまってペースを乱してしまうケースも多いのです。だからたとえば、夏休みは「時間は増やす」が「内容は基本的」な取り組みにしぼる、という作戦です。自習で扱うのは基本問題やミスした問題、ちょっと考えたらできた問題を、流すようにする… つまり「時間的密」と「内容的疎」にしておき、夏休み明けは「時間的疎」でも「内容的密」、つまり時間は夏休みより短くても「難問」や「深く取り組む教科・分野」をやっていく、という方法で全体のバランスをとるのもよいかも知れません。
いずれにせよ、お子さんのキャラクターに合わせた学習方法を選択してやってください。まわりのお子さんがそうしているから、ではなく、うちの子はこういうやり方でいく、という確信で勉強させてやってみてください。




































