女子美の中高大連携授業
しろくまさんにアドバイスを頂きたい人集まりましょう。
6年生。
難関校を目指しております。
国語が大の苦手。
元講師だったしろくま様
しろくま様のアドバイスは温かくってほっとします。
国語についてアドバイスを頂けたらと思っております。
宜しくお願いいたします。
(前回からの続き)
⑥ 天智天皇
中大兄皇子のことです。「なかのおおえのおうじ」もなかなかむずかしい読み方ですよね。ほんとは中皇子なんですよ。「おおえ」っていうのは、つぎに天皇になる人、皇太子のことです。あ、皇族(こうぞく)の、その一家の後とりの場合も「おおえ」がついたみたいです。
乙巳の変の天皇、皇極(こうぎょく)天皇は中大兄皇子のお母さんです。で、中大兄皇子は、孝徳天皇を立てて、自分は皇太子となります。
お母さんは引退… でも、孝徳天皇をしりぞけたあと、もう一度お母さんに天皇になってもらって、これが斉明(さいめい)天皇です。
なかなか中大兄皇子は天皇になりません。でも、朝鮮へ兵を出して戦いで負け、その後、ようやく天皇になります。この戦いは「白村江の戦い」といいます。読み方は「はくすきのえ」ですが、今では「はくそんこう」と読んでもよいみたいですね~ 有名な戦いなのに、戦った場所が、はっきりと確定できていないようです。
天智天皇の「天智」ですが、「てんち」ではなく「てんじ」と読むのが正しいのです。「知」+「日」ですよ~ 「目」と書いてしまう人が時々います。注意してね。
都は滋賀県の大津にうつされました。園城寺、というお寺があります。ふつうは「三井寺」というのですが、天智天皇・天武天皇・持統天皇の三人が産湯をつかった井戸があるから「三井寺」となった、という話をきいたことがあります。
さて、天智天皇の弟が大海人皇子。「だいかいじんおうじ」と読んではいけません。「おおあまのみこ」です。天智天皇の死後、天智天皇の子の大友皇子とあらそい、勝利して、天武天皇となりました。この戦いが「壬申の乱」。壬申ですから、「さる年」。672年は「申年」なんですよね。
血縁関係がややこしいのですが、天智天皇の娘、うののさららのひめみこは天武天皇のお后(きさき)さまになります。おじさんと結婚したことになるんです。で、草壁(くさかべ)皇子が生まれる… で、その草壁皇子の妻が、うののさららのひめみこの妹のあへのひめみこ… え… もう何がなんだかわからない… みなさん、図を書いてみてくださいね…
草壁皇子の子が軽皇子(かるのみこ)です。ところが草壁皇子が早くに死んでしまって、どうしよう… 天武天皇の息子の一人、高市皇子(たけちのみこ)の子、長屋王さまがいるじゃん~ と、なったのですが、いや、軽皇子が大きくなるまでわたしがするっ! と、天皇になったのが、うののさららのひめみこ、持統天皇です。そりゃ天智天皇の娘さまですから天皇なれますよね。で、その後、軽皇子が文武天皇となるわけです。文武天皇は藤原氏の娘と結婚して、首(おびと)皇子が生まれました。ところが、文武天皇のつぎに天皇になったのは、お母さんの、あへのひめみこ… これが元明天皇です。孫の首皇子が大きくなるまでわたしがするっ と、いうわけです。この人のとき都が平城京にうつされるわけですよね~ 710年のことです。
そのつぎの天皇は、文武天皇の妹… これが元正天皇… 女性の天皇が連続します… なんかちょっと異様な感じがしませんか? どうもだれかに天皇の位をゆずらないっ という執念を感じませんか?
そうなんです。系図を書いた人は気づくと思うのですが、高市皇子の子、長屋王が天皇にならないようにならないように、持統天皇・元明天皇・元正天皇と女性たちが、皇子が大きくなるまで天皇しているんです…
壬申の乱に勝ったのは天武天皇のはずなのに、いつのまにか天智天皇の側ばかりが天皇になっている… 形をかえた女たちの戦いですよね。 で、首皇子が天皇となります。これが聖武天皇です。そして、とうとうじゃまものの長屋王は、ころされる… というわけです。ちょっとこわい奈良時代の裏話でした。
⑦ 鑑真
「がんじん」は、唐から日本に戒律(かいりつ)を伝えるためにやってきてくださったえら~いおぼうさまです。同じときに阿倍仲麻呂と吉備真備(きびのまきび)が帰国しようとしますが遭難(そうなん)してしまいます。吉備真備はなんとか帰国できましたが、阿倍仲麻呂は帰国できませんでした。で、鑑真の建てたお寺が奈良にある「唐招提寺(とうしょうだいじ)」です。これも漢字で書けないといけませんよ。
⑧ 行基
「ぎょうき」は渡来人の子孫ともいわれている人です。農民のために仏教をひろげながら、堤防(ていぼう)つくったりため池つくったりして、各地をまわりました。さいしょは弾圧(だんあつ)されましたが、農民たちに人気があったので、大仏つくりに協力させるため、大僧正の位をもらうようになります。
⑨ 阿倍仲麻呂
「あべのなかまろ」は歴史では、こう表記してください。でも、じっさいは「安」でもよいみたいで、国語の資料集などでは「安」で書いてあるのもあります。たいへん有能な人で、当時の唐の皇帝が帰国をゆるさなかったほどの人物らしいです。
⑩ 山上憶良
「やまのうえのおくら」と読みます。教科書に、まずしい農民のためをおもって歌をよんだ、とされています。「万葉集」に「貧窮問答歌」というのがありますが、この人の歌ですよ。「ひんきゅうもんどうか」と読みます。「貧窮」がむずかしいですよね。「貧」という字は「分」と「貝」です。「窮」は「穴」(あなかんむり)に「身」+「弓」。
「弓」が「きゅう」と音を示しています。
奈良時代の農民は、いっぱい負担(ふたん)がありました。
租庸調(そ・よう・ちょう)という税があったのは聞いたことがないですか? 6歳になったら口分田があたえられて、税をおさめさせられました。口分田は「くぶんでん」と読みます。
「租」は「収かくの3%」を地方の役所におさめました。て、ゆーか、里長(さとおさ)が取り立てにきます。
「庸」は都ではたらかされるか、そのかわりに布をおさめるもの。「調」は地方の特産物です。これらは男子だけに課(か)せられ、しかも自分で持っていかなくてはなりませんでした… 塩や絹などが多かったようです。
しろくまが学生時代、友人の史学科のヤツが木簡(もっかん)を整理していたのを手伝わされたときがあります。なかなかおもしろかったですよ~ いろいろ都に運ばれていました。「くがね」「しろがね」「あかがね」「くろがね」って何かわかりますか? 「金」「銀」「銅」「鉄」を、むかしはこうよびました。
さて、「臭水」って何かわかりますか? 「くそうみず」も特産物として都にとどけられました。
え?? 「くさいみず」? そんなもんいらんっ と、なりそうですが、これは「石油」です。「もゆる水」「燃水」ともいいました。
さて、「防人」という負たんもありました。九州の警備のために農民が三年間北九州におくられたのです。
「ぼうじんと、読むなっ! さきもり、と読め!」
と、塾の先生はおっしゃっていませんか? でも、へんなのですよね、「租庸調」は「そ・よう・ちょう」と音読みするのに… だったら塾の先生に「租庸調」も、訓読みしてくださいっ て、言い返してみてください。(しろくまめ、余計なことを言いやがって、と怒られそうですね)
え??? 「租庸調」って、ほかに読み方あるの?
あたりまえです。当時の人は、「そようちょう」と言うてませんよ。「租」は「たちから」、「庸」は「ちからしろ」、「調」は「みつき」です。
「租」は田+力、田にはたらきかけてつくるもので「たちから」です。
「庸」は、はたからく代わりに布を出す… 代は「しろ」とも読みますよね。「はたらくかわり」だから「ちからしろ」。
「調」は特産物。各地の「貢物(みつぎもの)」で「みつき」です。
「防人」を「さきもり」って、読むなら、ちゅーとはんぱはいけません。ほかの読み方も知っておくとカッコよいかもね。
あ、「雑徭」(ぞうよう)っていうのも習いましたか? これは「くさぐさのみゆき」と読むのです… むずかしぃ~
さて、「万葉集」は「ひらがな」では書いていません。だってひらがなは平安時代の発明ですから、奈良時代にはありません~ すべて漢字です。音だけあてはめて書かれているから読みにくい読みにくい~
東野炎立所見而 返見為月西渡
え??? なんだこりゃ???
「ひんがしの のにかぎろいのたつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ」
と、読むんですって… よく読めたよね…(ではまたね)
しろくま様
お久しぶりです。
「かんじのはなし」親子とも楽しく、読ませて頂いております。笑いの沸点が低いわが子は、「焼き魚・・・くっくっく(笑)・・」といつまでも笑っておりました。このところ、精力的に更新があり、低学年にも分かるように書いて下さっているので、保存版として何ページもプリントアウトさせて頂きました。
「お手紙」も幼い彼なりに、何か感じ取っているようでした。母はやはり・・泣いてしまいました。暖かいお話、ありがとうございました。
ところで、以前「源氏物語」にたいして「あさきゆめみし」が参考にあがっていましたので、先ほどの中大兄皇子周辺の出来事ならば、同じ作者、大和 和紀の「天の果て 地の限り」という漫画をお勧めさせて頂きます。額田女王を中心に中大兄皇子、大海人皇子、中臣鎌足らの人間関係が頭に入りますよ。LOVEもありますが、かなり史実に忠実なのではないかと思います。
さらに、その後の持統天皇を描いたのが 里中満智子の「天上の虹」です。こちらは長編で20巻まで出ていますが、完結はしていないようです。これも、作者が史実と食い違いのないよう、結末に苦心しているからのようです。
厩戸皇子なら、山岸 涼子の「日出処の天子」でしょうが・・・小学生の皆さんには、ちょっと早いでしょうかね。
すみません・・このあたり好きなもので、つい出しゃばってしまいました。
しろくま様、皆さま 失礼いたしました。また、ためになるお話きかせて下さい。
女帝が続いたのは、長屋王の即位を妨げるためというより
藤原氏が産んだ王子(聖武)を帝位につけないための苦肉の策だったのではないでしょうか?
長屋王の母は、元明天皇の同母姉で天智天皇の娘です。
また長屋王の妻は元正天皇の妹です。
長屋王を帝位に就けないために、女帝達が頑張る必要性を
血の濃さから言っても感じられないのです。
持統、元明、元正は「蘇我氏の娘や孫」でもあります。
ただ持統の母方の祖父である蘇我倉山田石川麻呂が失脚して以来
蘇我家は衰退し、かりに長屋王が即位するとなっても後ろ盾がなかったのでしょう。父の武市皇子(母方は地方豪族)の即位した記録がない以上、長屋王は親王と呼べるかどうかも微妙ですし(木簡は発見されていますが)。
長屋王は、聖武の母の藤原宮子を(皇族以外で初めての)皇后に冊立しようとする、当時勢いがあった藤原氏に真っ向から反発したために、(皇太夫人の尊称問題等)
藤原氏によって陥れられ殺された言う説をよく目にします。
これより以前、蘇我氏が産んだ皇子はバンバン天皇に即位していますが
藤原氏が産んだ皇子が即位したのは聖武が初めてです。
それだけに皇族や、藤原氏以外の貴族からの抵抗は強かったのではないかという識者も少なくないです。
漢字の話題からそれてすみません。
歴史には確証が取りにくい分、いろいろな説があるので
子供たちに一つの説で言い切ってしまうことに、疑問を感じたので書き込ませていただきました。
~しろくまのかんじの話~ 番外編 小学生のみなさんへ
平安時代以降の歴史上の人物・語句などの書き取り、読みの話をつづけていきますね~
① □武天皇(平安京へ都をうつす)
② □原道真(遣唐使の廃止)
③ 藤原道長・藤原頼□の父子
④ □式部(『源氏物語』の作者)
⑤ 清□□言(『枕草子』の作者)
どうでしょう。みなさん、ちゃんと漢字で書けましたか?
① 「かんむ」天皇は平安京に都をうつした、と、ありますが、その前にも都をつくっています。平城京から長岡京へ、そして平安京へ。
長岡京から平安京へ都をうつしたいきさつ、は、いろいろありますが、「怨霊(おんりょう)」の祟(たた)りからのがれる、という話も有名です。桓武天皇の弟が、天皇をしりぞけて自分が天皇となろうとしている、という罪をきせられて淡路島に流される… で、怨霊となって祟りをなすようになって、都に伝染病(でんせんびょう)や洪水(こうずい)がおこったから、怨霊をしずめて都をかえましたっ というものです。長岡京の発掘調査でも、怨霊封じのお札が出てきたりして、話題となったことがありました。平安時代には、いろいろな話や物語の中でよく怨霊が出てきます。とくにこの「早良(さわら)親王」「菅原道真」「平将門(たいらのまさかど)」さんたちは、ビッグ3として平安時代の人たちはとくにおそれたようです。
最近では、長岡京から平安京へ都をうつした理由の一つに、環境問題と結びつけた研究もあっておもしろいです。都の建設のために山林伐採(ばっさい)をしすぎて洪水が発生した、という話です。
さてさて、「桓武天皇」の「桓」。ほとんど、みなさんはこの天皇のとき以外に使う機会はありませんよね~ だからおぼえやすいというべきか、まちがいやすいというべきか… 「木」きへんです。
理科で「恒星」(こうせい)とか習いませんでしたか? あれは「小」(りっしんべん)です。「亘」は「ゆきわたる」という意味です。人のお名前にも「亘」と書いて「わたる」さんっておられます。りっしんべんは「心」ですから、「恒」は「いつまでもかわらない心」という意味があります。なので「恒常」や「恒例」などの字につかいます。「恒星」も「いつまでも動かない星」という意味でつかわれているのです。
さて、「桓」ですが、「木」が「亘」ですから、木がならべられました、という意味です。実際、「桓」は宿場の周囲にめぐらされた木を意味したものです。また、穴がくずれないように、四すみに立てた木も「桓」でした。ささえる、まもるの意味も後年に出てきます。そして「桓桓」と二つならべると音声としては「クァンクァン」とかたく強いひびきとなる… 中国のふる~~い書『詩経』という本の中で
「桓桓(かんかん)たる武王」という表現があり、桓武天皇に「おくりな」するときにここから引用したのでは、という話もあるほど。
「桓桓」は「つよくいさましい」という意味。
「桓武天皇」って、戦いしたっけ? と思う人もいるかもですが、聞いたことありませんか? 坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)を征夷大将軍として東北地方の蝦夷(えぞ)をやっつけに行きましたっていうのを。じっさい当時は「都つくり」「戦争」が二大イベントで、家来の一人に、「もうやめましょうよ~」といさめられるまで桓武天皇はこの二つに力を入れました。
② 菅原道真
これは「菅」を「管」にしちゃう人、けっこういるんですよね~ 「たけかんむり」じゃないですよ、「くさかんむり」です。894年に遣唐使の廃止を進言しました。「遣唐使」の「遣」もよくまちがえる人がいますよね。「遺」とかにしてまちがった人はいませんか?
当時の貴族は、自分の娘を天皇と結婚(けっこん)させて、生まれた子を天皇にする、ということを考えて勢力を伸ばそうとしました。藤原氏が有名ですが、菅原道真もそうしていました。で、娘むこの王子を天皇にしようとしている、と、されて中央政界から大宰府(だざいふ)に追いやられてしまう… で、死後、怨霊となって藤原氏にたたりましたぁ~ という話は有名で、前にもちょっぴりその話をしました。
あ、「大」宰府はむかしの書き方です。現在は「太」宰府です。歴史では「大宰府」と書いたほうがよいよ。
③ 藤原道長・藤原頼通
これも「みちなが」は「道」、「よりみち」は「通」だよ! と、習ったことはあるでしょう。「通」は、ふつうは「みち」とは読まないものです。「ゆきわたる」「つらぬく」などの意味です。「普通」は「あまねくゆきわたる」から「どこにでもある」という意味になります。
訓読みは「通る」と「通う」。「とお・る」「かよ・う」ですよね。
「みち」は「みち」でも「通」(トウ)は「まっすぐにつきぬけた」ものです。「道」は、人がとおって道になりました、みたいな感じですが、「通」は、まっすぐ人工的なイメージがつよい「みち」です。
頼通が宇治に建てた「平等院鳳凰堂」の「鳳凰」も、「かぜかんむり」の中に「鳥」ではありませんよ。「鳳」の中は「一」+「鳥」。で、「凰」は「一」はありません。「皇」を書きます。
むかし、友人の社会科の講師にへんな質問されました。
「あのさ、関白って、なんで関白やねん?」
「え…」
「いや、生徒に質問されてさ、関白って、どういう意味よ」
なるほどなるほど、子どもの素朴(そぼく)な質問は、ときどき困るときがあります。
「白」ってみなさん、「色」だけを意味する字では無いのを知っていましたか? 「白」は親指のツメをあらわしている、あるいは、月が光かがやいている、という図だ、と、いろいろいわれるものです。どんぐりの皮とった色からきている、だから象形文字だ、ともいわれています。白は金のかがやきの部分ともされるので、「金」もあらわす場合があるのです。「木=青、火=赤、土=黄、金=白、水=黒」と中国ではあてはめました。土が黄色いのは「黄土」からきていると思います。
だから、木が「青々と」しげる、といいますし、なんと、水は「黒々と」と表現する場合があるのを知っていましたか?
「あきらかにする」ということから「あかす」「つげる」の意味が出て、「はなす」にもなりました。「告白」「白状」「科白(せりふ)」などに「白」が入るのはこのためです。
「白す」で「もうす」と読みます。「関」は「かかわり」だけではなく、「関」は「あずかる」という意味があります。
「天子の政務にあずかりもうす」つまり「関り白す」者。政務の前に意見をもうしのべさせる者、ということで、藤原基経が天皇からそう呼ばれたことから、のちに「関白」が正式の役職になったのです。
摂政と関白による政治で「摂関政治」というわけです。正確には道長さんは「関白」をしていませんが、頼通さんは50年ほど摂政・関白をやっておられたはず… なが~く権力の座におられたのですね~
続きをお楽しみに(ではまたね)
「きじとら」さま
親子でたのしんでいただけてよかったです。
インフルエンザ休校で、いっぱい勉強できればよいのですが、なかなかそうもいかないのが実際でしょう。外に出られないとイライラもつのって親子でケンカをしやすい空気になるかとも思ったので、できるだけ楽しく勉強できるようにと思って、また、いきぬきにもなるかとも思い、大量に投稿してしまいました… ちゃんと読みかえしもせず、思いつきのままに「書き流して」しまってちょっと反省しています。大量でも内容が薄くてはいけませんからね。
お示しくださったコミック、しろくまも知っていますよ~
しろくまも、みなさんに本を紹介しますね。ちょうど番外編で話した歴史の人物が出てくるものということで。
前に田辺聖子さんを紹介したので今回は永井路子さんのものを。
『女帝の歴史を裏返す』
『歴史をさわがせた女たち』
『日本史にみる「女の愛と生き方」』
『悪霊列伝』
『この世をば』
短編もあるので、さっと読めると思います。お子さんを塾におむかえにいったときなどの待ち時間などに読んでみられては?
(前回の続き)
④ 紫式部 ⑤ 清少納言
この二人は平安時代の女性のベストセラー作家のお二人です。みなさんもよくしっているでしょう? むかしの日本のことばで書かれてあるので、小学生がよむのはなかなかむずかしいよね。
さて、紫式部の代表作は『源氏物語』です。
あ、武士の源氏の話ではないよ。ちゅういしてね。『平家物語』のほうは武士の平氏の話だけれど、『源氏物語』はフィクション、つまり、つくり話。つくり話といっても、まるでほんとうの、当時の貴族の身近なところで「おこりそうな」「ありそうな」話でした。
いまでいえば、人気のお昼のテレビドラマみたいで、視聴率(しちょうりつ)が50%こえましたっ みたいな、たいへんよく読まれた作品です。
「紫」という字を「柴」、つまり「糸」を「木」にまちがう人が多いみたいだね~ しろくまが塾の先生していたとき、生徒がよくまちがえるもんだから、ともだちの社会の先生におこられました。
「ちゃんと国語で教えておいてやっ!」
「いやいや、紫とか柴とか、漢字の書き取りでは出ないんよ…」
「漢字にはちがいないやろっ 国語でもちゃんと言えっ」
「あ、はい… すいません」と、しろくまは、あっさりひきさがってしまいました。
「糸」と「木」ではないけれど、成績の成「績」を「のぎへん」つまり「積」にしてしまう人、いますよね~ 部首のまちがいは、書き取りのまちがいではよくしてしまうものです。
でも、じっさいに社会の先生が小テストを採点しているのをみてたら、先生もまちがいを見落として○しちゃってるときがあるので
「あ、それ、ちがうよ」と横から言うときもよくありました。
「紫式部」の「紫」の「糸」の上の部分を「比」にしている子もけっこういました。「此」+「糸」ですから注意してね~
「清少納言」は「清原」という名前の貴族のむすめさんです。
あ、「清少・納言」じゃないよ、「清・少納言」だからね。
「少」という字は「小」ではありません。「少納言」は「しょうなごん」、「納」は「ノウ」「おさめる」と読みますが「納屋」となったら「ナヤ」と読みますよね。「納」は「ナ」ともなります。「納豆」なんかも「ナットウ」です。
清少納言の作品は『枕草子』です。
これまた、友人の社会の先生に質問されました。
「あのさ、枕草子の『枕』って、なんで『枕』なんよ」
「え…」
「生徒にきかれてさ、草子ってのは、わかるんやけど、なんで枕なん?」
前にもいいましたが、みなさんの素朴(そぼく)な質問って、先生たちは、たいへん困るものが多いのです。何でも興味をもつのはたいへんよいことだから、塾の先生をいっぱいこまらせてみてください。
(しろくまめ、よけいなことをいいやがってっ と怒られるかな)
清少納言がつかえた定子(ていし)という女性が、紙を天皇からたくさんもらいました。え? 紙? と、思わないでね。当時はたいへん貴重品でした。当時、天皇は一条天皇という方で、中国の歴史書『史記』(しき)を書き写してお勉強されていたので、
「では、定子さまは『まくら』にされては?」
「あはははっ なるほど~ じゃあ、あなたが書いてみて」
となって『枕草子』ができたみたいです…
えええ???? しろくまさん、いったいなんのこと??
と、なるでしょうね。『枕草子』の名の由来(ゆらい)の話を読んだとき、しろくまも、頭の中で???でしたが、昔の人の言葉あそびだったんです。
『史記』は「しき」、つまり「敷(しき)」。寝るときに下に敷くもののこと。天皇さまが『史記』「敷」つまり「おふとん」を書写されたのだから、あなたさまは「まくら」にされては? という、ま、おふざけ、です。
この二人の美意識(びいし)、うつくしさに対するこだわり、というもの、二人の作品の中にみられるそれは、「あはれ」と「をかし」です。
このちがいを説明するだけで一冊の本が書けるくらいの言葉です。
「あはれ」は、もともと「あぁ」という「ためいき」からきています。ですから、ためいきが出るくらいの感動は「あはれ」といってもよいかもしれません。リクツよりさきに「ためいきが出るような」美しさや悲しさ… 『源氏物語』のできごとは「あはれ」なものが多いそうです。
これに対して「をかし」は、「ふむふむ、なるほど、へぇ~」みたいな、「おもしろさ」です。「あ、わかるわかる~」みたいな、わかっていたんだけれど、うまい言い方できなかってんよ~ それそれっ わたしが言いたかったのは、みたいな「おもしろ」さ。
『枕草子』には「をかし」がいっぱい出てきます。「いと」と「をかし」は清少納言さんの口グセかっ と思うほど出てきます。
ちょ~かわいいっ とか、女子高生が言うみたいに、「いと」(ちょ~)がたくさん出てきます。(じっさい、『枕草子』を女子高生が使う言葉になおして説明している本もあっておもしろいですよ~)
さて、これらはみんな「ひらがな」で書かれています。
「ひらがな」も「カタカナ」も、もとは漢字です。ひらがなは書道をしている人はわかるとおもいますが、草書体といって、つづけ字みたいにスラスラと漢字を書くと、「ひらがな」になります。「カタカナ」は漢字の一部の省略(しょうりゃく)。
さてさて、しろくまテストです。「あ」は「安」、でも「ア」は「阿」とべつべつの漢字から生まれましたが、つぎにあげるものは、同じ漢字から同じ音を示すカタカナ・ひらがながうまれました。もとの漢字は何か考えてみてください。
① か・カ
② な・ナ
③ ら・ラ
④ や・ヤ
⑤ り・リ
⑥ ひ・ヒ
⑦ し・シ
⑧ き・キ
⑨ ゆ・ユ
⑩ ふ・フ
⑪ ぬ・ヌ
⑫ つ・ツ
⑬ く・ク
⑭ う・ウ
⑮ せ・セ
⑯ て・テ
⑰ も・モ
⑱ へ・ヘ
⑲ め・メ
⑳ れ・レ
ほかにもあるけど、とりあえず、これだけ考えてみてね。(ではまたね)




































